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 部屋に戻ると好子が起きて椅子に座っていて、入ってきた私に尋ねた。
「あ、聡美ちゃん。どこ行ってたのさ」
 私は返答に少し戸惑って、
「繭にお別れしようと思って」
 そう応えた。
「ふうん」
 私はもう一つの椅子を好子の隣に持ってくると、それに座った。
 雨と風は少しずつ弱くなってきているようで、明日か明後日までにはこの大雨も収まるだろう。
 ……なんて、詳しいことは分からないけど。
 ……なにせ、明日なんて未来のこと、私には分からないから。
 兎に角、収まってきていることは確かなようで、雨音は大分弱まってきているように感じた。
「何それ?」
 好子は、私が手に持った紙を指差して尋ねる。
「ああ、繭が持ってた牌符」
 私は破れないように気をつけながら、紙を広げて見せた。
 丸めていたせいでさっきより血が滲んで、分かりにくくなってしまった気がする。
「誰の?」
 そう言って手を差し出す好子に、私はその牌符を渡した。
「私の。この間、ここでやった時のらしいよ。どうやら」
「へぇ。誰か牌符付けてたっけ?」
 好子は手に持ったそれをじっくりと目を通していく。
「ふうん……で?なんで繭ちゃんがこれ持ってたの?」
 なんでって言われても……
 好子は牌符を私に返して尋ねる。
「いや、分かんない……そう言えば繭、手に7筒握ってたって」
 金田が言ってた7の筒子。何か意味があるのだろうか?
「7筒?なんで?」
「いや、知らないけど……もしかしたら……」
 私はわざとらしく台詞をためて、小声で顔を近づけてみる。
「……なに?」
 好子が怪訝そうに小声で顔を近づけてきた。
「ダイニングメッセージってやつかもよ……」
 私が映画なんかじゃお決まりのそれを口にすると、少し間があって、
「そんなバカな」
 否定された。
「なんでよ。こういうのってお約束でしょ」
 私が掲げた牌符を見て好子は肩をすくめてみせる。
「ダイニングメッセージってあれでしょ?殺された人が死に際に犯人の名前を残すって言う」
「そうそう」
「こういう時、犯人の名前はポラロイドの裏に書かれてるって決まってるの。テディの嘘を信じるな」
 好子は最後の部分だけ感情的に言った。
「……映画好きだね。ほんと」 
「でもそれ本当にダイニングメッセージなら、何か燃えるね!」
 私から牌符を奪うと、好子はそんなことを言い出した。
「そう?じゃあ考えてよ。私には全然そうは思えないけど」
「あれ?聡美ちゃんが言い出したんじゃん?本気出そうよ!探偵はバーにいるんだよ!」
 最後のは謎だ。
「はいはい。だって私そんな頭良くないもん」
 床に寝転がる私を無視して、好子は紙を横に向けたり電気に透かしてみたりしている。
「それにしてもこの虫食いみたいなのはどうにかならないかねぇ」
「ならないねぇ」
「聡美ちゃんさぁ。自分の牌符なんだからさぁ。覚えてないわけ?」
「覚えてるわけないでしょーが」
 好子はじっと紙を見つめて、唸る。
「何か解った?」
「んー……もうちょっと……何か解りそうなんだよねぇ」
「好子が探偵には向いてないってこと?」
「違うー」
 好子は椅子から立つと、どこからか紙とペンを持ってきて、床に置く。
「とりあえず血で隠れてるとこ埋めてきますか」
「頑張るねー」
 好子は床に座りこんで、紙に顔を目一杯近づけながら牌符を写していく。
「最終の形見てみると、萬子は多分一二三五五か一一四五六のどちらか。でも二巡目に二萬ツモって、一巡目の捨て牌は東だから聡美ちゃんが余程のバカでないかぎりは前者だね」
「誰がバカだって?」
 私も好子がペンを走らせる紙を覗く。
「それで、問題は次の筒子」
「何⑥⑨?やだ、下ネタじゃない!」
「いやよく分かんないけど……。最終形のところに⑥⑨って並んでるのはおかしいでしょ。これ書き間違いだね」
 本当だ。全く気がつかなかった。
「なる程。5巡目に⑨切ってるからきっと⑥⑦⑧。次の索子の巡子は123ってなるわけか……でもこれ書き間違っただけじゃなさそうだよ」
「なんで?」
 私は⑨と書かれた部分を指示して言う。
「だってほら。⑨の後ろに薄く文字が見える。多分書かれてるのは⑦。これ後から書き直したんだよ」
「ほんとだ」
「なんで間違った牌を書き直したかは、謎だけど」
「まぁいいや。とりあえずそんな感じで全部予測で埋めてくと……」
 好子は血で汚れた部分を予測で埋めていき、何も書かれていなかった紙にそれを書き写していった。
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 9月15日
 西藤 聡美
 南2局 1本場 西家
 ドラ ⑦ 裏ドラ _

  一 三 五 六 ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ 5 8 東 東 發 ←配牌

 3(五) 二 南 2 五(3) 7 □ 1(R) 5 ()← ツモ牌

  東  東 南 發 ⑨  5 □ 六 ()← 捨て牌

  一 二 三 五 五 ⑥ ⑨ (←正しくは⑦) ⑧ 1 2 3 (6) 7 8 (9) ←最終形
 

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 好子はペンを置くと、手をぶらぶらさせて伸びをする。
「こんな感じかな。第1ツモと第5ツモはどっちか分からないけど」
「リーチ ピンフドラで3900点。ツモれば5200点。さらに裏のれば満貫か跳満っ」
「平凡な手だね」
「可能性を感じるでしょ」
「はいはい、そうだねそうだね」
 私は見やすくなった牌符を取ると、それをじっくりと見た。
「……まぁ、謎は深まったけどね」
「そうだね……」
 
 悲鳴が聞こえたのは、それから少ししてからだった。かり

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

閲覧数:78

投稿日:2014/05/19 19:27:30

文字数:2,328文字

カテゴリ:小説

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