1、なぞる

「ねぇ、君はさ、いつも何を見ているの?」
不意に千春が訊いてきた。
「何でそんな事、訊くんだ?」
「いや、何て言うかさ、君の側にいても、君の目に入ってない感じがして。」
ふ、と笑いたくなった。そんな訳ないのに。絶対に、ないのに。でも、嬉しい。僕のことをそれほど見ていてくれてるなんて。
「そんな訳ないよ。いつも君のことを見てるに決まってる。」
少し怒った様に、僕は言う。
「君のこの耳には、聞こえてないのかな?」
と、彼の耳に触れる。やっぱり千春は冷たくて気持ち良い。
「な、何が?」
千春が少し身体をたじろがせる。
「僕が君のことを好いている、という噂は。」
「聞こえてるさ、聞こえてるけど、君はなかなか言ってくれないじゃないか。僕のことが、その、好きだ、って。」
そんな事を顔を赤らめながら言うものだから、千春は可愛い。
「ん? 千春は僕が君のことが好きじゃないと思う?」
「そんなことない、と思うけど…。」
「じゃ、それで良いよな?」
「う…。いいけど、いいんだけどさ。なんていうか…。」
そんな風に千春を苛めている僕は、相当人が悪いのかもしれない。

2、吹きかける

「利都、君は僕で、僕は君なんだよ。」
君のその笑顔は、とてもまぶしい。きらきらと光を放っているかの様に。その顔は、暗く墜ちてしまった僕には、直視することも出来ない程だ。もう笑うことも、泣くことも、怒ることも、どうやるのか忘れてしまった僕に笑い掛けてくれる君は、なんて純粋なんだろうか。だけど、これだけは言っておかないと。
「僕らはな、きっといつか、互いのことが大嫌いになってしまうんだよ。」
自らの心が何かに貫かれる様な痛み。その痛みに代えても、告げなければいけない言葉。
「何故、利都はそう思うの?僕らは、僕らだけは、互いのことを嫌いになんてなれないと、僕は思うよ。」
不思議そうに千春は問うた。それに対する僕の声は、とても冷たくて。ひんやり、なんて生易しいものじゃない、喩えるのならば、液体窒素の様な、僕の声。
「僕らだけは、なんてことは絶対にないよ。この人だけは裏切らないと思っていた人に裏切られたことがある。それに、僕のことを信じてくれている人を裏切ったこともある。だから、今こんなに君のことが好きでも、いつかは嫌いになってしまうんだよ。」
そう、そうなんだ。いつかは君を絶対に裏切ってしまうから。そのときの傷が出来るだけ浅く済むように、君に言葉を投げ掛ける。そんな言葉、千春が望んでいないのはわかっている。だけど、僕に他に何が出来るっていうんだ。来るかもしれない別離に怯え、どうしようもない焦燥に駆られるこの僕に。
「う…?」
千春に抱き寄せられる。こんなことを千春がするなんて、珍しいこともあるものだ、と思っていたら、僕に話し掛けてきた。
「ねぇ、利都は僕が利都のことを裏切ると思うかな。」
甘い声とともに千春の吐息が僕の耳に吹き掛けられる。表情が見えないから、不安になる。
「いや、そんなことはないと思う。だけど、僕が千春のことを裏切ることはあるかもしれない。」
そう、僕は自分のことすら断定出来ない程に、どうしようもない奴で。
「そう。だけど、君が僕のことを裏切ったりはしないと思うよ。」
だけど、そんな僕のことを信じてくれる君がいるから、僕は此処にいることが出来るんだ。
―大丈夫だ、僕が僕である限り、君を守るから。
なんて。心の中で呟いた。いつか君に、言いたいけど。きっと言えないんだろうな、と思った。

3、低い声で話しかける

廊下を歩いていたら、袖に違和感を感じた。どうしたのか、また何かに引っ掛けてしまったのかなぁ、と見やると、千春が袖を軽く摘んでいた。
「ねぇ、利都。」
「ん? 何だよ?」
身体ごと振り返る。何か言いたそうな顔。気になる。思わず手を掴み、こちらへと引き寄せる。
「あの、さ。君は僕のことを、どう思っているの?」
言い淀みながらも視線を外す事なく、真面目にそんなことを問うてくる千春。そんな真っ直ぐな視線、避けられる訳がない。千春の耳元に唇を寄せ、囁く。
「大好きだよ。その真っ直ぐな視線や、冷たい身体や、すぐに赤くなる頬や、サラサラの髪も大好きだけど、何より、君のそのパーツが作り上げている森川千春という人間が、僕は大好きだよ。」
そう言うと、手を放して千春を開放した。
「これで良いかな。」
ぶんぶんと赤くなった顔を隠す様に振る千春。あぁ、本当に可愛い、僕の半身。

4、かむ

ふわり、と、初夏の香りがする。窓から漂ってきたのかと思い、そちらに顔を向けたらどうやらドアの側に立っていた千春の方からこの香りは漂ってきたのであることを知る。
「良い香りだね。何の香り?」
「桃だよ。さっき、遊歩道の桃が成っていたから、香りが付いたのかな。」
甘い香りを漂わせながら、肩を竦める千春。遊歩道、ということは通学路を通って何処かへ行っていたようだ。今日は休日。
「何処に行ってたの? 忘れ物か何か?」
「うん、まぁ。ほら、国語で宿題が出てたでしょ。なのに教科書を忘れちゃってさ。」
「それくらいなら、僕が貸してもよかったのに。」
「いや、迷惑かけるのも悪いと思って。」
「別にいいよ、千春の為なら。」
「僕の為?」
「そう、君の為。他の人達に貸してなんかやるものか。」
そう嘯いて、千春に近付く。頬に触れる。
「そう。君は、僕の特別だからな。」
唇を耳に近付ける。触れるほど近くにいる千春。
「え、何。」
身体を引こうとするけれど、先ほど自らが閉めたドアにぶつかる。千春が逃げられないの耳をふわりと甘噛みする。やっぱり千春の身体は冷たい。
「ふぁ…。な、何するんだよ、いきなり。」
とか言いながら顔が赤い千春に悪戯っぽく笑う。
「うーん、何なんだろうな。唯の独占欲?」
なんて。冗談めかしているけれど、これは本当。だって、君はすぐに何処かに翔んで行ってしまいそうだから。少しでも僕のことを心に残しておいて欲しいだけ。

5、舐める

「君の身体はいつも冷たいよね。」
隣りで読書している千春に話しかける。
「よく言われるよ。」
何処となく上の空でも真面目に返事を返してくれる千春。
「でも、心まで冷たい訳ではない。」
と、付け加える。
「そんなこと、真顔でよく言えるね。」
こっちをまじまじと見つめながら、しみじみと返す。
「そんな君は、僕だ。」
双子だし、間違いではないと思う。
「ま、否定はしないでおこうか。」
くすり、と笑いながら応える。
「僕の特別だ。」
君の耳に囁く。
「それはそれは、ありがとう。」
くすぐったそうに笑う。
「だからといって、特別な技能を持っている訳ではない。」
「う、そりゃそうだけどさ、何なんだよ、そんなこと。」
訝しげに問う。
「ましてや、鈍感気味だ。」
それには答えず、言葉を紡ぐ。
「本当に何なんだよ、さっきから。」
「いや、何でもない。というか、僕から見た君の姿を物語ってみた。」
「なんだそれ。」
さらに訝しげな表情をする千春。
「例えば、さ。」
と、ここで言葉を切って千春の耳をつるりと舐める。
「こんな事をしてみた、とする。でも、与えられた感覚は信じる事ができるけれど、視覚的な情報は錯覚かもしれないよな。」
顔を赤くした千春がこちらを向いて問う。
「あのさ、さっきから何を言ってるの? よく分からないんだけど。」
「感覚と理解について、だよ。僕は君のことを、どれほど知っているのか、不安になってさ。」
「君は僕のことを何でも知っているじゃないか。」
「いや、それは君が思い付く範囲での話。そうじゃなくて、僕は君の全ては知らないよな。ということなんだよ、僕が言いたいのは。」
自分で何を言ってるのか分からなくなってきた。
「いいんじゃない、別に全てを知らなくても。僕は僕で、君は君。それじゃだめなのかな。」
それは独白のようにも、僕に語りかけたようにも聞こえた。
「そうだな。大事なのは、此処に僕達がいることなんだから。」
「じゃ、そういうことで。」
結論がでたのかよく分からない会話のあと、僕に訪れたのは君からの口付けだった。
「これで僕達が生きることができるのなら、何にも知らなくていい。君と共に在ることができれば、それだけで。そうでしょ。」
甘い声で囁く千春。
「そうだな。僕達は、此処にいるんだしね。」
と僕は返す。千春はまた読書に戻ったようだ。
―さて、次は何を君と語ろうか。
少し微笑んで、また僕は口を開くことにした。


ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

耳で5題

ミントティー様にお題はいただきました。いかがでしたでしょうか?よろしければ感想などいただければ、私はすごく喜びます。
遅くなってすいませんでした

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閲覧数:145

投稿日:2010/04/02 21:57:06

文字数:3,508文字

カテゴリ:小説

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