「初めて入った・・・・・・ここ。」
 看護室に入るなり朝美が言った。
 「静かにしろ・・・・・・いいか、あのベッドだ。」
 俺はピンクのカーテンに覆われたベッドの一つを指差した。
 「ねぇ。ホントにぼくでいいの?」
 「当たり前だ。ゲノムにはゲノムしかない。」
 
 GP-1の相手をしてくれと頼んだ時には、流石に朝美も少し焦っていた。
 強化人間でもアンドロイドでもだめなら、という苦し紛れの策だが、あの時より少し間をおいてあるので気分は落ち着いているのかも知れない。
 それに、GP-1はせいぜい生後数ヶ月。朝美は二歳。
 歳が近いことも好都合だ。
 何がと訊かれたら困るのだが。
 少佐はGP-1のことでストラトスフィアに連絡を入れているだろう。
 だが、何も応答がない場合もある。
 GP-1はまるで、
 「命かながら逃げ出してきた」かのようだったのだから。
 もしそうであればストラトスフィアは、
 そして、ミクオは―――――――。
 
 「・・・・・・開けるよ?」
 「刺激を与えるなよ。」
 俺はカーテンの前に朝美を残して一歩退いた。
 朝美がカーテンをゆっくり開けると、そこには落ち着いた表情で眠りについているGP-1がいた。疲労がたまっていたらしい。
 「かわいい・・・・・・。」
 確かに。じゃない!
 こんな時に何を言ってるんだ。
 俺は朝美に小声で命令した。
 「ゆっくり、優しく、起こせ。」
 朝美はこくりと頷いた。
 そして手をそっとGP-1の肩に乗せた。
 「ねぇ。おきて。おきて。」
 GP-1の肩を擦り、耳元でそう囁いた。
 するとGP-1の目蓋が薄っすら開かれた。
 「あ・・・・・・。」
 彼の口から小さく吐息が漏れた。
 「あ、おきた?ごめんねきゅうにおこしちゃって。」 
 朝美の声に反応してやがてGP-1の瞳がはっきりと現れてきた。
 完全に目覚めたようだ。
 「だ・・・れ・・・。」
 「えっと、ぼくはまいた。朝美舞太。よろしくね。」 
 「え・・・。」
 錯乱状態は治まったらしい。
 震えてもいない。
 睡眠をとったら落ち着いたようだ。
 これならうまく行きそうだ。
 「ところで、一つきいていい?」
 「う・・・ん?」
 「どうして、きみはここに来たの?」
 朝美はいきなりストレートすぎる質問をしてしまった。
 これではまたあの状態に・・・・・・。
 「・・・もう・・・・・・いぃ・・・や・・・だ。」 
 「なにが?」
 「み・・・くぉ、も・・・ぜん、ぶ・・・。」
 「みくお・・・・・・ミクオくん?」
 「もう・・・・・・もぅ・・・。」
 「もう?」
 「うっ、・・・ぅうっ・・・・・・。」
 今度は泣き出した。
 それこそ子供のように。
 「隊長。」
 朝美が俺を見た。
 ミクのように助けを求める視線とは違う。
 「この子、しゃべりにくそうだから、ちょっと頭の中を見てみるよ。」
 「なに?」
 朝美の言っていることの意味が、俺にはよく分からなかった。
 すると朝美は、肩を上下に震わせてすすり泣くGP-1の背中に手を回し、そっと抱き起こした。
 その瞬間、すすり泣く声が消えた。
 「分かる?ぼくもきみと同じなんだ。」
 「・・・・・・ぉな・・・じ・・・。」
 「うん。ぼくも最初は、GP-0だったんだ。」
 「え・・・・・・。」
 「だから、きみと同じ。きみも、ぼくと同じ匂いがするよ。」
 「う・・・ん。」
 「ごめんね。きみがあんまり苦しそうだから、ちょっときみの頭の中を見せてもらうね。」
 「・・・・・・う・・・ん。」
 「ああ、やっぱりねてた方が楽かな?」
 「うう、ん・・・・・・。」
 「それじゃ、いい?いくよ・・・・・・。」
 朝美は今度、自分の額をGP-1の額にくっつけた。
 朝美は目を閉じ、そのままじっとしている。
 まさか、額と額を合わせることで記憶を読み取るというのか。
 そんなことが可能なのだろうか。
 そうであっても、なぜそのことを朝美本人も知っているんだ。
 GP-1も何も動じず、朝美の胸に抱かれている。
 そのまましばらくして、朝美はゆっくりと顔を上げて、俺を見た。
 「隊長・・・・・・。」
 「分かったのか。」
 「うん・・・・・・これはひどいよ。ぼくもこわかった。」
 俺も、そう内容を聞くのに緊張していた。
 「GP-1は?」
 「寝ちゃった・・・・・・。」
 GP-1は朝美に抱かれて、気持ちよくなって再び眠りに付いたようだ。
 その寝顔・・・・・・やはり、可愛い。男なのに。
 「向こうで話そう。」
 「うん。」
 朝美はGP-1をゆっくりベッドに寝かせると、カーテンを閉じた。
 

 「ほれ。任務達成の報酬だ。」
 俺はそこの自販機で買った果汁100%オレンジジュースを朝美に手渡した。 
 「ありがと!」
 「まぁ、座れ。」
 俺と朝美はソファーに腰をおろした。
 「ゆっくり、話を聞かせてくれ。あいつの頭の中で何を見たのか。」 
 ジュースを飲もうとした朝美の動きが止まった。
 「・・・・・・隊長。あの子は、むりやり戦わされていたんだ。それで、戦いが終わるたびに、あの子は辛い思いをしてた。」
 ナノマシンによる戦意高揚作用が働いている間は、戦闘中にストレス、疲労を感じることはない。
 だが、戦闘が終了しそれが治まると同時にストレス、感情、疲労、苦痛などが一気に押し寄せてくる。 
 彼はそれに耐え切れなかったのか。それとも・・・・・・。
 「それで?」
 「それがきっかけでもないんだ。」
 「というと?」
 「・・・・・・これから話すことは、すごくたいへんなことなんだ。」
 朝美が珍しく神妙な顔になった。
 俺は、息を呑んだ。
 「言ってくれ。」
 「ミクオくんが周りのみんなを殺しちゃったんだ。ぜんぶ。」
 頭に硬い金属で殴られたような衝撃が走った。
 ・・・・・・・・・殺した?!
 「なんだって・・・・・・。」
 「ちょっとだけ、あの子が見たものがぼくにも分かったんだ。ミクオくんはいきなり叫びだして、周りの、みんなを・・・・・・。」
 「それは・・・本当か。」 
 「本当だよ。あの子は、それに早く気付いたからにげてこれたんだ。それで、ここに来たんだ。」
 「・・・・・・。」
 俺は朝美の言うことを疑わなかった。
 こいつは純粋だ。そして嘘をつかない。
 それだけに、俺は恐怖を感じた。
 本当に、恐ろしい事態となってしまった。
 「とりあえず・・・・・・そのことを少佐に伝えよう。事は重大だ。」
 「うん!」
 俺と朝美はソファーから立ち上がった。
 
 
 ピピピ、と机上の電話が鳴った。
 小さなディスプレイを見やると、外線と表示されている。 
 何所からだろうか。 
 そう思いながら受話器を手に取った。 
 「はい。私ですが。」
 『世刻大佐かね。私だ。社長だ。』
 「ああ、クリプトン社長。その節はどうも。」
 『そんなことより、大変なことが起きてしまった。』
 「何ですって・・・・・・。」
 『いいか、よく聞いてほしい。ストラトスフィアが、いやFA-2が暴走を始めた!』 
 「何ですって!」
 『私の元に、送られてきたメールには、クルー全員が惨殺された画像とFA-2からのメッセージが添えられていた。』
 何故・・・・・・?!
 「メッセージにはなんと?」
 『そこには、これから水面都の我々クリプトン本社を攻撃する旨の内容が記されていた。ストラトスフィアの全戦力を使って。』 
 「あなた方のものでしょう!ナノマシンの制御はどうなっているんです。」
 『FA-2に全て任せてしまった。こちらではもう手の打ちようがない!幸い、アド・アストラだけはコントロールを取り返すことができたが、他は・・・・・・未だに。』
 「なんという・・・・・・!今、ミクオ君は?」
 『恐らく、真っ直ぐそちらに向かっている。もうすぐレーダーに捉えることができるはずだ。』
 「では、彼は我々が対処してもかまわないんですね?」
 『ああ。破壊してもかまわない。』
 「・・・・・・分かりました。」
 受話器を置いた直後、今度は内線、総合司令室からの電話が来た。
 「はい。」
 『司令。ストラトスフィアから、映像が送られてきました。緊急事態です。』
 「映像入力をこちらのモニターへ繋げなさい!」
 『はい。』
 受話器を置くと、私はすぐにモニターのスイッチを押した。
 すると、画面には、あの彼の顔が映っていた。
 『おや、おひさしぶりですねぇ。世刻司令。』
 「ミクオ君・・・・・・!」

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Sky of Black Angel 第四十一話「最悪の始まり」

うわー。
GP-1くんと舞太くん。もうハイパーBLタイムです。
またもやトンデモないことやらかしてしまった。

閲覧数:89

投稿日:2009/12/24 21:31:01

文字数:3,565文字

カテゴリ:小説

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