桜も終わり新緑芽吹く五月、というのは関東以南の暖かい地域ばかりで僕らの住む地域は五月に入ってようやく桜の見頃を迎える。入学式に吹雪なんてのも更にあるくらいだ。
というか、今年の僕がそうだった。
と言っても大して語るようなことは無い。ギャルゲーチックな運命的出会いもなければ漫画的奇人変人もない。ラノベ風に言えば平凡な僕の平凡な高校生活の始まりである。
ところで普通の高校生活とはどんなものなんだろうか。彼女が出来るのが普通なら僕は人生二度目の登校拒否を起こす。ストライキだ。まあ、普通に彼女が出来るなら婚活とか出会い系とかが蔓延る事は無いんだろうけど。あるいは普通だから蔓延るのか。
……その先は考えたくない。僕のほのぼのライトな高校生活が暗黒ライフなんてごめんだ。まだ始まって一月、僕の高校生活はこれからだ。人生もこれからだ。これからなのだ。
「変顔する時は周りを気にした方がいいぜ三崎ちん」
気付くと、目の前に化粧鏡があった。
「ぁぐぁわぉえっ!?」
思わぬ精神攻撃に後ろに吹っ飛んだ。
なんて嫌がらせだ。
自分の世界に耽ってる時に鏡を置くなんて悪魔の所業じゃないか。
「あははははっ!」
先輩は腹を抱えて爆笑した。
抱腹絶倒とは正にこの事だろうと思いながら僕は打った背中を押さえつつ先輩を睨み付けた。見えちゃいないけど。
さよりん先輩は呼吸を落ち着けると
「ナイスリアクションだよ三崎ちん。そのリアクションさえ取れればクラスの人気者だ」
と、涙目になりながら言った。
涙を溢すくらい面白かったらしい。こんな悪魔、死ねば良いのに。
「いやいやごめんごめん、そんな涙目にならないで。ごめんね? ちょっとした冗談だよ」
「冗談が悪質すぎます」
それと涙目なのは腰を強打したせいだ。倒した椅子を戻し、座る。
「いや、新入部員とのコミュニケーションと思ってイタズラのつもりだったんだけどそこまでなんて思わなかったんだよ。二人きりの部員なんだし仲良くしよ、ね?」
「先輩の好感度がた落ちですよ」
ジト目で先輩を見るのがやっとの反抗だった。
僕は文芸部に所属している。文芸部、なんて言ってもこの通り部員は僕と先輩の二人きりで実質同好会である。僕が入る以前は先輩一人だったそうで文芸部名誉会長なんてよく自嘲している。そんな同好会みたいな文芸部にも予算こそはないものの部室がしっかり割り当てられているのだから驚きだ。
まあこれにはちょっとしたカラクリがあり、と言うのも文芸部の名目部員数はおよそ三十人。部活として認められる最低部員数の五人はクリアしている。言わば幽霊部員のお陰で存続しているようなものだ。部活参加が必須の我が校では不人気の文化部に帰宅部として参加するのが伝統らしい。教師も中々のお役所仕事だ。紙とペンさえあればどこでも出来る文芸部にさえこんな部屋を与えてくれるのだから。
ちなみに昨年一人で活動していたさよりん先輩こと、布地沙夜里先輩は具体的に何をしていたかと言うと同人誌の作成である。腐女子向け同人誌の作成である。BL同人誌の作成である。
なるほど一人の方が楽なわけだ。爽やかスポーツ少女みたいな顔をして人は見かけによらない。
そんな訳で文芸部は本日も平和的に活動を開始した。
「……平和的になるまで土下座し続ける気だったんですか?」
「部長として部の問題を責任を持って解決しただけだよ」
スカートに着いた埃を払いながら先輩は誇らしげに言った。直前まで後輩に対し額を床に着けた完璧な土下座をしていた人間とは思えない誇らしさだ。切り替えの早さは亜音速か。
しかし。
「伝わったら良いってもんでもないでしょう。それじゃ伝わった誠意も一瞬で消し飛びますよ」
「さては根に持つタイプだな。それじゃモテないぞ」
「モテなくても好きな女子と仲良くなれるならそれでいいですよ」
「ハーレムを夢見ないのか今時男子は、がっついていいと思うぜ私は」
さよりん先輩は一人称こそ私だけど結構ボーイッシュな人だ。自身の作品に影響を受けているのか作品が影響を受けているのかはわからないけど、男子みたいなショートヘアをしていてそれがまたよく似合う。端から見たらスポーツで汗を流す女子だろう。
そんなものを流しているのは先輩の作品の男達だなんて知るのはこの学校では僕くらいだろうけど。
「昭和の男主人公じゃないんですから現実の現代っ子はそうもいきませんよ。そんなことした日にゃネットの晒し者です」
「考えすぎだよ。と言いたいけど実際そうなるんだろうなあ、やだやだ。恋愛が美男美女だけのものなんてドラマの影響だよ」
「……ツッコミ待ちですか?」
「うん?」
先輩は首をかしげた。その仕草が子供っぽくてちょっとかわいいと思ってしまった。
ちなみに、先輩の作品の登場人物が皆美男(設定はともかく絵はそれだ)であることは言うまでもない。ドラマの影響よりも趣味趣向の方が影響は大きい。
「恋愛トークってなんで盛り上がらないんだろう」
「それは面子の問題かと。て言うか今の恋バナだったんですか?」
「三崎ちんの好みのタイプは?」
「唐突だ……」
「唐突なのが恋だよ」
「無駄なドヤ顔だ……!」
「恋はいつでも突然だ!」
「更にドヤ顔だ!」
「世界は恋で満ちている!」
「意味わかんねえ!」
その場のノリで生きる二人だった。
何の話してたんだっけ?
「そうだ思い出した、先輩の態度の問題だ」
「仮にも先輩なのによく面と向かってそんなこと言えるよね。たくましいわ」
「肩書きは副部長ですから。部長の手の届かないところおつむの届かないところをサポートするのが僕の役目です」
「そんな役は任せてません!」
「サービスです」
「そんなサービス精神は捨てなさい、今すぐに」
「ダメな先輩と出来る後輩ってシチュエーションが好きらしいじゃないですか」
「二次元限定だからね。端から見て萌え楽しむだけだからね。って言うか誰が出来る後輩だよ」
「ダメな先輩は否定しないんですね」
「痛い後輩なのはダメな先輩故だと思ってるよ」
先輩はわざとらしく溜め息を吐いた。
「ぐ……」
言い返せなかった。
馬鹿なやり取りは飽きた方の負けである。
「やっぱり恋バナより馬鹿なやり取りの方が似合うね」
先輩は困った風な笑みを浮かべ、言う。
「僕が、ですか?」
「にゃ、文芸部が」
「本来は演芸部だったってオチはないですよね」
「さすがに土いじりはしてないと思うよ?」
演芸と園芸。会話で同音異義語は伝わりにくい。
落研はあっても演芸部はないよなあ。中途半端だし。
「この部がまともに活動してたのって私が知る限り皆無だからね。過去の作品でも残ってればいいんだけど、この通り部室だけだし」
「先輩もやってることは漫研ですから活動してるとは言い難いでしょう」
「む……」
「む……じゃないですよ。描いてる同人誌、漫画じゃないですか」
「それもそうか」
「しっかりしてくださいよ文芸部部長」
「文で芸をすると書いて文芸か……」
腕組みをして頭を捻る先輩。いっそ演劇部に入ればよかったんじゃないかと思うくらい大袈裟な動きだ。
やがて膝を叩き、
「よし、小説を書こう」
と言った。
「思いつきで宣言しますか」
「文芸部と言えば小説だよ」
「ベタと言えばベタ、ベターと言えばベターですが」
「思い立ったが吉日、人間万事塞翁が馬!」
「二つの関連性が皆無ですが……」
「リレー小説を書こう!」
「なんで唐突にリレー小説なんですか」
「唐突なのが小説だよ!」
「さっき聞いた台詞だ」
「小説はいつでも突然だ!」
「自作パロ!?」
自作パロって言うか二番煎じだ。
「お黙り!」
ばん!と机に両手を叩きつけた。
お黙りって。
お黙りって……。
「文芸部なら文芸部らしく文芸をするんだよ副部長」
たしなめる様に言われた。
「言われるまで何も考えてなかった人の台詞ですか」
「だからこれから小説を書くんだよ」
「どうしてリレー小説なんですか」
「それは……」
「それは?」
じっくりと間を溜め(だから演劇部でやれ)、大仰しく言った。
「それは文芸部の記念すべき最初の作品だからだよ」
「……胡散臭」
ボソッと言ったら殴られた。
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