「私ね、消費期限が、あと五分なの……」

 牡蠣が、消え入りそうな声で衝撃の事実を告げた。
 突然の告白に俺は驚きを隠せなかった。

「そ、そんな! 聞いてないよ! 何で、今まで黙ってたんだよ……」

 つい怒鳴りつけてしまったが、言葉の最後は尻すぼみになってしまった。

「だって、あなた、私のこと全然食べてくれようとしなかったじゃない……」
「そ、それは、別にお腹が空いてなかったからだよ……」
「冷蔵庫にも入れずに、キッチン置きっぱなしにしてたくせに!」
「俺だって消費期限を知っていたら、すぐにでも食べていたさ!」
「要冷蔵の表示を知らなかったとは言わせないわ!」
「なんだよ、俺が全部悪いみたいに!」 
「あなたが悪いのよ! 半額シールの貼ってある生食用の牡蠣なんて買うからっ!」

 その言葉で俺は牡蠣の真意を知った。
 牡蠣は決して怒っているわけじゃない。
 消費期限の切れた自分を食べて、腹を壊す俺のことを思っているんだ。

「い、今すぐにでも食べるよ! ほら、ポン酢もあるしさ」
「ダメよ。今、私を食べたら、あなたの胃の中で消費期限が切れるわ……」
「じゃ、じゃあ、火を通せばいいんじゃないかな! ほら、ポン酢もあるしさ」
「私、生食用なの。加熱用じゃないから、熱を通したら縮むわ」
「ちょっとくらい縮んだっていいさ。ほら、ポン酢もあるしさ」
「嫌よ! 生食用なのに生で食べてももらえずに、熱で縮んだ姿を晒すなんて!」 
「お、落ち着けよ、牡蠣……。ほら、ポン酢もあるしさ」
「どうせ牡蠣のことなんて遊びだったんでしょ! もう、私のことは捨ててよ!」
「そんなこと言うなよ、俺は牡蠣を愛している。ほら、ポン酢もあるしさ」

 俺は、指先で牡蠣のひだをそっと撫でた。

「あ、そんなところいじっちゃダメ……。あなたの体温で腐っちゃう……」

 言葉では抗っているが、牡蠣はしっとりと濡れていた。

 俺は、牡蠣を皿に盛ると、おもむろにポン酢をぶっかけた。

「らめええ! ポン酢、ぶっかけちゃ、らめなのおお! 食べちゃらめええ!」

 チューブのもみじおろしと、刻みネギもぶっかける。

「ひぎいっ! あづい! あづいのおおお! もみじおろしジクジクするのおお!」

「腹を壊してもかまわない。まだ、期限切れまで一分はある。俺は牡蠣を食べる」

 俺は、牡蠣を口の中いっぱいに頬張った。

 そして俺は、牡蠣を見事に完食したのだった。

 ごちそうさまでした。

 美味かったよ、牡蠣。

 Forever Love. 牡蠣。

 I love oysters the most in the world.

 ――But I really like to have tartar sauce on oyster fry.

 了

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牡蠣と蜜と唾

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投稿日:2024/02/24 23:56:49

文字数:1,173文字

カテゴリ:小説

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