「いつになったら止むのかねぇ」
 「さあ」
 「梅雨ってのはどうして毎年来るのかねぇ」
 「さあ」
 「雨男ってのは辛いもんだねぇ」
 「梅雨だからだよ」
 「梅雨男よりはマシかもなぁ」
 「じめじめしてそうだね」
 「マジメマジメしてるより嫌だな」
 「惨め惨めな思いをするよりいいんじゃないかな」
 「まさに俺のことだな」
 彼は茶化すように笑う。
 「真夏みたいに晴れてれば濡れても気にならないんだけど、さすがにこの気温じゃ寒い。曇りの日にプールの授業を敢行された気分だ」
 「わかりやすい例えだね」
 「濡れ衣ってのは嫌なもんだぜ。このままじゃ増えるわかめだ」
 「それはわからない」
 「乾燥してちっちゃくなったわかめを水で戻すと10倍以上になるんだぜ」
 「それは知ってる」
 「俺に金を預けておくと四年後に10倍以上になるんだぜ」
 「それはただの詐欺」
 「俺に傘を預けておくと四年後に10倍以上になるんだぜ」
 「必要なときに一本あれば十分だよ」
 「ときめく台詞だなそれ。なんかかっこいい」
 「傘だけどね」
 「詩人はやっぱりセンスが違うな」
 どうやら私は詩人と思われているらしい。
 恥ずかしいにも程がある。
 「普段からこういうところで感覚研ぎ澄ます人間は選ぶ言葉も違うぜ」
 「そういう事言われるとすごい恥ずかしいんだけど」
 そもそも書いてるのは詩ではなくて死だ。詩人ではなく死人なのだ。
 「いやいやいやいやお姉さん、自信持つべきだろそこは」
 「自信持って誤解されてるって言えるよ」
 「謙遜すれば世の中渡っていける訳じゃないんだぜ。詩を書いたり作曲したり物語を書いたり。立派じゃねえか。他人に笑われようと貶されようと中二病だと言われようと、夢も持てない語れない足しか引っ張れない様なやつらよりも全然誇れる。すっげぇことなんだぜ」
 「…………」
 良いことを言ってるようだが薄ら笑いの軽口で言われても「良いこと」を言われてる様には聞こえない。さっきまでの冗談の続きの様に聞こえ空しく響くばかりだ。無い物を褒められてるからかもしれないけれど。
 「自分が優位に立ちたいからってだけで見てもいないものを非難するような奴らを気にしてたら今の時代生きてはいけないぜ。ネット繋げりゃ罵詈雑言。電波に乗って悪意ばかりが飛んでくる。透明エゴイスト共に負けたら人生おしまいよ。なんつってね」
 「……遠まわしに見せろって言ってる?」
 「完成したら見せてくれ」
 「完成することがあればね」
 きっと見せる機会は来ないだろう。
 今だって完成しそうに無いし、完成させたところで死ぬのだから。
 そこでふと思う。
 仮に納得できる遺書を書き上げて、そして自殺を達成したとして誰が最初に遺書を見るのだろうか。紙に書いておけば第一発見者となるんだろうが、じゃあ誰が死んだ私を見つけるのか。いや、それは死ぬ場所によるんだろうけれど。たとえば学校の屋上から飛び降りる。その時に靴を重石にして遺書を置いとけばきっと学生か教授か誰かが見つけてくれることだろう。そうして警察に連絡してマスコミに遺書が公開され、私の遺書は世間の目に触れる。けれどもしかしたら一部かもしれない。どちらにしても私の意図するところではない。でも、あれ。
 私の意図するところってなんだっけ?
 「なんていうか、物憂げ、って言うの? そういう表情似合うよな」
 「えっ?」
 「芸術家ってのは表情一つから芸術にするんだな」
 やはり新手のナンパだろうか。しかし、もし違ってたら私は単なる自意識過剰子になってしまうので、当たり障りなく、「別に私は芸術家でも詩人でもないよ」と返した。
 自意識過剰子も何も、未だ私は彼氏というものを知らないんだけど。
 これまでの人生、異性の友達がいなかったわけでは決して無いけれど、どれも友達以上友人未満という感じだった。「友達」も「友人」も言葉の意味は同じだけど「達」と「人」では印象がまるで違う、と私は思う(本当に私だけかもしれないので伝わらない可能性は高いけど。多数のうちの一人か個人というニュアンスさえ伝われば幸いだ)。みんなで集まったときにはついでにという感じで呼ばれても、二人になることはない。今思えばそれは同性に対しても同じことが言えるけど。友達が多い少ないって以前に、友達の定義を確かめる必要がありそうだ。今となってはその友人未満達との連絡は途絶えているのだけれど。嗚呼、友情って儚い。
 「お姉さんってさ、なんでも否定するヒト?」
 「はい?」
 「訂正。なんでも否定から入るヒト?」
 「そんなに否定してた?」
 「なんとなくそう思っただけ」
 曖昧だ。
 「……自己否定から入るヒトではあると思うけど」
 慎重に言葉を選んだ。
 別に雑談で慎重になる必要は無いんだろうけど、これ以上誤解が増えては会話が成立しない。
 「さっきもそんなこと言ってたっけ。いや言ってないか」
 「自己否定子なんだよ」
 「自己否定湖? 湖かなにか?」
 「確かに湖っぽい発音だったけど……なんでもいいや」
 子をつけて擬人化するのが密かなマイブームであるなんて説明してもしょうがない。
 「要するに自己否定から入る人間なんだよ」
 「自己分析ってやつか」
 かなり違うと思うが、ここで否定しても正しい回答が見当たらない。
 「就活したくねえなあ」
 「就職したいって思う人はいても就活したいって人はいないんじゃない」
 現在終活中の身ではあるけれど、一方で就職活動を普通に行う未来が容易に想像できてしまう。二年後も何事もなく生きていそうな自分がもどかしい。
 「大体何なんだろね就職活動ってさ。あんなの大学を卒業してすぐ入社できない奴はクズだって言う為の活動だぜ。夢も理想もありゃしねえ。レッテル貼られたくないから三流でもブラックでも入って、そんでもって出来なかった奴を見下す。普通にやってりゃ普通に出来ますよって、普通のハードルが上がってることの指摘さえ許さない世間ってのは一体何様なんだろうよ。その辺の大人に聞いてみたいもんだね。世間ってのは一体どこの人なのか」
 「そうだね」
 「暗黙のルールだかなんだか知らないけどさ、俺みたいなクズには発言権は無いんだぜ。法の下じゃ平等でも人間の下じゃ最下層。人間集めてデモを起こしてもくだらないで一蹴よ。世間様の配下共は自分が偉くなった気してやがるんだから。武勲収めりゃ成り上がれると本気で思ってるんだぜあいつら。歩だけど頑張ればと金なんだとかさ。敵軍に平気で寝返るのによくやるわ。あ、将棋ネタだけどわかる?」
 「うん」
 「まあ、要するに俺は相当愚痴が溜まってたってことだな。すまん」
 よく分からない要するにだった。
 何を話してたのか、ちっとも耳に入らないで適当に相槌を打ってただけなのに。
 「他人に愚痴を話すのは好きじゃないんだが、色々溜まっててさ」
 「ふうん」
 「雨、ちっとも止まないな」
 「そうだね」
 「梅雨ってのは、本当にやなもんだね」
 「そうだね」
 「雨の日ってのは憂鬱だよ」
 「そうだね」
 「別に明日死んでも悔いは無いよな」
 「そうだね」
 「上の空だな」
 「空を見てるからね」
 「人生って小説みたいにうまくいかないよな」
 「理想だからじゃないかな」
 「俺の理想だとこの辺で雨が上がって陽が射していい感じの雰囲気になってドラマチックに別れるんだけどな」
 「へえ」
 「しかし現実はずっと雨が降り続いて陽が射すことも無いし雰囲気も無けりゃ帰れる感じですらない。夢もへったくれもねえよなぁ」
 「そうだね」
 「まあ、だからこそ小説描いたり詩を書いたりドラマ作ったりしてるんだろうけど。言ってること分かる?」
 「ちっとも」
 「だよなぁ」
 適当に相槌を入れるだけの私にようやく飽きたのか、雨の様な彼の話は止んだ。何をするわけでもない、ただ時間を無駄にするだけの私にまだ用があるのか、彼は座ったまま動こうとはしない。いなくなれば続きを書けるのに、とは思わない。いてもいなくてもどうせ書けないのだから、このままで何も問題は無いだろう。不快に感じたら帰ればいいのだ。まさか私を追ってくることはしないだろうし。
 私とは打って変わって、雨も雨雲も流されることもやめることもなく降り続く。
 詩的な表現をするとしたらどんな感じだろうと思ったけれど、やはり私にはセンスが微塵も無い。どうすればセンスが磨かれるのか知りたいものだが、遺書に詩的センスが必要かといわれたら実に微妙なところである。詩的な遺書とは一体どんな遺書だろう。
 と考えて答えはすぐに出た。辞世の句だ。あれこそ詩的表現の入った遺書だろう。自分の死に自ら花を添えるのはなかなか素敵だと思う。が、それが何百年と語り継がれることを思うと簡単にやはり簡単に書けるものではない。
 なんて。思わなくても書けないのが私である。
 言い訳千万。心理学で言えば単なる合理化。自分自身を客観的に見るなんて簡単なものである。自分が間違ってる理由を向き合えばいい。自分が正しいなんて思い上がりも甚だしい。世間と私が対峙した時、間違っているのはいつも私の方である。でなければ死ぬしか残されてない人生なんて歩むものか。

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雨の讃歌 中篇

二部構成かと思ったら思った以上に冗長だった。
そんな感じの中篇です

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投稿日:2013/06/15 10:50:33

文字数:3,829文字

カテゴリ:小説

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