"毎度ご乗車、ありがとうございます。お忘れ物のないよう、お気をつけくださいーーーー"
ホームに無機質なアナウンスが響き、エスカレーターに降車した人たちがなだれこむ。
人の波に流されるままに、自分も足を乗せると、ゆっくりと約35度に折れて下り始める。
今日も忙しかった。棒のようになった足で立っているのがやっとだ。
ぼーっと辺りを見渡すと、前に立つ人の姿が目についた。
金髪でイヤホンをして、携帯電話を片手に持った若い女性。
長い黒髪にワンピースを着た落ち着いた雰囲気の女性。
ベレー帽と丸メガネを身につけた女性。
全く外見の違う3人の女性だ。
この人たちそれぞれに、選択した人生がある。
私の知らない人と出会い、私の知らない世界を生きていて、足を運ぶ先に自分の選択した未来がある。
外見が違うのは、その現れだろう。
自分のなりたい自分を持っていて、それを堂々と掲示して、自分らしく立っている。
それは芸能人や科学者のような、並外れた能力や知識がなくたって、誰にでも出来る。
現に目の前を降りていく彼女ら3人が、それを堂々と行っているではないか。
社会に褒められるお利口な服を着て、社会に決められたルートを往復するだけの私には、3人の姿が眩しく、美しく見えた。
今までの自分はーーー
「やってみたら?」
「君ならできるよね」
それは自分で選択してきた道のようで。
誰かが期待する自分に沿って歩みを揃えているだけだった。
「……したい」
「……なりたい」
その言葉が、自分から発せられる事はあっただろうか。
空っぽの人生と、他人が描く私へのプレッシャー。
それを見て見ぬ振りして、自分に暗示をかけてここまで歩いてきた。
自分は?どうしたい?どうなりたい?
他人から望まれる自分の姿なんて、本当の自分じゃない。
私は……
エスカレーターを降りた私は、たった今選択した小さな未来へ、歩いてみることにした。
「今日は寄り道して帰ろう」
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