毛布の上の心地よさは何にも代え難い。特にお天道様の元に干したふわふわのふかふかは独り占めしたくなる。あの上にいる間はどんな工事も空飛ぶ蚊も僕には届かない。
「天にも昇る心地」と寺の爺ちゃんなら言うだろうが確かに空を飛んでるような気持ちだ。晴れた日に飛ぶ鳥もこんな気持ち――心地なんだろうか。鳥の言葉も気持ちも僕にはわからないけれど本当に「天に昇る」んだからきっと気持ちがいいんだろう。
むっくりと身体を起こす。これがふかふか毛布の上なら起こされるまで寝てるところだけど固いソファの上では僕の体内時計は正確に起こしてくれる。仲間内でも僕の体内時計の正確さには定評がある。正確すぎて融通が利かないのが欠点ではあるけれど。
テーブルに立ったトランプの山を崩さぬよう、静かに外へ出る。なんであんな風で吹き飛ぶようなものをわざわざ作るのだろう。壊したら怒るようなものをわざわざ作る人間の気持ちがわからない。毛布を作ればいいのに。
いつもの細い路地裏を通りいつもの寺へ向かう。空はどこまでも水色の快晴、冒険するにはこれ以上無い日和だろう。しかしまずは爺ちゃんに挨拶をしてからか。
寺の爺ちゃんは長生きなだけあってこの街については他の誰よりも詳しい。ただ歳のせいか、もう遠出をしないらしく最近の事はあまり知らない。むしろ僕の方が詳しいくらいだ。それでも爺ちゃんの頭の地図は僕なんかよりもずっと広い。
「おはよう爺ちゃん、今日はあったかいね」
「おうチビ。今日も冒険か?」
かはは、と爺ちゃんは笑う。
「若いうちはなんでもやってみるもんだ。年取ると頭も体も固くなっていかん」
「頭の古地図、少しは新しくなったんじゃないの?」
「かはは、チビが言うようになったもんだ。昔は人影にさえビクついとった癖に。オレのお陰か?」
「よく言うよ。爺ちゃんの古地図のせいで僕がどれだけ苦労したと思ってるんだよ」
「苦労はいいんだよ。楽しいことよりもずっと覚えてられるからな」
「そんなのつまらないじゃん」
「はん、だからチビはチビなんだよ。デカくなったらわかる。公園走り回るだけじゃ冒険にならねえだろ。師匠じゃないがライ麦畑で出来るのは鬼ごっこだけだ」
「師匠の時代にはライ麦畑なんてあったの?」
「さあな。そう言うのは師匠しかわからんからなあ」
「じゃあもう分からないのか」
僕の師匠が爺ちゃんに当たるのだから爺ちゃんの師匠はもう生きてないだろう。
「勝手に殺すな。まだ生きてるわ」
「生きてるの!?」
いくつだよ爺ちゃんの師匠。
「多分この街のどこかにねぐら置いてるだろうからな、探せばもしかしたら会えるかもな。師匠はすげえぞ」
爺ちゃんは誇らしげに語る。生きてる時点で十分すごいと思うけどそれだけではないらしい。
「師匠は俺なんかよりもずっと広い地図を持ってる。俺が知らない世界も師匠は知ってる。俺が知らない時代も知ってる。俺なんか目じゃないくらいにすげえぞ。どうだ、会ってみたくなったろ?」
無理やり話を進められてる気もするのだけれど、しかし会えるのならば会ってみたいものだ。
だけど。
だけどだ。
「どこにいるの」
「知らん」
「前はどこにいたの?」
「忘れた」
「どうやって探すの?」
「足で探すしかないな」
「…………」
これだよ。
手がかりの一つもないのにどうやって師匠を探すって言うんだ。これでは本当に師匠がいるかどうかも怪しい。
「その目は俺を疑ってるな?」
「そりゃ疑うよ。今まで酷い目に遭ってきたもん。最後に会ったのはいつ?」
「先週だな」
「近っ! 親近感が沸く位に近いよ!」
「だから生きてるって言ったろうが」
そんな身近に師匠がいたのか。なんだか会える気がしてきたぞ。
「探すなら早い方がいいぞ。時間はそうないからな」
師匠が遠くへ行く前に、と言うことだろうか。
ともあれ、僕の冒険が始まった。
コメント0
関連動画0
ご意見・ご感想