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森があった。
平坦な地面に、鬱蒼とした森が広がっていた。背が高く葉が細い木と、幅が広く冬に葉を落とす木が混在して、何種類もの色がゴチャゴチャに混ざっている森だった。日が当たらない地面には、薄く苔が生えていて、何かの写真集などで取り上げられそうな、良く言えば「自然そのものの神秘的な森」。悪く言えば「薄暗くジメジメしていて気味の悪い森」だろうか。どちらにしろ、森と銘打つよりは、樹海と言ったほうが万人受けしそうな、知らずに迷い込んでしまうと五年後とかに白骨死体で発見されてニュースに載りそうな、そんな森だった。
その森の中に、ほぼ真っ直ぐ走る道があった。細く、土を固めただけの道で、あちこちに水がたまった跡があり、そして凹凸の激しい道だった。
舗装はされておらす、短い草があちこちに生え、時折木の根が行く手を邪魔をするように横切ってすらいる。
 所々少し湿っている茶色い土の地面に、頭上を生い茂る葉と葉の隙間から、斜めに差し込んだ日の光が、茶色と緑の道に明るく日溜まりを作っていた。

小鳥のさえずる鳴き声と、風が木の葉を揺らす音だけが聞こえる静かな森の中に、小枝を踏み折る音と、誰かの話し声が響いた。
「鯛焼き」
「キツネ」
「猫」
「コマ」
「マグロ」
「ロイヤルミルクティー」
「それさっきも言ったよ」
 しりとりをしながらその茶色い道を歩いていく、二人の少女がいた。
「綺麗なところだね。聡美ちゃん」
声の主は、辺りの木や草をもの珍ししそうに、また楽しそうに見渡しながら歩く、まだ十代半ばくらいの少女だった。
 黒と赤のチェック柄のスカートに、白いシャツの上に黒を基調としたブレザーを着ていて、首には赤いネクタイを締めている。そして背中には赤や緑などの絵の具を適当に塗りたくったような、サイケデリックな柄のリュックを背負っていた。
 彼女が歩く度に小さく跳ねるポニーテールにした後ろ髪が、彼女を少し歳より幼く見せた。
「そうかな?まぁ綺麗っちゃ綺麗かもねー。好子はお嬢様だから。私はどうってことないけど、どうも…」
 その隣に並んで歩いていた私、西藤聡美は、左右を見渡しながら言った。
 何とも見通しの悪い森だ。大きな木の幹が暗い森の中に立ち並んでいる。
 私は足元に転がっていた石ころを蹴っ飛ばした。
 好子は私より二つ歳が下。
 下は黒いブーツにカーキ色のカーゴパンツを履いており。上は灰色の半袖のシャツに、黒いジャケットを羽織っていた。そして、肩には子供が余裕で一人入れそうなくらいの大きな茶色いボストンバッグをかけていた。別にお洒落でもなく、ただ森の中に行くと聞いて来たので、それな感じの格好を選んだだけだったが。いざこうして見ると、どこかの軍隊のようでなかなか悪くない。
「そんなことないと思うけど…森って何だかワクワクしない?何だかもう引き換えせない所まで来ちゃったみたい」
 好子はほら、と言って少し考えて、「最高のバカンスね」と言った。
 私は少し考えて訪ねる。
「……なに?」
「テルマ&ルイーズ」
「クレイジーだったけど。って?別に銀行強盗したりタンクローリー爆発させたりしないよ。私たち」
「まぁ、そうだけど。気持ちの問題だよ」
 全然違うと思うけど……
 車が通れそうにない幅のその道を、一人は実に楽しそうに、一人はそうでもなさそうに歩いていく。私は後者だ。
 足元をよく見ると草が潰れて土に轍が幾らかあって、それはごく最近のものであることが分かった。
頭上を仰ぎ見ると、生い茂った葉の間から微かに見える空は青く、 時折心地よい風が吹いて、森をゆらした。木の葉が舞ってそれが2人の上に降ってきては、また風に払われて落ちていく。
私は頭に乗った葉っぱを手ではらいのけた。頭を小さく振り、足にまとわり付くように生えている草を鬱陶しそうに踏みつけて、ため息をついた。
「なに?聡美ちゃんは、森が嫌いなんだ?」
 隣から投げかけられた質問に少し考えて、変な色の草を見つけては、珍しそうに見つめている彼女を見た。なんとも微笑ましい光景だ。きっと私が男だったら後ろから抱きしめていただろう。
「いや…うん。そうじゃなくて、森って言うか私は虫が苦手」
 そう答えると、好子は少し驚いた顔をしてこっちを見た後、次には楽しそうに笑った。
「あははははっ!それは意外!聡美ちゃんは寧ろ虫とか平気で食べそうなのに」
 予想を超えた私に対しての評価だった。
「な…っ!?食べてたまりますか!平気で虫食べるような女子高生はそういないわ」
 心外だと抗議する私に、好子は笑い声を堪えながらからかいの表情を向けてくる。何とも可愛いくないやつ。
「そうだねそうだね、聡美ちゃんも今時のJKだもんねー?」
「どういう意味よ…」
 目の前で可笑しそうに揺れるポニーテールを見て、やっぱり言わなきゃ良かったと少し後悔した。
 ぴょんぴょん揺れる目の前のそれを引っ張ってみた。好子のうげっ。という唸り声を無視して歩いて行く。
 「もう…聡美ちゃんも意外と乙女なんだねってこと」
 好子が後頭部をさすりながら隣に並んだ。
 「何?意外って。昔、毒のある虫に刺されて、二週間程高熱でぶっ倒れてから、どうも虫には過敏にっ…て」
 それを聞いて好子は、吹き出して笑いだす。箸が転んでもとは言うが、どうも私の虫嫌いが余程彼女のツボに嵌まったらしかった。
「笑いごとじゃないわよ!死ぬほどしんどかったんだから」
 あの辛さを、こいつにも味わわせてやりたい。
 好子は笑いすぎて、頷きながら涙を浮かべた目を拭った。
 どこかに毒のある虫はいないだろうか。
「そうだね、気をつけないとね。毒のある虫は食べない」
「食べてたまりますか!」
 好子がまた笑いだす。
 もうこいつは……
 私は道の先を見た。少し色付きかけた葉が、ずっと続いている。振り返ると、そこにはまた同じような道が続いていた。
「んー、でもここぜんぶ森じゃなくてトウモロコシ畑だったらいいのに」
 そう言いだした好子に呆れながらも訪ねてみる。
「野球場にして友達の帰りを待つと?」
「お、せーかい!」
 好子がそう言って笑顔を向けた。
 再び心地よい風が吹いて、それは木々を揺らす。 肩の上に乗った木の葉が、風に飛ばされて舞った。それは側の叢に落ちると、草の陰に隠れてやがて見えなくなった。

 静かな森の中、二人の少女の楽しそうな声が響いていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

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投稿日:2014/05/08 19:35:03

文字数:2,680文字

カテゴリ:小説

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