理事室を出るとしばらく西洋風の廊下が続いている。この長い廊下にはいくつかの部屋に続く扉があるのだが、会議室や応接室がほとんどである。
入間から聞いたのだが、理事室のある第三棟は、この学校が建てられた時よりも昔、一つの島であるこの土地を私有地として持っていた大富豪の屋敷の一部の洋館を改修したもので、初代理事長、絹見亮吉の指示なのだそうだ。しかし、この第三棟、他の校舎と比べて非常にウいている。
理事室のある三階から二階に降りて、幸乃の教室がある第二棟に繋がっている渡り廊下に行くために、階段を降りて直ぐにある角を曲がろうとした幸乃を、渡り廊下の方からする話し声が止めた。
「藁科君、また爆発を起こしたみたいよ」
「え~っ、またぁ?」
どうやら、数人の女子生徒が話しているようだ。幸乃は止まったまま、息を殺すように隠れた。
「何のために学校来てるわけよ?」
「工作員になる為じゃない?いつも爆発起こしてんだからさぁ~」
そして、女子生徒は大笑いした。その笑い声を聞きながら、幸乃は歯を食いしばり、拳を握りしめる。幸乃には辛く、悔しいことを言われた。
最近酷くなる陰口。彼にとって、耐え難いものだった。常に平常を保とうと思っているのだが、いつまで耐えられるか分からない。
幸乃は気分を換えるために、一息吐き、足を踏み出して、角を曲がって渡り廊下を渡り始めた。
相当大きな声で喋っていたようだ、10メートルある渡り廊下の、第二棟の入り口辺りに5人でまとまって話していた。
幸乃には見覚えのある面々だった。入学時は幸乃に寄ってきて、気を惹こうとしていた面々だ。
「アイツさぁ、絶対カラコン入れて、髪も染めてるって。あんなヤツ、普通ありえな―――」
話している途中で女子生徒は幸乃に気付いて、何事もなかったかの如く、足早に立ち去った。
前まで、白髪や蒼い瞳を褒めていた人間が、今では陰口を叩くようになった。
「なんで、アイツがいんだよ!?」
という言葉を立ち去り際に吐いていった。
その言葉を聞いて、幸乃は深く溜め息を吐いた。
「最近こんなんばっかだよ……」
幸乃は小さく言って、暗澹とした表情になる。
第二棟に入ると直ぐに、今度は数名の男子生徒が幸乃を取り囲んだ。
「おい藁科、今日もテロ活動ご苦労だな」
「ほんとっ、いつも大変だなぁ」
「俺達も仲間に入れろよ」
そして、男子生徒も大笑いする。真面目に仲間に入ろうとしていないことぐらい、直ぐに分かる。この者達は幸乃を嘲笑したいだけだ。幸乃は不愉快に思い、
「…アンタ達の戯れ言には興味ないね」
とだけ不愉快そうに言って、幸乃は立ち去った。経験則からこのような者達の話をマトモに聞いていると、エスカレートしていくとわかっていた。
廊下を歩いていると、笑い声が妙に耳に響く。まるで自分が周りから嘲笑を受けていると思えて仕方ない。すっかり疑心暗鬼に片足ツッコんでしまっているなと暗澹とする。
幸乃は、二階から五階まで上がると、自分の教室に足早に入る。教室には、幸乃が破壊した教卓は撤去されて、何事もなかったかの如く、新しい教卓が置かれていた。
「戻って来やがったよ、テロリストが」
ヒソヒソ声で誰かが言った。
冷たい視線を感じる。このクラスにはもう、幸乃の居場所は余りないようだ。
冷たい視線を無視して自分の席に座る。すると、いつものように、机の上に“昼休みに職員室、村野まで”と筆文字で書かれた紙が置いてある。幸乃は思わず溜め息を吐いた。
「お前、溜め息を吐きすぎだゾ、と」
と横から三崎拓也が苦笑しながら言った。彼は幸乃にとって学校で数少ない友人のひとりだ。
「仕方ないでしょ、ため息の一つや二つ、吐かないとやってけないって」
と言って、幸乃は暗澹としたオーラを放つ。ハハハッ……と拓也は引きつった顔で笑う。
「災難だナ、と」
「もう慣れたよ……」
と言って、幸乃は次の教科の準備をする。確か次は『術式』の時間だったはず。








「全員、教科書235ページを開いて。今日最後の問題は、この発展問題だ」
術式担当の山達が威勢よく言う。開いてみると、今まで解いてきた術式とはレベルが比べようがないくらいの複雑な術式が出てきた。山達の目はいかにも“この問題はお前等には解けまい”という目をしている。クラス中はどよめいている。
「よし、この問題…、そうだなぁ~………。…じゃぁ、今まで数々の難問を何の気なしに解いてきた…、藁科、お前、やってみろ」
と、幸乃を指差す。
彼にとって、術式解読は十八番なのだ。それを知っていて山達は幸乃を指した。いかにも勝負を挑まれたという気がした。
「わかりました」
幸乃は立ち上がり、黒板の前に立つ。しばらく停止している幸乃に、山達は得意気に、
「どうした?むずかしいのか、藁科?」
と言ってきた。
すると、幸乃はフッと笑って、
「さぁ、どうでしょうかね?」
と言うと、テキスト片手に黒板に解読過程を書きながら、独り言のように解読した術式の意味を言い始めた。
「神は、泥の人形に命を与え、それを人と名付けた。神の力を受け継ぎし我らは、神に祈りを捧げん。我の内に秘めた力よ、神のように岩の人形に命を与え、我を守護する岩獣となせ」
と言いきると、静まり返っていたクラスが再びどよめく。
「…これは守護獣ゴーレムの召喚術式ですね。……にしてもこの術式、雑に作ってあるなぁ」
と言って幸乃は山達を見る。
「くっ…、解読はおろか、術式の名前まで当て、問題の術式に文句を言うとは……」
山達はさぞ悔しそうに言った。

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Sforzando!練習番号“1”003

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投稿日:2010/04/10 22:52:26

文字数:2,291文字

カテゴリ:小説

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