6月、入学してからまだ2ヶ月も経っていない高校一年生達は、同じ中学の同級生から呼ばれていた愛称や、新しく作られた愛称で呼ばれ始めるころであり、また、大体つるむメンバーが決まり始めてくる頃でもある。しかし、そんな喜び+浮かれ気分=新生活などと勘違いをしていられる時間は少なく、中旬に待ち構えている中間テストに向けてあせあせと対策をしているのが実に正しい高一の生活だ。
「錬金術とは、貴金属を錬成、つまり別の物から貴金属に変える高等魔術です。この錬金術は、神に祈りを捧げることによって初めて錬成を行えるのです」
神ねぇ、と幸乃は頬付きをしながらボソッと独り言を言った。
神なんて、馬鹿馬鹿しいこと山の如しだ。神がいるなら、自分のような奴は存在しやしない。
「では、予習をしてきたと思いますので、それでは…、えぇ~、そうですねぇ……、…………藁科君」
ビクッと幸乃は反応した。
まだ、俺を指すということは、実技教科では無いと思っていたのに。
仕方なく、幸乃は死んだ目をしながら「はい」と言って立った。明らかにいやいやだと言うオーラを放っているというのに、教師は淡々と事を進めようとする。なんて面白くない教師だろうか。
「では、貴方の宗教は?」
まずそれかよ。幸乃は明らかに嫌だという顔をした。
「俺は生まれてこのかた無宗教主義ですが」
と頭を掻きながら短く答える。本当は錬金術においてそれは結構タブーなのだ。しかし、んなこと知ったことか。
「ん…、ま、まぁ、良いでしょう。とりあえず、初歩的な錬成なので無宗教主義でも大丈夫でしょう」
無宗教主義の幸乃に狼狽えたのか、少し曖昧な言い方になっていた。
無宗教主義で悪いか、日本国憲法をなめんじゃねぇ。自由権をなめんじゃねぇコノヤローッ。
「では藁科君、予習通りにやってみて下さい」
その言葉にクラスメイト全員(若干数名を除く)は顔を渋らせた。
――当たり前だ、俺が魔法を使うとどうなるのか、みんな知っているからだ――
幸乃は自分の席を立ち、教卓まで歩く。教卓には数個のそこらに転がっているような小石。それを中心に白チョークで魔法陣を描いて形作る。半径20cmぐらいの円とそれよりも少し大きめの円、二つの円の間には筆記体のアルファベットで何かの呪文が綴られている。小さいほうの円の中に星が書かれ、星の中心には“錬金”を意味する“alchemy”と書かれた。
ここまでは完璧だと、教師は、うん、うん、と頷いている。
周りのクラスメイトは息をのむ。そして、幸乃は唱え始めた。
「神よ、我の願いを受け入れ、我に高貴なる力を与え、小石を金に変えよ――――錬金ッ!!」
次の瞬間、幸乃の魔法陣を中心に、尋常ではないほどのマナ磁場が起き、マナの渦が教卓と幸乃を包み、あっという間に教室中が閃光に包まれ、直ぐに爆発が起きた。


そこにあったのは、ただのハリボテだった。教卓は跡形もない。しかし、幸乃は無傷だ。
「……………ウヴォオオオイィィィッ!!またやってくれたじゃねぇかあぁぁぁぁぁ!!」
と、クラスメイトの一人がシャウトする。
そう、幸乃は魔法学校にいながらにして、魔法が苦手なのだ。皮肉なことに、実技のみができず、いつも爆発させているせいで、『過激派テロリスト』などという危険な称号を手に入れてしまったのだ。
幸乃は溜め息を吐いている。またやってしまったという落胆感からだろう。
「オイ藁科ァッ!!テメェ、これで何回目だと思ってんだ!もう10回目だぞ!」
と一人でやたらシャウトしているのは、1年C組クラス委員長、近藤勇太である。
クラス委員長というよりは、チンピラの頭だなと幸乃は溜め息を吐く。
「はいはい、すんませんね」
と言って、幸乃は席に戻る。
すると、勇太は立って幸乃を睨む。
「テメェのせいで、俺がどれだけ苦労してんのか知ってんのかァッ!?」
「ハァ…、……どうせ村野先生に呼び出されるだけだろ?……どーせ、それもクラスの様子を報告するついでだろ?」
幸乃は完璧に呆れている。まさに自分の方が苦労しているという感じだ。
「ぬ、ぬぬぬっ」
「それになぁ、こちとら爆発を起こす度に理事長に呼ばれ“副”理事長に叱られているんだ」
と幸乃は言って、頭を掻いている。
「ぬ、ぬぬ、ぬぬぬぅっ」
「それに、まだ8回目だぞ」
何も言えないのか、勇太は黙りきっている。
「そんなこと知ったことかぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
そう言って机をたたいて抵抗をもう一度する。が、幸乃はそこで恐ろしいほどのマナ磁場を発生させる。
「そんなら、表に出ろや、このゴリラ野郎」
鬼のような目つきで勇太を睨み、恐怖を植えつけるようにする。もちろん、喧嘩をする気はさらさら無いのだが。
明らかに勇太はおびえている。ハッタリには余りある効果があったようだ。
この勝負、幸乃が勝った。
「まだまだだね」
と小さく笑う。

ライセンス

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Sforzando!練習番号“Ⅰ”001

閲覧数:36

投稿日:2010/04/08 22:54:33

文字数:2,010文字

カテゴリ:小説

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