キッチンでは先生と久下さんがテーブルで向かい合って座って、話しをしていた。
「先生……」
 私が呼ぶと二人とも暗い顔を此方にむけた。
「あぁ聡美さん。具合は大丈夫?」
 先生が不安そうな顔で尋ねてくる。目はすこし赤かった。
「ごめんやで。おまえさんが倒れた時とっさに支えようとしたんやけどな。頭、痛むか?」
 そう言えば変に頭が痛いと思ったが、そうか倒れた拍子に床にぶつけたのか。
 こぶが出来ていた後頭部をさすった。さっきよりは心なしか痛みが引いているようだ。
「大丈夫です。それより……」
「ああ……言わんでもええ。分かっとる」 
 久下が隣の椅子に座るように言って、そこに聡美が座った。
「繭は、本当に死んだんですか……?」
 単刀直入に尋ねる私に、二人は苦しそうな顔をした。
「聡美ちゃん……彼女を覚えてるやろ。そう言うことや」
 そう言って久下さんが肩に手を置いたのを、その意味を私は理解した。
 今更分かっていたことだ。
 覚悟していた。
「先生、久下さん……誰が繭を殺したと思いますか……?」
 我ながら何を訊いてるかとも思うが、しかし訊かすにはいられなかった。
 二人は少し目を見開いて辛そうに肩を落とした。
 少しして、先生が顔を上げると、真剣な眼差しを私に向けた。
「……単刀直入に聞くわ。聡美さんも、やっぱりここにいる誰かの仕業だと思う?」 
 聡美さんも……ということは、誰かはそう思っていると言うことだろう。
 私は少し戸惑って、
「分かりません……」
 そう正直に答えた。
「私と久下さんも同じよ。解らない。……情けないことにね。今もこうして、皆を束ねることすら出来ていない。本当にごめんなさい。顧問失格だわね……」 
「ああ……当たり前やけど、みんな思うことあるやろうしな。それに……弘司はな……」
 久下さんはそう言って言葉を濁した。
 それもそうだ、当たり前だろう。

「聡美ちゃんは好子ちゃんを頼んだで。彼女はおまえさんが一番仲ええやろ」
「分かりました」
 一番仲がいい、か……複雑な気分だ。
 確かに好子は昔からの腐れ縁、莫逆の友と言えるかもしれない。
 でも…
 果たして自分に好子を守るだけの力があるだろうか……
 私は席を立った。
「聡美さん。くれぐれも気を付けて。何かあったら私たちはここにいるから。」
 苦渋の表情の先生たちを背に、私はキッチンを後にした。
 先生たちは、あれである意味正しいのだろう。
 二人とも、自分は殺していないと、そう言わなかった。
 それがどういう意味なのか、聡美は何となく彼らの気遣いというか、優しさが解った気がした。


 廊下に出たところで、玄関のところに翔がいるのを見つけた。
「翔。どうしたの?」
 近づいて話かける。翔は雨合羽を着ていた。
 この雨の中、外に出るつもりだろうか。
「ああ、聡美か。その……大丈夫だったか?」
「うん平気。外に出るの?」
 翔はゴム長靴を履いて、立ち上がる。
「ちょっと外の様子を見ようと思ってな」
「大丈夫なの?」
「どうだか……」
 そう言って翔が玄関のドアを開けた。
 そして聡美が知ったのは、この建物が、そしてこのドアがとても丈夫でいいものだったということだ。
 ドアを開けたその瞬間、風と雨が吹き込んできて、周辺にあるものを全て吹き飛ばし、びしょびしょに濡らした。
 一瞬見えた外は、荒れた海のように波打つ森が広がっていた。
 翔が玄関のドアを閉めると、散々たる光景がそこにあった。
 翔は、ガタガタと揺れる扉に鍵をかけて、聡美に振り向いた。
「あー……外は行かない方がいいな」
「そうかも…」
 聡美はびしょびしょになった服を絞った。
「悪いな聡美。風邪引く前に着替えてくれ」
「ごめん、そうさせてもらう……」
 ジットリと濡れた合羽を脱ぐ翔を残して、聡美は着替えが入った鞄を置いてある部屋に戻った。
 翔は何か、自分にできることを探しているのだろう。
 きっと彼も……

 部屋に戻ると、好子はまだ寝ていた。
 とても気持ち良さそうだった。
 家中の雨戸を閉めているので外が見えないせいか、時間の感覚が無くなってくる。何だか、ここに閉じ込められているような、そんな気にすらなってくる。
 そう言えば今は一体何時だろう、聡美はそう思って時計を見た。
 部屋の壁にかけられた時計は、8時半を知らせていた。
 聡美は、これから自分が何をすべきなのか、考えた。
 今の自分に一体何が出来るだろうか。
 聡美は寝ている好子はそのままにして、もう一度、繭に会いに行くことにした。
 びしょびしょになった服を脱いで、白いシャツと換えのズボンを履いて聡美は部屋を出た。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

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投稿日:2014/05/09 20:48:41

文字数:1,945文字

カテゴリ:小説

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