「終わった・・・・・・のか?・・・・・・おい、円。生きてるか?」
「うるせーな飛鳥・・・・・・俺ぁここにいるよ。」
「なんだ、生きてたのか。」
「お前こそな。」
「当然だ。周りの連中みたいにグロい死に方だけは勘弁だぜ。」
「にしてもすげぇな。どれくらい死んでんだコレ。」
「こっから見えるだけでも百人はいるな。あとはグチャグチャになっててよく分からん。」
「俺達整備員も結構動員されてたな。」
「まぁ銃ぐらいは撃てるからな。」
「ま、そいつらも俺とお前だけ残して死んだろうけど。」
「そういや、あの黒いアンドロイドどこに消えたんだ?」
「さぁ。もういいじゃねぇか。俺達は生き残った。だろ。」
「ああ・・・・・・そうだな。」
「ん?おい、なんだアリャ。」
「アンドロイド・・・・・・だな。」
「落ちてくる!!向こうの方だ!!!」
「ッて、しかもあれキクゃんじゃねぇか!!」
「煙が出てる・・・・・・ヤバイ、墜落する!!!」
「助けねぇと・・・・・・うぐッ!」
「円、お前、足から血が・・・・・・!」
「結構流れちまったみたいだな。」
「しょうがねぇ。ホラ。」
「すまんな・・・・・・。」
「まずは基地ン中に入ろう。」
つい数分前までの喧騒が嘘のように消え去り、辺りは静寂に包まれていた。
波の音、風の音のみが肌から感じられる。
あの黒い量産型アンドロイドはいつの間にか一つ残らず姿を消していた。
恐らく航空部隊との戦闘に向かったのか。
取り残されたのは、私を含めた、あの地獄の戦闘を生き延びた一握りの人間と、人の形を失くした夥しい数の死体だ。
私は血塗られたコンクリートの上に呆然と立ち尽くした。
ああ、私は生きているのか。
見上げると、茜色に染まった空が夕刻であることを語っている。
肩から力が抜けた瞬間、握っていた鉄の塊、スティンガーが手からすべり落ち、コンクリートへ派手な音を立てて落とされた。
それまで体を支えていた両足が力なく曲がり、両膝が地に着いた。
言い表しようのない脱力感が、私を襲った。
「・・・・・・。」
そのとき、空の彼方から、何かの音が近づいてくるのが聞こえた。
いや、もうすぐそこまで来ている。しかもこれは聞き覚えのある音だ。
アンドロイド用ウィングのエンジン音である。
音のする方向を見上げると、そこには見覚えのあるものがあった。
赤いウィング、白いアーマーGスーツ・・・・・・。
「キクさん?!」
黒い煙を発しながら、彼女がこちらに落下してきたのだった。
このままでは自分の身が危ない。
私は逃げようと一心に走った。
後方で凄まじい爆発音が巻き起こった。
振り向くと、そこにはコンクリートの壁に背中から衝突し、爆発したウィングの炎に包まれているキクさんの姿があった。
「キクさん!!!」
私は彼女の元へ駆け寄ると、上着を脱ぎ、彼女を包み込む業火を払いのけようと一身に炎へ向かって幾度も叩きつけた。
しかし一向に炎は途絶えることはない。
炎を退かせることを諦めると、私は躊躇することなく炎の中へ両手を投げ入れ、かろうじて見える彼女の肩を掴み、力の限りに引いた。
墜落の衝撃でウィングの接続面が脆くなっているのか、彼女の背中からは大量の火花が破裂音と共に飛散した。
金属の引き裂ける音がし、徐々にこちらに彼女の体が引き込まれ、やがて、最後の金属音と同時に彼女の体を業火より引き戻した。
バイザーは既に破壊されており、引き込んだ瞬間にアーマーGスーツが崩れ去った。
私は彼女の体を抱きかかえたまま後方に倒れこんだ。
そして、炎から離れた場所に彼女を寝かせた。
「キクさん・・・・・・キクさん!」
呼びかけても、応えることはない。
すると、彼女の目蓋が薄っすらと開かれた。
「キクさん・・・・・・!」
その目蓋の中の深紅の瞳は、虚ろげに空を見上げている。もはや何の像も映してはいないか、それほどまでに墜落のダメージは大きかったのか、彼女はほぼ微動だにせず力尽きていた。
いや、彼女の体を見れば、墜落した理由が分かった。
腹部に風穴が開いている。
レーザーで貫かれたかのような。
まさか・・・・・・ミクオ君が・・・・・・。
いや、今は彼女のことだけを考えることにした。
「キクさん。」
今一度呼びかけると、その深紅の瞳が微かに動き私を見た。
「ああ・・・・・・よかった・・・・・・生きていたんですね。」
まだ機能停止はしていないのか、彼女は微かな反応を見せていた。
そのとき、
「・・・・・・・・・・・・。」
彼女の口が微かに動き、何かを伝えようとした。
「え?」
「・・・・・・・・・・・・と・・・・・・。」
うまく聞き取れない。
私は彼女の口元へ耳を近づけた。
「・・・・・・ぃ・・・・・・と・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「ぃ・・・・・・たい・・・・・・よ。」
痛い。いや、あともう一つ。
「・・・・・・ぃ・・・・・・と・・・・・・。」
・・・・・・。
「ね、ぇ、い・・・・・・るの・・・・・・?」
彼女が座り込んだ私の膝に弱々しく手を伸ばした。
「キクさん・・・・・・違います。私ではありません。」
もう何も聞こえないのか、私の言葉に全く反応することなく、彼女はぼろ切れのようになった体を必死に動かし、私に触れようとした。
「ねぇ・・・・・・い・・・た・・・い・・・・・・の。」
「キクさん・・・・・・!」
「・・・・・・ぃと・・・・・・た・・・・・いと・・・・・・。」
彼女は私にしがみついて、彼の名を呼んだ。
愛する人の名を。
しかし、もうこの世にはいない人の名を。
朦朧とした意識の中で、彼女は私から彼の面影を見出したのか。
それとも、幻覚を見ているのか。
「た・・・ぃ・・・・・・と・・・・・・。」
彼女はなおも呼び続けた。
声の出る限り。彼の名を。彼を求めて。
私も、彼女も、互いの目を逸らすことはなかった。
「い・・・ぃたい・・・・・・の・・・・・・だ、から・・・・・・。」
最後の力を振り絞り、彼女は言った。
「だきしめて・・・・・・!」
それだけ言い残し、彼女は私の胸へ崩れるように倒れた。
私は彼女を、その望みどおりに抱きしめた。
例え幻覚だとしても、
それで彼女が少しでも救われるのなら・・・・・・。
彼女の体から、温もりが消えていくのが分かった。
そのとき、体中に激痛が走った。
「うぐッ!!」
今までの疲労に加え、先ほどキクさんを炎の中から救い出したときに負った火傷。
それが、今になって一度に襲い掛かった。
私は彼女を抱いたまま、コンクリートの冷たい壁に身を任せた。
意識が遠のいていく・・・・・・空が、海が、ぼやけていく。
意識が途絶える前にと、私は、キクさんの手を握った。
私には、これぐらいしかあなたにしてあげられることはありません。
せめて・・・・・・ゆっくり休んでください。
下半身の感覚がない。
その代わり、物凄い痛みがあった。
そうか、そうだった。
あたしはあいつに・・・・・・。
ちくしょう・・・・・・。
なんて、なんて無様なんだろ。
感情に任せて、あいつに切りかかって・・・・・・。
それに、こんなになってもまだ死ねないなんて・・・・・・。
痛い・・・・・・痛いよ・・・・・・。
痛いはずなのに、声が出ない。
誰かきて、この痛みをどうにかして!
ミク・・・・・・キク・・・・・・ヤミ・・・・・・。
タイトさぁん・・・・・・・・・!
そのとき、壊れかけたヘッドセットから、ある声が聞こえてきた。
『・・・・・・ら――――キク!どこに―――――返事を・・・。』
ミクだ・・・・・・。
応えてやりたいけど、声が出ない。
あたしなら・・・・・・ここにいるよ・・・・・・。
すると、今度はジェットエンジンの音がしてきた。
痛みを何とかこらえて、音のほうを見ると、ミクが上を飛んでいた。
「ミク・・・・・・!」
なんとか声を出した。
すこし楽になった気がする。
「ワラ!!!」
よかった・・・・・・見つけてくれた。
「ミ・・・・・・ク!」
ミクがすぐ傍に舞い降りた。
「ワラ・・・・・・!どうして・・・・・・こんな!!!」
「はは・・・・・・ごめん。あの・・・ミクオに・・・・・・やられてさ。」
「ミクオが?!」
「うん・・・・・・キクも・・・・・・やられた。」
「・・・・・・!!!」
「ごめんね・・・・・・足手まといになっちゃって・・・・・・うぅ・・・・・・。」
「ワラ・・・・・・!!どうしたら・・・・・・!!!」
ミクが泣きそうな声を出した。
「じゃあさ・・・・・・あたしの・・・・・・ここ。」
あたしは自分の胸を指差した。
「刺して・・・・・・くれる?」
「えっ・・・・・・!」
「すごく、痛くて・・・・・・だから、ここを、その刀で刺して。バッテリーを・・・・・・こわして。眠らせて。」
「でも・・・・・・そんなこと・・・・・・!」
「いいよ・・・・・・ミクなら・・・・・・。」
「そういうことじゃ・・・・・・!!」
ミクの声が、とうとう涙声になった。
「ミク・・・・・・大丈夫。絶対に・・・・・・また、会いにいくから・・・・・・だから・・・・・・今は、あたしの、お願いを・・・・・・、聞いて・・・・・・!」
「わたし・・・・・・そんなことは・・・・・・!!ワラらそんなこと・・・・・・!!!」
「これは・・・・・・しょうがないよ。今は・・・・・・そうしてくれないと、本当に、危ない・・・・・・から。」
「ワラぁ・・・・・・!!!」
「さぁ・・・ホラ・・・・・・早く、楽にして。お願い。」
「くッ・・・・・・!」
ミクが腰のブレードを引き抜いて、逆手もちにした。
そして、高く振り上げた。
「ありがとう・・・・・・ミク・・・・・・また会おうね・・・・・・。」
「ワラ・・・・・・ごめん・・・・・・!!!」
ミクのブレードが、丁度バッテリーがある位置に振り下ろされた。
「ひぃッ!」
体中に電流が走り、目の前が真っ暗になった。
ミク・・・・・・・・・。
あの約束、覚えてる?
いつか絶対、約束を果たせるよね。
また・・・・・・会えるよね。
そしたら、また、
抱きしめて・・・・・・キスして・・・・・・・・・!
「えーっと、あの二人やっつけて、まぁ、ホントは殺しちゃいないけど。そんで、残るはあの紫のコと雑音さんっと。ザコはあの黒いのと裏切り者のGP-1かな。それとあのAWACSか。僕も行こうかなー。量産型、だいぶやられちゃったし、都市にはまだまだ遠いし。・・・・・・ん?なんだアレ・・・・・・おやおやぁ、こっちから出向くまでもなく、きてくれたのかぁ。うれしいなぁ。」
「ミクオーーーーーーーー!!!!!!!!」
「ふふ、さぁ。キミなら僕を楽しませられるかな?」
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