私は元気な子どもだった。
外で遊ぶのが好きな方だった。
昼休みになれば外に鬼ごっこをしに行った。
友達もたくさんいた。
楽しくおしゃべりをした。
でも、そういうのは4年生になる頃には何となく無くなっていった。
かなり楽しかった過去とだんだんと私は違う領域へと踏み込み始めていた。
好きだったことが好きでなくなり、嫌いだったことがあまり嫌いでなくなった。
お話するのが、あまり楽しくなくなった。
鬼ごっこをしていても、つまらないなと、思うようになった。
なんでかな。
わからない。
私、わからない。

 私はその頃、沈んだ気分だった。
学校に行ってもつまんなかったし、家に居ても暇だった。
そして、その頃から昼休みの鬼ごっこに参加しなくなっていた。
あんなに毎日楽しみにしていたのに。
なんとなく、「行かなくてもいっか」と、思うようになっていた。
何をしていても楽しくなくなっていった。
そんな日々の、その行事はやってきた。
それは、ワカメの国への遠足。
本当に楽しみで前の晩は、なかなか眠れなかった。
まあ、結局は眠れたけど。

 遠足は、まずいつもどおりに学校に登校することから始まる。
私はいつものとおり登校して、校舎2階の4年1組の教室までやってきた。
いつものとおり、私が一番乗りだった。
私の登校班はいつも学校に着くのが早い。
ドアをガラガラと、廊下に音を響かせながら開けて、誰も居ない教室に入る。
薄暗い教室には、朝日が窓から少しだけ差し込んできている。
差し込んだ光が床に歪んだ3角形を作っている。
歪ませているのは机だ。
教室は音は何もせず、空気が張り詰めていた。
教室が今日の遠足を楽しみにしていて、静かに待っているようだった。
私は自分の机の上にリュックサックを置いて、忘れ物がないかどうかを調べ始めた。
そんなことをしていると、少しずつクラスメートが教室に入ってきた。
いつものランドセルとは違い、皆リュックサックを背負っている。
しだいにザワザワしてくる。
浮世ちゃんもやってきた。
「おはよう」
「おはよう」
「今日は、楽しみだね」
「うん」
 担任の先生も教室にやってきて、いつものとおりに朝の会をやった。
先生が出席確認をとり始めた。
私は、先生の点呼をする声と生徒がする返事の声を聞き流しながら、今日のこれからのことを考えていた。
ふと、流れていた点呼の声が、せき止められた。
私は考え事から現実の世界へと舞い戻ってきた。
クラスメイトの声に注意を向けるとどうやら、誰かが、いないみたいだった。
誰だろう。
…え、嘉人君が…
どうしたんだろう、嘉人君。
すると、担任の先生が少し不安そうな顔をして、教室を出ていってしまった。
長らくして先生が帰ってきて、
「では校庭へ行って出席番号順に並びましょう」
と声をかけた。
クラスの皆が一斉にザワザワしながら立ち上がり始める。
嘉人君は今日は来ないのかな。
こんな日に限って送れるだなんて、本当に、何と言うか…。
教室にいる下級生を横目に私達4年生は校舎の外へとぞろぞろ出て行った。
遠足へ行くのは4年生だけだった。
校庭に並んでいる時に嘉人君が西門からやって来た。
嘉人君のお母さんがペコリペコリと教頭先生に頭を下げているのが見えた。
お母さんに送ってきてもらったみたいだった。
嘉人君はてくてくとこちらへ歩いてきて、列に入った。
これから最寄駅まで歩く。
学校から最寄駅まではそこそこの距離はあるけれど、歩いて行けない程の距離ではない。
いよいよ出発だ。
学校の正門を通る時に列が乱れたので、その機会に嘉人君に声をかけてみた。
「今日どうしたの?」
「ううん、ちょっとね」
「寝坊したんでしょ」
「違うよ」
「そうなの?」
多分、寝坊したんだろうな。
まあ、言わないんだったらいいけど。
さっきこの正門から学校に入ってきたのに、またすぐ門を出る。
変な感じ。
授業中なのに学校の外に出るだなんて新鮮な感じだし、開放感がある。
「う~ん!楽しみなこの日がいよいよやって来たんだね」
浮世ちゃんに話しかけた。
「亜紀子ちゃん、なんだかいつにも増してハイテンションだね」
「そう?」
浮世ちゃんとは出席番号が隣だ。
だから列に並んだ時に、浮世ちゃんとは、となり合う事になる。
私は駅に着くまで終始、浮世ちゃんと話していた。
私は最近、憂鬱なのだけれど、浮世ちゃんはあまり気がついていないみたいだった。
 最寄駅に到着した私達は駅の前の広めの場所に並んだ。
そこでまた、点呼をとった。
「ではホームに移動します。ついて来て下さい」
担任の先生が呼びかけた。
いよいよだわ。ついにこの時がきたわ!ついに私はワカメの国に行くんだわ。
「あぁ緊張してお腹が痛い」
「だいじょうぶ?」
「そんなには痛くはないから大丈夫……………うきゃっ痛い!」
私は駅の階段で転んだ。
「大丈夫?亜紀子ちゃん」
「うん。ちょっと皮がむけちゃった」
「本当だ。ばんそこ貼る?あげるよ。はい」
「うん。ありがとう。浮世ちゃん」
浮世ちゃんはいつもバンソコを持っている、用意周到な人物だった。
例に漏れず遠足の日にも、ちゃんと持ってきていたらしい。
たいていは、友達にバンソコを借りるとキャラクターのバンソコだけれど、浮世ちゃんのは普通バンソコである。
私はそれを右の膝に貼る。
私、自分で思っているより、はしゃいじゃってるんだ。もっと落ち着かなくちゃ…。
 しばらく電車に揺られて、降りる駅に到着した。
その駅から、港までちょっと歩く。
その町は私の住んでいる所よりも木が多くあった。
言ってみれば、私が住んでいるところよりも田舎だった。
日差しが熱くて、じめじめする。
歩いて、結構汗をかいた。
足が痛くなる程ではなかったけれど、それなりに疲れた。
私は歩きながら昨日テレビで見たワカメの国についての特番を思い出していた。
バブル船でワカメの国に行くのは、どうって事はない。
だけど、自分ひとりで潜っていくと大変なんだそうだ。
それにしても、ワカメの国ってそんなに浅いのかな。
人が潜って行ける程度の深さの所にあるのかな。
歩きながら浮世ちゃんに話しかけた。
「ねえ、ワカメの国に行くのにバブル船っていうのに乗るんだよね」
「うん、そうだね」
「バブル船で行かなくてもいいって知ってた?」
「っえ!」
浮世ちゃんは行き詰ったような表情を見せた。
びっくりしたようだ。
「あのね、バブル船で行かなくても他にもワカメの国に行く方法があるの」
「そうなんだ」
「自分だけで潜っていくんだってさ」
「へえ、そうなんだ」
「うん、すごいよね自分だけで潜っていくなんて」
「うん、そうだね、すごいよね」
浮世ちゃんはバブル船以外でワカメの国に行くことができるということに驚いているようだった。
確かに、本当に海の中に自分だけで潜っていくだなんて、凄い事だ。
まあ、自分だけで潜っていくにしても、バブル船で行くにしても凄い事だとは思うけど。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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ワカメの国 第四章 思い出す人 杉田亜紀子の物語

【紹介文】
憂鬱な日々を送る小学4年生亜紀子。
楽しい行事、遠足は楽しかったが終わってしまうとすぐに気分が落ち込んでしまう。
ちょうど同じ時期に親友の「浮世ちゃん」は逆流する様に元気になっていく。
親友の浮世ちゃんは冷たく接してくる。
少し前からは、クラスの権力を持っているグループに苛(いじ)められる。
亜紀子は、自分が何者であるかを思い出す。
【Link】
公式電子書籍:URL:[http://book.geocities.jp/wakamenokunipdf/4.html]
公式サイト:URL:[http://book.geocities.jp/wakamenokuni/index.html]

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投稿日:2012/02/14 01:51:18

文字数:2,888文字

カテゴリ:小説

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