もうすぐで夜が明ける頃に鳴く鳥小屋に居るの三匹の雄鶏達が心地よい眠りについているユカリにとっての何よりの天敵だった。雄鶏が発する独特な甲高い声はまるでご飯をねだる子供の様にしつこく布団を深く被ろうが耳を両手で塞ごうが、或いはその両方を試したところで変わりはしない。

「起きますよ。えぇ、起きますとも起きて君達に餌をあげますよぉ」

被っていた布団を振り払い洗面台で顔を洗い。次に普段着に着替えてから離れにある鳥小屋に向った。
鳥小屋は二つに分けてある。雄鳥と雌鳥分けているのは勝手に増える事を防ぐ為であり何処でもしているごく普通の飼育方法だ。

「今日も卵ありがとうね。お礼の餌だよ」

生みたての卵は人肌に温かく確かな堅さはあるも質感は柔らかい。
しかし、ユカリには腑に落ちない点があった。それは鳥たちの鳴き声がいつもより高い声だったからだ。

「大きい声で起こしてくれるのは良いけどね。君達、今日はなんだかいつも以上に大きい声出しているよね。なんかあったの?」

鳥達は答える筈もなかった。


「……って答える筈もないよね」


じっと鳥達が餌を食べているのを見ているとそれは不意にユカリを襲った。彼女自身の人生の中では二回ほど体験した人生を変えてしまえるような過大な緊張と焦燥。それが体を襲い身震いした。
それは本能で生きている鳥達も人一倍に感じとっていた。餌を食べるのを止め鳥達は近くにある海の方向をずっと見ていた。

「君達、ここ開けておくから逃げたいなら逃げてね。長かったのか短かったのか曖昧なとこだけど、いい子達だったよ。また会おうね」

鳥小屋を開けたままユカリは急いで家の寝室に戻った。

「確か、ベッドの下に」

手当たり次第にベッドの下に有る筈の物を取り出す。

「あった。ホコリ被っているけど、大丈夫かな」

手に取ったのは一本の剣。その剣はこの辺りではごく一般的に売られている剣と同じ作りの剣、恐らく護身の為の剣だろう。
剣を鞘から抜き、刀身の錆びと刃こぼれがないのか確かめた。

「刃こぼれなし、歪み、錆び共になし」

抜いた剣は刃渡り九十センチ、柄は滑り止めの為か布が巻き付けてあり、柄頭から十センチほどチェーンが伸びていた。
一通り確認した所で武器として何ら差し支えなく使える事を知ったユカリは剣を鞘に納めて不快な思いをした根源と思われる海の方へと向かった。
不安の根源は思った形とは異なっていた。

「……何これ……」

そこには負傷している三人の人が浜に打ち揚げられていた。
一人目は金髪の少女、二人目の女性は服を着ていない黒髪のショートカットの女性。そして、三人目は若い男性。男性の体格からして恐らく騎士なのだろう。
肉体は筋骨隆々とまではいかないが、ある程度必要な筋力が付いていた。三人とも何かしらの傷を負っている。
三人とも重症だが、ひと際傷が深い金髪の少女は服装からして、身分の高い者だと解った。予測するに他二名は付き添う騎士と言ったところだろう。まさか、二人が襲ったとかはないだろう。

「賊に襲われ……たのかしら、ま、どんな状況だろうと今はいち早く手当てしないとね」

取りあえずユカリは傷が深い者から家に運ぶ事にした。
ケガの深い少女と裸の黒髪ショートの女性を軽々と持ち上げてふと自分の家ことが脳裏に浮かんだ。

「……三人も寝かせられる場所が家にあったかな」

傷ついた人を運ぶのが些か懐かしく感じた。思い出したくない過去も手放した悲惨な事もまた背負ったようで。

    1

負傷した彼等の手当をしてもう何十時間と経った頃だろう。外は暗く狼の遠吠えが山の方から聞こえる。
暖炉の火力を上げようと椅子から立ちあがり薪場から新しい薪を投げ入れる。すると火はすぐには火力を上げずに火の子が四散しては消え、淡く揺らぐ火に投げ入れた薪がパチパチと鳴った。

「鳥は逃がしたから食料はあんまりないし備蓄もしてないし。ま、本を見て明日まで様子を見ましょう。起きなかったら剣使って狩りでもして食料を調達しましょう。そうしましょう」

悩みや問題は山積みなのだが、いい案が「狩り」しか思いつかない。煮詰まった考えを冷やそうと椅子に座り近くの本棚から古本を取り、目が悪くも無いのにメガネを掛けた。見知らぬ者がこの光景を見れば余生をゆったりと暮らす老婆に見えるだろう。一ページ一ページ味わい深く読み紙を指でめくる音もまた小気味いい。
読んでいる本は「孫臏兵法(ソンピンヘイホ)初巻」昔、呉と呼ばれる国で使えていた軍師が書いたとされる兵歩書だ。

初巻の構造は三篇。序論は計篇であり、戦争を決断する以前に考慮すべき事柄についてと内容は単純なモノでは決してないけれど、自分がこの本を読んで何処か少しでも解ったら微々たるものだが解った事が自身を成長していると感じれていたからだ。
それが何よりも自分がまだ成長出来得る確証になったからだ。
ただ、それだけの為に溜めこんでいたお金を使い高価な本を買ったのだ。

「馬鹿かもしれないけど人が成長する事は何よりも得難いモノだけど、それと同じくらい成長出来る可能性も得難いものよね」

ユカリの視線は処置を施した彼等を見ている。先程の言葉はきっと彼等に言ったのだろう。

「私が感じたあの焦燥や緊張が貴方達によるものだったら、貴方達はこれからどんな事をしていくか楽しみね。でも、今はゆっくりと体を休めてくださいね。ルカ様」

彼等が目を覚ました頃にはもう夜が終り、朝日が見え始めていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【コラボ】西洋騎士護衛物語 二話

行間が狭いのは見逃して下さい。いつもの感じで開けると無駄に大きくなってしまうので

※1話と事なっている点や、文法に反している点があればご報告ください。尚、カイト達(ルカを除く)を名前で呼んでいないのは仕様です。

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投稿日:2012/12/26 18:23:07

文字数:2,287文字

カテゴリ:小説

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