わたしは歩いてゐます
手を前へ伸ばしながら 右へ 左へと歩いてゐます
こゝがどこなのかもわかりません
たゞ氣づゐたらこゝにゐたのです
そして わたしはたゞ歩くのです
果てのない道を たよりもなく歩くのです
右を向いても 何も見えない
左を向いても 何も見えない
わたしは 今 盲目になつてゐるのです
たゞ白い闇を見つめるばかりのこの眼は生きてゐるのでせうか
上を向いても 何も聞こへない
下を向いても 何も聞こへない
わたしは 今 難聽になつてゐるのです
たゞ白い靜寂を聽くばかりのこの耳は生きてゐるのでせうか
前を向いても 何も感じない
後を向いても 何も感じない
わたしは 今 病んでゐるのです
たゞ白い空氣を求めるばかりのこのわたしは生きてゐるのでせうか
廣(ひろ)がる 白い色
すべてが たゞ白く染まります
どれぐらゐこの果てのない道を歩きましたでせうか
ある日
わたしは ふと何かゞ眼に映つたやうな氣がしたのです
そして 次に かすかな音が聞こえたやうな氣がしたのでした
さらに ツンとした匂ひが鼻をついたやうな氣がしたのでありました
後を振り返つてみると 其處には點々と赤い足跡がありました
さらに 下を見てみると 眞つ赤に染まつた自分の足が見えました
とりあへず一歩 歩いてみると ぺたんぺたんと 自分の足音がわたしの耳を震はせました
それと同時に わたしの足元から錆びた鉄のやうな匂ひが立ち上りました
わたしは 右に手を伸ばしてみました
すると それまでは感じなかつた壁に触れ 其處から影が生まれました
左にも手を伸ばしてみると そこにも壁
果てがないと感じたこゝは 存外狹くて小さなところだつたのであります。
初めてそのことを知つたわたしは 上を向きました
そこには 鮮やかな群青の空が見えました
その瞬間 わたしはこの白い檻のなかで息を吹き返したのでありました
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