???「とーりゃんせーとおりゃんせー」
少女の心は澄み切った空のように爽快だった。
やっと自分の願いは叶えられるのだ。その時をどれだけ待ったか分からない。
多分一生ぶんの苦汁を舐めさせられたと少女は思っていた。
「こーこはどーこの細道ぢゃー」
どうして自分は、あのような人物にあのような約束をしてしまったのか。
そしてその約束をどうして破ることが出来なかったのか。
少女は今だに分からないままでいたが、その元凶がついにこの世から消滅するのだ。
喉の支えが取れるとなれば、歌だって歌えるしお菓子だって食べられる。
喉の支えなんて生半可なものではなかったが、とにかく少女の胸の内では今までの事象を嘲笑するかのように少女は歌を歌った。
「天神様の細道---」
はて、と少女は足を止めた。
自分が歩いてきた道に覚えはなく、それどころか道とも言えぬ雑居ビルの路地裏に少女はいた。
ガラスの破片は無造作に放置され、倒れた植栽は枯れきっている。
少女が歌をやめると、換気扇を回す重低音だけが残っていた。
「頼む。」
不意に喋り出す枯木に少女は顔を向ける。倒れた枯木に興味はないけれど、喋る枯木には興味があった。
枯木は些か緊張した面持ちで少女に話を持ちかけた。

「目を・・目を返してくれないか。」

枯木はおかしなことを言った。枯木に口があることすら不思議でたまらないのに目をよこせと言う。木目のことだろうかとも一瞬考えたが、それは譲渡できるものでもなく、この場合はやはり物事を写す動物の視覚機能のことだと悟ると、枯木がどうしてそれを欲しているのか疑問に思った。

「なぜあなたはそんなものが欲しいの?あなたは枯木なのに。」

少女がそういうと枯木は喋らなかった。喋らなくなった枯木は倒れた枯木に戻る。すなわち、それは少女の興味の外に抜けたことを意味した。
返事が返ってこないことを知ると少女は行き場を失った興味をどこに費やすかで迷った挙句、そう言えば先ほどのお菓子は久々に当たりを引いたと思い返すと再び上機嫌で歌を歌い始めたのだった。

竹井荘

「ブラックメーカー?」
聖姉さんお手製の朝食をとっていた俺は聖姉さんとの世間話の際、聞きなれない単語を聞き直した。
「少し前にニュースで変死体がでたってあったじゃない?」
「ブフォッ。」
「ちょっ・・・汚ない。」
吹き返した味噌汁はお椀で受け止めたはずだったが、盛大に散飛している。
お椀の中には一度自分に取り込んだ筈のご飯やらお香やらが散らかっていて、険しい顔をしつつも、俺はこうなった原因について言及することにした。
「どう考えてもこの木漏れ日漂うこの清々しい朝食の話題ではないですよね。」
「別に晴れてないけどね。」
外を見ると思いのほか、曇天である。
「え、知らないの?本当に?あれだけ騒ぎになったのに。」
台拭きを手渡してくれた聖姉さん顔は、いかにも世間知らずを見下したような癇に障る顔をしていた。
研究室に篭り切りだったころだろうか。俺はてんでそんなニュースを聞いた覚えはなかった。

「えとね、目が抉られた死体で裸で雑居ビルの路地裏に倒れてたんですって。爪に残った網膜から自分でやった可能性が高く、直接の死因は・・・・うぐっ。」
気づくと聖姉さんの顔は真っ青で今にも嘔吐するかのように手を抑えている。
「自分で振った話題に吐き気を催すってどういうことですか。」
「吹き出した物まみれの仁君を見ながらこの話題は難易度が高かった。」
「・・・確かに。」
台拭きで吹き出した味噌汁を拭き終わると台所に持っていく。
聖姉さんが「良く出来ました」といって頭を撫でてくるのはもう慣れている事とはいえ、この誰かれ構わず子供扱いするのは何とかならないものか。

「で、その変死体がなんですって?」
そうそう、と思い出すように聖姉さんは話に回帰した。
「因みにね、あえて事故現場というけれど、その事故現場ってxx県だし、全然関係ないところなのよ。」
「じゃあ俺たちにもさして関係ない話じゃないですか。」
「それがね、ネットではその犯人を勝手に『ブラックメーカー』なんて俗称付けて、架空の犯人を捕まえるっていう企画が大流行してるのね?」
「・・・何だ、やっぱり関係ないじゃないですか。」
「違うのよ。その探偵が欲しいんじゃなくて、むしろ逆?」
さすがの俺でも聖姉さんはどうやら何かをしてほしいらしいという事に感づいた。なるほど、苦手なジャンルをやってもらうために苦手なジャンルの話をしなきゃならなかったんだな。

「逆?なんのですか?」

俺はそう悟ると、現状の聖姉さんを愉しむ他ないという結論に至る。

「え、いやだから殺人犯のブラックメーカーを捕まえようっていう探偵の・・・・」
「そのブラックメーカーがよくわからないんですが、特徴とかってないんですか?」

「と、特徴?え、えとわからないけどネットを見た限りだと目が3つあって、手なんか錆びた鉈で血が緑色で・・・うぅ。」

なにこの聖姉さんすげぇかわいい。
俺この人の味噌汁なら何杯でもいける。そう確信した。
ただ、ネットの妄想板で誰かが適当に描いた絵を間に受けたのであろう聖姉さんのいう人物像はもはや人ではない。

「ちょっ・・・もしかしてからかってる?」

実に的を射た指摘を半笑でごまかすと、聖姉さんはムッとした顔でこちらを見ている。
完全にやり過ぎたと猛省すると、折った話の腰を自分で直すことに決めた。
「要約するとこの寮で探偵気取りのバカがいて、そのバカを止めたいと、そういうことですか?」
「馬鹿ではないけど、よかった。やっと伝わった。長かったー。ここまで長かったよぅ。」
半泣き状態の聖姉さんの努力がようやく実ったようで、何よりである。
そんな事細かく説明しなくてもいいのにとも思った。
「202号室の学部1年生の女の子なんだけどね、この間掃除をしに部屋に入ったら例の事故現場の写真がいっぱい貼られてて、事故現場の地図で海外ドラマみたいに関連事項を紐で結んだりしてるのよ。」
「ものすごい実行力ですね。それ逆に辞めさせない方がいいんじゃないですか?」
「そうも言ってられないわ。なんだか最近そのことで帰りが遅いみたいだし、xx県にも行くって言ってるのよ。ハタチ前の女の子がよ?どう考えても危ないじゃない?」
「それはそうですね。」
女の子という言葉に淡い期待を抱いて俺はその202号室の住人を懐柔する責務を負った。

教授に研究を辞めさせられたあの日以来、俺は毎日人間ドック状態かと思えば、週一ほどの定期健診をしに行く程度でほとんど大学には顔を出していない。卒業研究に関しては全て教授が取り持ってくれていたし、卒業までの準備もほぼほぼ終わっていたため、取り立ててやることもない。
そんな俺を見兼ねたか好機とみたか聖姉さんは俺にこの件の取締役として任命つかまつったのだった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【小説】常識科学の魔法学4

閲覧数:218

投稿日:2016/02/05 12:32:15

文字数:2,837文字

カテゴリ:小説

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