【大喧嘩とラクの大切なもの】
(黒音イブ・黒音レイ・遊音ラク・傷音ネコ・甘音セト・遊音リア)
イヴ「久しぶりー?」
レイ「ども」
・・・
イヴとレイが久々にリビングへと顔を出した。
しかし、いつもはみんなが揃ってまだにぎわっている時間にもかかわらず、
薄暗い部屋に、ネコとラクだけがいた。
イヴは嫌な予感がしながらも話しかける。
イヴ「…えっと、ネコ君はホント久しぶりだね」
・・・
イヴ「この時間にラクとネコ君だけなんて珍しいね…」
・・・
イヴ「・・・」
返事のなさに、これ以上話したらまずいことを察し、パソコンに戻ろうとするイヴ。
その肩に置かれた腕に、イヴの嫌な予感は積み重なる。
レイ「無視してんじゃねぇよ!」
イヴ「ちょっとレイ空気読んでよ!」
あぁ、レイがキレた。
面倒なことになったと思いつつ、自分のために一生懸命になるレイを止めようとしてはみる。
ラク「あぁ!?」
レイ「イヴを無視しといて逆ギレとはいい度胸だな?」
止められない。
イヴはただ、ラクの大声にビクビクしていた。
いつもは一家のお兄さん的存在なラクが、キレている。
もう、イヴには手のつけようがなかった。
ラク「機嫌悪い時に大声出してんじゃねぇよっ」
胸ぐらをつかもうとしたラクの動きを見て、一瞬で後方に軽くジャンプし、かわすレイ。
着地とともにラクの足を払い、バランスを崩したラクに覆い被さるようにして飛びかかった。
目にも止まらぬ速さで。
そして、腰の短剣を抜き___。
もちろん短剣なんてない。
短剣を持っていないことに、頭に血の昇ったレイは気付かなかったのだ。
レイにとってこれは、習性のように慣れた動きだった。
イヴにとっては、遠く遠く、懐かしいような記憶だった。
思わず強く目をつぶり、瞼の裏に鮮やかな色が浮かんだ。
しばらくして、ドンッ というような音がした。
目を開けると、レイの上にラクが乗っている形だった。
形勢逆転。
レイが、短剣がないことに気を取られている隙をついて、
ラクがレイを転がるようにして押し倒したらしい。
赤と青、黄色と青の眼が鋭くにらみ合う。
今にも、血の色が見えそうだ。
イヴは未だに動けずにいた。
ネコ「やめてっ。ボクが何とかするからっ。本当に…ごめん。
頑張って、何日かかってもちゃんと…。」
もうイヴにはわけがわからなかった。
ネコを二人で奪い合ってる図に見え始めていた。
レイ「・・・は?」
ラク「ネコ、悪いのはお前じゃないよ…」
レイ「はぁ?」
レイにもわけがわからなかった。
何となく、関わらない方が良かったという後悔はし始めていた。
ネコ「でも、ボクが何とかしないと…」
ラク「もう、いいんだ…」
レイ「…ちょっといいか?
とりあえず、何か俺の上で寸劇始めんのやめて。そろそろどいて。」
ラク「あぁ、悪いな。」
ひょい、とラクがレイの上からどく。レイは心から面倒だと思いながらそのまま横になった。
イヴは、もう疲れ果てて椅子に座り込んでいた。
レイ「…で、なにがあったんだ?」
ラク「・・・」
レイ「言えないようなことなのか…。なんか、悪かったな…。」
さすがのレイも空気を読み謝る。
部屋中が静まり返る。
ネコ「…本当に、ごめん。」
ラク「お前が悪いんじゃないよ…」
ネコ「そりゃぁ、やったのはウサだけど…」
ラク「・・・」
ネコ「でも、ウサになんとかできる問題じゃ…。ボクがなんとかするよ…」
深刻そうに話すネコとラクに、本当に何の話なんだろうと思いつつ聞いているイヴとレイ。
ラク「お前にだって何とかできる問題じゃないだろ…」
ネコ「・・・」
言葉につまりながらも、必死になんとかしようとするネコ。
しかし、ラクはもう諦めているようだった。
「これはもうどうしようもない問題だから仕方がない」と自分に言い聞かせながら。
ネコ「ボク頑張るからっ」
ラク「・・・」
ネコ「ボクじゃ駄目…?」
ラク「あぁ…」
ネコは泣きそうな表情をしていた。
ドラマのワンシーンの様な、夜、雨に打たれながら話しているような、そんなやりとり。
ネコ「何で…」
ラク「そりゃ、ほとんどは地道な努力でなんとかなるんだよ。
でも、それだけじゃ元通りにはならないんだよ。
人生みたいに、偶然の巡り合わせだってたくさんあったんだ。
それが消えたんだから、もう一度同じように元通りってわけにはいかないんだよ…
もういいんだ。」
ネコ「・・・」
イヴとレイは、自分たちが場違いなところに来てしまったと、
来るべきではなかったと痛感していた。
狭い部屋でゴミ漁りでもしてた方が良かった。
こんな場面に出会うなんて、思いもしなかった。
ネコ「ごめん…ボクがあまりにも知らないばっかりに。」
ラク「いいや、ネコはあまりそういうことしないもんな…」
ネコ「うん…。これからはそういうこともやってみる…。
ラク兄ぃ、これから教えてね。」
ラク「あぁ。ゲームのことなら何でも聞いてくれ。」
・・・
レイ・イヴ「ゲーム!?」
寝っ転がっていたレイも、疲れきってうなだれていたイヴも飛ぶように起き上がった。
ネコ「うん…。ウサが間違ってデータ上書きしちゃって…」
ラク「・・・」
レイ・イヴ「・・・」
イヴとレイは、疲れ果ててリビングを出た。
冷たいものでも飲みたいとキッチンへ向かう。
キッチンでは、リアとセトがお菓子作りをしていた。
レイ「マジで、狭い部屋でゴミ漁りでもしてた方が良かったわ」
イヴ「うん・・・」
セト「ずいぶんとおつかれだねぇー?」
レイ「げっ、セトか…」
セト「ひどい対応だなぁ」
むぅ、と頬を膨らませてみせるセト。
レイにとって、いわば面倒事の塊であった。
レイ「今は勘弁してくれ…」
セト「そんなときは甘いものでも食べるといいよぉ」
レイの口の前に生クリームの付いた指先を持っていく。
そして、ぐっと押し込む。
レイ「マジでやめろよ…」
普段のレイだったらキレているところだったが、もうすでにキレる気力もなかった。
セト「イヴくんもどう?」
イヴ「僕はいいです…お茶飲みに来ただけなので…」。
セト「えー…。じゃあ砂糖たっぷりのミルクティーでも」
イヴ「冷たい麦茶がいいです。」
普段あまり人の誘いを断らないイヴが、きっぱりと言い切った。
セトは残念そうにお菓子作りに戻っていった。
リア「もしかして、ラクに会ったの…?」
イヴ「はい…」
リア「ごめんね…今はそっとしておいてあげて」
レイ「そういうのは先に言っといてもらわないと…」
レイはわざと大きなため息をひとつする。
イヴ「でも、もうだいぶ落ち着いたみたいですよ」
リア「本当?よかった…」
イヴ「ラクがあんなに怒ってるところ、初めて見ました」
リア「理由は聞いたの…?」
イヴ「えぇ」
レイ「ゲームごときであんなに怒るか、普通。」
リアは、悲しそうな顔をした。
セトは、クリームを混ぜていた手を止めて、リアの顔を覗き込む。
セト「リアちゃん…?」
リア「みんなにとってゲームってそんなに大切なものじゃないと思う。
データを消されたら怒るけど、あそこまで怒ったり落ち込んだりしないでしょ。
でも、あの子にとって、ゲームのキャラクターは自分自身だったの。
ウサちゃんが来る前のあの子は、ゲームの中で生きるしかなかった。
人が死ぬことを、私たち機械は受け入れられないから。」
ラクの過去を知っている者は、リアとマスターとラク自身しかいなかった。
リア「全部、ゲームの出来事にしちゃったの。
悲しいけど、これは現実じゃないから、ってそうやってしか受け入れられなかったの。
彼女を愛したのは、彼女が愛したのは、自分じゃなくてこのキャラクター…。
それが、さっきウサちゃんが消しちゃったキャラクター。」
イヴ「・・・」
もう、誰も喋れなかった。
ことの重大さに、やっと気づいた。
体のどこだかが、ジリジリと痛んだ。
リア「でも、大丈夫よ。
今のあの子にはウサちゃんがいるもの。
もう、感情を請け負ってもらうためのキャラクターなんていらないの。
あの子自身だってわかってるから、平気よ。
今はちょっと、ショックが大きかっただけだから…。」
イヴ「・・・僕らは、もう寝ますね。」
レイ「おやすみ…」
リア「えぇ、おやすみなさい。」
リアは、美しい笑顔を見せた。
黙って見ていたセトの顔がさっと赤くなった。
持っていた泡立て器を落として、ガシャンと音が鳴る。
リア「もう、セトは…」
セト「あはははっ」
呆れながらもささっと片付けるリア。
仲良しな二人をあとに、イヴとレイは廊下に出る。
イヴ「リビングはさすがに戻りづらいよね。」
レイ「あぁ…」
イヴ「他の部屋のパソコンから戻ろっか」
足音を立てないように、廊下を歩いていく。
リビングの扉の前を通るとき、電気がついていないことに気がついた。
イヴ「もう寝たのかな…?」
レイ「物音がするぞ」
イヴ「・・・」
耳を澄ますと、確かに物音が聞こえた。
しばらくすると、ラクの声が聞こえてきた。
ラク「ウサ…。大丈夫だからな。ウサさえ居れば、ちゃんと生きられるよ…」
静かな優しい声だった。
さっきの怒鳴っている声とは正反対の、子守唄を歌うような声だった。
ラク「おやすみ、ウサ…」
もう、物音は聞こえなくなった。
レイ「俺たちも寝ようか。」
イヴ「うん…」
家中が静かになった。
ときどき、ガシャンとかガタとかいう、何かを落とすような音だけ聞こえた。
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