夕刻、家の近くを歩いておりました。
所々欠けたようなみすぼらしい小屋と、冬の前ですから葉も枯落ち寒々とした体になった桜の木との間に、人の影が蹲るのを見付けたのでした。誰か具合でも悪くしたのかと近づいてみますと、それはまさしく影そのものだったのです。
私の驚きはほんの僅かな間で、空気と固めた砂糖菓子を舌に転がすよう、しゅんと滑らかに落ち着いてゆきました。影はゆっくりと立ち上がって、形も曖昧な、薄闇の身体をふらりふらりと揺らしながら、私の胸元に倒れ込むようにして寄り添ってきました。重さはおろか、抱き留めるような質感もありません。ですから、私は腕をその背に回して、抱きしめる振りだけをしたのです。実体のないのにも関わらず、少しでも人の温かさを感ぜられたのは、いつしか遠く褪せつつあった昔日を思い出したからでしょう。
これはいけない。そんな風に思ったのは、目尻から縦にすっと一線引くものがあるのに気付いたからであり、咄嗟に上を向いたところで灰色に燻む寒天が目に入ったのでした。こうしている間もずっと、鋭い冷たさを纏った風が私達を吹きつけていたらしいのですが、知らず高揚していた私には一切覚えがなかったのです。果して影だけの存在が寒さを気にするかという疑問はありますが、吹晒しの中いつまでこうしていても仕方がないので、私は胸の中に向かって「じゃあ、帰りましょうか」と不器用に言いますと、彼女はひとつ頷き、ぼやけた身体を小さく震わせました。私にはそれが微笑んだようにも見えました。控え目な、耳に優しい鈴の音にも似た笑い声が、生前と同じように聞こえた気がしたのです。
コメント0
関連動画0
ご意見・ご感想