僕は風見鶏。
人の手で作られた新種の鳥類、といったところだろうか。
風を感じ、その方向を示すのが僕たちの役割。
そう、僕は風見鶏。
空を飛ぶことも、地を駆けることもできない、風見鶏。
だいたい二十年前だろうか。僕が生まれたのは。
生まれてすぐの春に、新築のこの家にやって来た。
家の主人は新婚さんで、とっても仲が良かった。
僕は屋根の上から、いつも見守ってた。
僕がこの家にやって来て一年くらいかな? 家族が増えたんだ。
女の子が生まれた。
幸せが屋根の上まで伝わってきたよ。
この頃はまだ、僕はただの風見鶏だった。
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その年の夏。つまり僕にとって二度目の夏。初めての嵐が来た。
怖かった。
包み込む暗闇が。打ち付ける豪雨が。鳴り響く轟音が。そして、薙ぎ払う突風が。
僕は流れに身を任せ、ぐるぐると回った。何度も、何度も、何度も……。
気が付くと、小鳥がさえずっていた。
彼らは、安全な場所で──怖くない場所であの嵐を越したのだろうか。
僕も、飛びたい。
自由に、飛びたいよ──
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ただの現実逃避だったのかも知れない。
たった一回の嵐で。
たった一年と少しのお役目で。
怯えることしか許されない自分に、回ることしか許されない自分に嫌気がさした。
空を飛べたら、風をとらえる翼があったら、自身の力で羽ばたけたなら──
それから僕は考えた。この呪いとも呼べる運命を変える方法を。
そして見つけた。
時間はかかるけど、確かに運命を変えられるはずだ!
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そして現在。
昔と変わらず幸せな生活をしている家の主人たち。
すっかり大きくなった娘さんは、近くの大学に通っているらしい。
僕はと言うと、初めて嵐に遭った……いや、逢ったあの夏から、ずっと準備をしてきた。
まず、風を読めるようになること。……と言っても、生まれて五年もすれば自然と読めるようにはなったけれど。
次に、回転に抗うこと。意志の賜か錆の賜かはわからないけど、これもなんとかクリアできた。
あとは毎年この二つに磨きをかける。それが最後の下準備。
実を言うと、この計画は4回失敗してる。つまりは5年前からやってるんだけど、どれも下準備が足りなかったらしい。
ただの一度、空を飛ぶための計画。成功すれば二度と元には戻れないだろう。
その計画を、この夏に実行する。今度こそ飛べると信じて。
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──来た!
まだ穏やかな空模様。でも、わかる。あと一時間もすれば、嵐がやってくるはずだ。
周りの家も僕の家も、嵐対策に励んでいる。
窓には『×』の形のガムテープ。これを見るのも一年ぶりか……。
そう言えば、人にも風を読む力があるのだろうか? 嵐が来るのを、いつも僕より早く予見している。
……そうか。僕の世界は狭すぎるんだな。
この屋根から見える360°が世界の全て。ここから見渡せるものしか知らない。
例えば、隣の家の向こうがわ。もっと身近で言うと、この家の中。
さあ、世界を拡げよう。まだ見たことのないものを見よう。
今度こそ成功させる。もう、憧れと羨みを抱いて途方も無い一年を過ごすのは嫌だ!
失敗は考えない! 成功だけを信じるんだ!
……さあ、嵐がやって来た。
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初めて嵐に逢った時、恐怖の中で僕はふと思った。
これなら、飛べるんじゃないか?
どうしても飛びたくなった。風見鶏として働いて、まだたったの一年だったけど。
広大な空に。流動する雲に。運ぶ風に。そして、自由な鳥に。
どうしようもなく憧れてしまった。どうしようもなく羨ましかった。
そして今、荒ぶる風の中に僕はいる。恐怖は微塵も無い。雨も大して気にならない。
今この時、僕にあるのは期待と希望。
風が見えた。もうすぐ強い突風が来る。方向もつかんだ。あとは僕がベストな方角に頭を向けるだけ……。
回転に抗う。必死になってコントロールする。
──よし、飛べ!
絶妙なタイミングで風が来た。真横からの抉るような突風。
バキ、という音と共に。
僕は、空を飛んだ。
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──やった! 飛べた!
ついに僕は空に舞った。今まで見えなかったものが見える!
僕の世界が、拡がった!
カランッ……
あれ? どうしたんだ? 世界は確かに拡がったはずなのに、急に狭くなったぞ?
視界はいつもの半分以下。さっきまで感じてた風も、解放感も、全てが消えた。強く打ち付ける雨を除いて。
──ああ、そうだ。風をとらえる翼が、大空を飛ぶための翼がなければ本当に『飛ぶ』ことはできないんだった。
──僕はただ、飛ばされただけ。
──わかっていたはずなのに、忘れていたのか。いや、もっと大きな夢を見たかったのかな……?
空を飛ぶことも、地を駆けることも、回ることすらできない。
僕は今、風見鶏ですらなくなった。
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