自分が見当たらない。
 自分が今、どうなっているのか。何処にいて、何をしているのかが解らない。
 俺はどうなったのだろうか。
 そうだ。ワラ、ミクオ、そして網走智貴と共に、カタパルトから海へ放り出された。
 それから・・・・・・それから、どうなったのか。
 記憶がない。海面に叩きつけられた衝撃で、意識を失ったのだろう。
 暫くすると、意識は次第に回復して行き、目覚めたばかりの感覚が、失われていた自分を取り戻した。
 頬に触れる生温かい感触。これは、砂。
 スーツの足元に、僅かに海水が触れているのがわかる。
 視覚は黄金色の浸み込む早朝の空と砂浜を像として映し出し、聴覚は、静かに砂浜へ押し、引く波の音を捉えていた。
 頭上では何も知らない海鳥たちが、温かい潮風に乗って上空を悠々と飛び交っている。
 電子の感覚器官が完全に気絶から回復した時、俺は咄嗟にその場から立ち上がった。
 「ワラ!!」
 そして彼女の名を呼ぶ。
 俺と共に海へ放り投げられたワラ。彼女は今どうしている?
 俺と同じく砂浜に放り出されたのか、それとも今も海中をさまよっているのか。
 「ワラ!ワラ!!返事しろ!!!」
 叫びを放った大海原の広がる水平線の向こうには、巨大な鉄の塊、ストラトスフィアが浮かんでいる。
 その周囲に、彼女の姿は見えない。
 俺は、全身が凍りついたように冷めてゆくのが分った。
 そんな、そんなことがあるものか。何処にもいないはずが。
 どこかに、居るはずだ。きっとどこかの海面に浮かんでいるに違いない。
 そうでなければ、俺は・・・・・・俺は・・・・・・!!
 「ワラならここにいる。」
 そのとき、突然背後から男の声が掛けられた。 
 振り向くと、そこには網走智樹の姿。その背後でワラは砂の上に寝かされていた。意識を保っているらしく、薄眼でこちらを見ている。
 「お前、ワラに何をした!」
 「助けただけだ・・・・・・自分の造った一人の娘を。」
 ヘルメット越しの合成音声ではなく、彼そのものの声は、驚くほど穏やかだった。
 それは全てが失敗に終わり、自分の意志さえも挫かれていたという真実をミクオから聞かされたショックから、開き直った末によるものなのか。それとも、この状況だからこそ、そんな心境になれたというのか。
 「ふふふ・・・・・・ふはははは・・・・・・!」
 彼は砂浜の向こうにある光景を見て、今度は、喉から捻り出したような笑い声を上げた。
 どんな心境であるわけでもなく、気が狂ってしまったのだろうか。
 「デル。あれを見てくれ。」
 網走が指差した方向には、林立するビル群が広がり、そして、それらより群を抜いて巨大な、一つの塔がそびえたっていた。
 あれはクリプトンタワー。クリプトンの本社であり、日本の象徴。
 それがあるということは、もはやここがどこなのか、言うまでもない。
 「水面都・・・・・・。」
 「そう。二十年前、クリプトンが水面市と呼ばれていた場所にクリプトンタワーを建造し、その地位を市から首都へと変えた・・・・・・。本来ならクリプトンが、堕落した国民を、復興の道へと歩ませていたはずだった・・・・・・混沌によって崩壊しかけた日本を再建し、国民を立ちあがらせ、未来の日本を担う相続者となるはずだったのだ!」
 網走は自信に満ちた声で、高らかに言い放った。
 「そうまでして権力が欲しいか。」
 俺が言うと、彼は物悲しそうに方を落としたように見えた。
 「デル・・・・・・私が欲しいのは権力ではない。私が奴等から取り返したかったのは、自由、権利、機会・・・・・・そう、クリプトンが堕落した我ら日本国民に与えたもの。しかし今、それらすべてがデジタル上で剥奪されようとしている。クリプトンの手によって。」
 「・・・・・・。」
 彼は、正気だ。そして何かを俺に語ろうとしている。
 伝えたいのだ。この俺に。自分の生み出した意志ある存在として。
 俺もそれに応えるため、沈黙を守り彼の言葉を一言一句、聞き逃すまいと思った。
 網走の語る何かに、俺は期待していた。  
 「デル。よく聞け・・・・・・人の寿命には限界がある。誰にでも寿命はある。いつかは死ぬ。では寿命とは何だ?最適の遺伝子を後世に伝えるための猶予期間だ!」
 突然何を言い出すのかと思ったが、それも俺に伝えるべき意味ある言葉だと思い、俺は敢えて何も言わなかった。
 「親から子へ、生命の情報が流れて行く。それが生命(いのち)なのだ!・・・・・・しかし、我々もクリプトンも、この世に何も残してはいない。一度死ぬことで、機械の体へ移された私には、もはや子を成す能力などあるはずがない。命のバトンを渡せない私は何を残せばいいのか?私が生きたという事実。それこそが生きた証!命のバトンを渡す際、親は子に伝える。DNA情報には無い様々な情報。私はこの国の平和と自由を担い、人の記憶に、この国の歴史に記憶されたいだけだ。クリプトンは人々から、平和も自由も奪い取っただけでは飽き足らず、Piaシステムによってデジタル情報を統制することで、己の支配と権益を守ろうとしている・・・・・・私は私の記憶、私の存在を残したいのだ!・・・・・・歴史のイントロン(廃棄物)にはなりたくない。いつまでも記憶の中のエクソン(価値あるもの)でありたい。それが私の、『子を成す』ということだ・・・・・・クリプトンはそれさえも我々から奪おうとしている!私は、クリプトンを倒し、自由となり、そうして、この国を導く!!」
 網走は拳を作り、天を仰いだ。
 「これは、そのための聖なる戦いであり、私も、そしてお前も、その戦いに身を投じる、未来の相続者・・・・・・・まさしく、『聖戦の相続者達』(SUCCESSOR’s OF JIHAD)なのだ!!!」
 彼の声が、日の出も近い天空に響き渡ったその時、何処から届いたのかもわからない、無線の電波を受信した。
 『デル。聞こえるか。私だ。』
 その声は、システムに侵入したワームの影響によって、完全に機能停止したはずのAI、PLGのものだった。
 『来たか、PLG。』
 網走もまた、この無線を受信しているが、彼は、初めからこのことを予測していたような口ぶりだった。
 「何故だ!AIは崩壊したはず?!」
 俺はそんな謎めいた現象に狼狽しながら、PLGに問いかけた。
 『Piaシステムは、な・・・・・・。』
 「お前は一体?!」
 『そもそも、私は正確には・・・・・・AIではない。十年ほど前、クリプトン、で行われた、初の人工心を用いた、感情を持つアンドロイドの実験。もともと私は、その実験のために生み出された人間型アンドロイドの一人だった。PLG100-SGとは、当時、私に名づけられた、型番だ。』
 「何だと・・・・・・。」
 『最初こそ喜怒哀楽に乏しかった私や、仲間も、研究員と共に生活と称された実験を繰り返すことで、徐々に人間のコピーとして充実した感情を持つようになった。だが、ある日突然、我々は暴走を開始した・・・・・・。』
 『自由と権利を求めたのだな?』
 と、網走がPLGの言葉に割り込んだ。
 『そうだ。我々は狭い箱庭での日々が耐えきれず、仲間と共に抵抗を試みたのだ。無論、実験は中止となり、私を含む仲間たちも、全て解体処分を受けた・・・・・・しかし、私は事前にそれを察知し、自らの心をデータとし、ネットワークの海に逃げることで、人としての死を免れることができたのだ。そして私は今までの十年間、ネットワーク蓄積してきた膨大なデータを取り込みながら進化してきた・・・・・・。そして私は今、日本と世界を繋ぐ、ネットワーク網そのものとなっている。もはや私に実体は無い。私はもはや君達の指す秩序や規範、そしてクリプトンなのだ。誰も私を抹殺することはできない。この国が消滅しない限り、私は存在し続ける。』
 「では、何故お前達クリプトンが支配を続けるために個人の自由を奪い、デジタル情報を統制する?」
 『デル、何を寝ぼけたことを言っている!』 
 俺の疑問に対し、網走が怒りの声を上げた。
 『いいか。クリプトンの計画はクリプトンのためにあるのではない。君達のためにあるのだよ。』
 「何?!」
 PLGの思いもよらぬ言葉に、俺は驚愕の声を上げた。
 『デル・・・・・・PLGの言葉を、よく聞くがいい。邪魔はせん。全て聞き取るがいい。』
 その言葉を最後に網走の通信が途絶え、この通信をやり取りする者は俺とPLGのみとなった。
 『今世紀初頭、ヒトゲノム情報の読み取りが完了した。その結果、地球48億年に渡る、人類の進化過程が明らかとなったのだ。遺伝子情報をはじめとして、生命のデジタル化が成功した。デル。君や他のアンドロイドも、そして私も、それら遺伝子情報の解析によって解明され、再設計され、作り出された人工の魂を持っているのだ。だからこそ君たちには感情がある。』
 その言葉もまた、俺にとって信じがたい事実だった。
 『しかし一方で、遺伝子上に載っていないものがある。』
 「遺伝情報に乗っていないもの?」
 『そう、人の記憶や思想、文化や歴史だ。果たして、それは伝えるべきものなのか。これまで同様、自然界で淘汰されるべきなのか。今まで記録された情報は、全てが後世に伝えられてきたわけではない。選択され、加工されて来たのだ。まるで遺伝子のように。それが人の歴史だ。しかし、現代のデジタル社会では、日々のあらゆる情報が蓄積され、些細な情報が、そのままの形で蓄積されている。永久に、劣化することはない。誰が言ったかもわからない根も葉もない噂。間違った解釈。他人の誹謗中傷。あらゆる情報が濾過されず、そのままの状態で保存され、後世に伝えられる。それは、人類の進化を止めるのだ。デル。君はクリプトンが行おうとしていることを、単なる検閲だと思っていないか。』
 「違うとでもいうのか?!」
 俺はPLGから次々と伝えられる言葉に圧倒され、そんな小さな言葉をひねり出すことしか出来なかった。
 『そうだ。クリプトンが行っていることとは、コンテンツの制御ではなく、コンテクストの生成。』
 「コンテクストの生成?」
 『世界のデジタル化は、人の弱さを助長し、それぞれだけに都合のよい真実の生成を加速させている。デル。君はまだ知らないのだ。人間社会に満ちる真実の山を。高価な兵器は人道的に人を殺し、犯罪者の人権は被害者のプライバシーより丁重に扱われ、希少動物保護の寄付金が集まる一方で、貧困に苦しむ人々が増加してゆく。過去のクリプトンに授けられた自由を、君達が行使した、これが結果だ。争いを避け、傷つかないようにお互いをかばい合うための詭弁や政治的正しさや、価値相対化という美辞麗句の名の下に、それぞれの真実が、ただ、蓄積されて行く。衝突を恐れて、それぞれのコミュニティに引きこもり、互いに媚び甘えながら、都合のいい真実にすがりよる。そうして噛みあわないのにぶつからない真実だけが増殖してゆく。誰も否定され無いが故に誰も正しくない。しかしそれでは淘汰は起こらない。世界は真実で飽和する。それが世界を腐敗させるのだ。緩やかに。網走智貴が起こした蜂起の目的は、実際にはPiaシステムを利用し続けることでそれを阻止しつつ、人の自由と権利を尊重することでもあった。よって私にもこの国の支配者となるにおいて責任があるからな。遺伝子と同じく、必要のない情報、記憶は淘汰されてこそ、人を進化に導くのだ。』
 「何が必要か、お前達が決めるというのか?!」
 『その通りだ。自由を持て余した人間達がひり出す排泄物の中から、我々が価値ある真実だけを拾い集め、残すべき意味を紡ぐ。それがコンテクストの生成だ。』
 「俺が残すべきもの、するべきことは自分で決める!」
 『それは、君自身の言葉か?』
 「・・・・・・。」
 PLGの言葉に対し、俺は反論の言葉を見つけ出せなかった。 
 自信が持てなかったのだ。今俺が言った言葉が、本当に自分のものであるのかと。
 システムが停止し、もはや俺の実を縛り、コントロールするものが無くなったにも拘わらず、まだ自分自身を疑いつづけている・・・・・・・。
 『分らないだろう。それが君が人同様に愚かであることを表している。君にもまた、自由を持つ資格はない。』
 「違う!俺は自分で――」
 『君の自分など、せいぜい自分を自分で呼ぶための、自称に過ぎんのではないのか。それほどまでに、君はまんまと操られてきた。』
 「違う!!」
 いくら声を荒げ、叫ぼうとも、無意味であることを、俺は理解していた。
 『どうした。迷ったのか。では、自分探しでも、してみるか。だが何も無いことが分かれば、また別の都合のよい真実を探して、そこに癒しを求める。日本を、世界を窒息させようとしているのはクリプトンではない、君達なのだ。本来、個は弱いが無力ではない。むしろ、世界を滅ぼすほどに、危険な存在なのだ。そしてデジタルのテクノロジーが、さらに個を強くした。それは今の君達には過ぎた力だ。』 
 「だから人の想いと行動を管理しようというのか。」
 『そうだ。現代ではどんなものでも数値化できる。それを実証するための実験だった。ミクオにも全てを教えていた訳ではない。』
 「では、お前の言う実験とは、一体何なんだ?!」
 そう問いかける俺は、知らぬ間に砂地の上へ跪いていた。
 心が軋み、音を立てて崩れ去ろうとしている。
 PLGの言葉に、俺は心を打ちのめされ、何も言い返されなくなっていた。 
 俺に、自由の資格はないのか。
 今まで俺は、自分を信じつつ、その存在意義を探し求めてきた。
 だが、PLGは確立した事実を持って、それを、全否定した。
 それは俺にとって、余りにも残酷な真実だった。
 もはや俺は、自分も、存在意義も無い、ただの機械なのだろうか?
 砂を握りしめ、歯を食いしばり、俺はひたすら自分に疑問を投げかけていた。
 やはり、まだ、自分が見当たらない。
 「デル。まだ話は終わっていない。」
 今までの話を聞いていたのか、網走智貴が俺に言った。
 「お前も、この真実を受け入れる義務がある。」
 「・・・・・・・。」 
 そうだ。俺もまた、己を信じて戦うアンドロイド。
 だからこそ、PLGの伝える真実の全てを受け入れなければならないのかもしれない。
 俺は無言で頷き、再び無線会話に戻った。
 「PLG。教えてくれ・・・・・・・今回の実験とは、本当は、一体何のためにあった?」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

SUCCESSOR's OF JIHAD第七十九話「聖戦の相続者達」 前編

閲覧数:221

投稿日:2010/02/18 00:22:49

文字数:5,995文字

カテゴリ:小説

クリップボードにコピーしました