もう頭の中が空っぽになってしまうくらいに歩いたときに、先生が言った。
「見えてきた!あれが港だよ」
私の左側を覆っていた背の高い雑草が、視界から消えたかと思うと、広がる海が現れた。
遠くに、白っぽい建物が見えた。
そこから、また少し歩いて、やっと港に着いた。
その白い建物は近くで見ると結構な大きさで、本当に真っ白けっけだった。
トタンで出来ていて、あまりにも真っ白だったのでそうは見えなかった。
おかしなくらい真っ白な建物だった。
看板で「○○港」とかもなくて、ただ単に大きな四角い建物だった。
港の駐車場は結構広かった。
車はそこそこ止まっている。
きっと、一般の人もワカメの国に行くために来ているのだ。
その広い駐車場を横切って白い建物の入り口まで続く、アーケードみたいな所を歩いた。
そのアーケードの柱も屋根も、あまりにキッチリ白くペンキが塗られていて、少し気持ち悪いくらいだった。
オシャレ感を出すために、真っ白にしているんだろうけれど、私が思うに………変。
私達4年生はぞろぞろとその建物の中に入っていった。
建物の中は外から見たとおりに広かった。
生徒は、広いロビーの一角に集まってしゃがんで、点呼をとった。
全員いるみたいだった。
まあ、この時点で誰かいなかってたら大変だけど。
その後、建物のさらに奥の、バブル船の停留所へと行った。
遊園地の入り口によくある、押してクルっと回すやつを通って入った。
停留所では、いくつかのバブル船が浮かんでいた。
バブル船はかっこよかった。
卵のような楕円形で、つるんとしていて、水色と黄色に着色されていた。
太陽の光が水面で反射し、バブル船のボディに波の模様を描いている。
私は何となくその外形が気に入った。
色といい、形といい、いい感じだ。

「実ノ鳥(みのとり)小学校4年生の皆さんこんにちは」

「「「こんにちは」」」

「これからワカメの国に向けて出発します。危ないからかけたりしないでね」

「「「はい」」」

「では、12人ずつ乗ってください」
「一緒の船だね」
私は浮世ちゃんに話しかけた。
「うん」
バブル船に乗るのはドキドキした。
バブル船の扉は何だか、変な扉だった。
水色のゼリーのようで、プルンとしている。
いったい何の素材で出来ているのだろう。
触ろうと思ったけれど、扉が開いてしまってそのプルンとしたのは引っ込んでしまった。
こんな変なプルプルしたドアで、バブル船の中に水が入ってきちゃったりしないんだろうか。
『ドアが閉まります。ご注意下さい』

変な形をした扉が閉まった。
私はその変な扉に触ってみた。
本当にプルプルしていた。
少し冷え冷えとしていて、ゼリーに触っているみたいな感触だった

「私、こんな乗り物に乗るの初めて」
浮世ちゃんが言った。
「あ、そうなんだ。浮世ちゃんもバブル船に乗るの初めてなんだ」
「うん」
「楽しみだね!」
「うん!あ、動いた」

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「いよいよだ」
「わくわくするね」
「うん。わあぁ、海の中に入っていくー。たーすーけーてえぇ」
私は御ふざけ半分で沿う言って見た。
「助けてもらう必要はありません。この船はそんなに、脆く有りません」
嘉人君が会話に入ってきた。
「あ、うん…そうだよね……」
別に本気で助けてもらいたいわけじゃないよ。
嘉人君は、いつも本気にするんだから。

そういえば、ワカメの国に行くのに、バブル船で行く他に「アナログ」という方法があるらしい。
テレビで見た。
私はその「アナログ」というのが、何のことだか、よくわからなかった。
バブル船に乗ってワカメの国に行けば、海の底に行くのもどうって事ないけれど、「アナログ」という方法で行くのは大変らしい。
まあ、バブル船に乗って行くにしても、「アナログ」で行くにしても、海の底へ行くこと自体すごいことだ。
バブル船は、そんなには広くなかった。
名前こそバブル「船」という名前だけれど、海の底へ行くための、エレベータみたいな物だった。
バブル船にはいくつか窓が付いていた。
その窓を覗いてみたら、見えたのは水で、もう水の中だった。
しばらく経ったら、窓にふたがされてしまって、外を見ることが出来なくなってしまった。
なんで、ふたをしちゃうんだろう。
「バブル船の素晴らしい所は揺れが少ない所なんだよ」
「そうなの?」
嘉人君が話しかけてきた。
「初めはちょっと揺れるけど、その後はほとんど揺れがないんです」
「確かに全然揺れないね。…でも海の中って揺れが無いのが当たり前なんじゃないの?」
「いいえ、そんなことはありません。普通、揺れます。バブル船は『YRS』を応用する事によって、揺れを極力少なくしているんです!」
「YRS?」
「YRSっていうのはですね…えっと…だから……技術ですよ」
「技術?技術って何?どういう事なの?」
「技術は技術です」
「YRSっていうのはね、」
浮世ちゃんが突然会話に入ってきた。
私と嘉人君の2人は、浮世ちゃんの方を見た。
「ゆるすっていう意味なんだよ。」
「ゆるす?って、『許してあげる』の、ゆるす?」
私は浮世ちゃんに聞き返した。
「そう」
浮世ちゃんは頷きながら言った。
「ああ、それですね。その「許す」どうのこうのっていうのは迷信ですよ」
「迷信?」
私は今度は嘉人君に聞き返した。
「そうです。言ってみれば都市伝説のようなものなんですよ」
「そうなの?」
「そうです」
「浮世ちゃん、そうなの?」
「迷信です!」
「私は浮世ちゃんに聞いたの!嘉人君に聞いたんじゃないの!」
私は強めの口調で嘉人君に言った。
「浮世ちゃん、どうなの?」
「嘘じゃない……」
「ほら、嘘じゃないって」
「もうそろそろ着きますから降りる準備をしてください。」
担任の先生が言った。
私達は何となく話をするのを止めた。
「扉が開きます。ご注意下さい。」
例の変な扉が開く。


 ワカメの国のことはあまり頭に残らなかった。
ぼんやりとした記憶が残った。
でも何となく、覚えているのは安心感。
ほんわかした所だった。
あと、来る前は、ワカメの国はてっきり明るい所なんだと思っていた。
でもワカメの国は暗い所だった。
ワカメの国がどんな所だったかを詳しく思い出そうとすると、頭が真っ白になってしまう。
今、自分が「何かを思い出そうとしている」という、そのこと自体を忘れてしまう。



「人間はこの頃では機械を使って本国に来ている。馬鹿なものだ。
精神の成長を放っておいて技術にだけ頼るなんて。」




ねえどうして何もしてくれないの?

そんな声がする。

ねえどうして何もしてくれないの?

知らない、私の知ったことではない。



土、日が明けて、月曜日の一時間目が始まる前の、ちょっとした間。
浮世ちゃんが話しかけてきた。
「そういえば、遠足楽しかったね。」

「うん。楽しかったね」
でも私、あんまり覚えてないんだった。

「ねえ、YUKIって知ってる?」

「隣のクラスの由希ちゃん、じゃなくって?」

「ううん。えっと…歌を歌う歌手なの」

「へえ、知らない。」

「そっか。」

二人とも、ちょっと下を向く。

「ねえ、何かあったんですか?」

嘉人君が聞いてくる。

「ねえ」

先生がやってきて、チャイムが鳴り授業が始まった。
またいつもの日々だ。いつもの日常に意味がないとは思わない。
だけど、やっぱり退屈ではある。
ワカメの国の楽しいことはもう終わった。
割り切って、割り切って…。
 先生はいつも口紅をつけている。私は、口紅が嫌いだ。あのデロっとした感じが嫌なのだ。
 先生は机の上には色々な物を置いている。必要なものばかりなんだろうけど。

先生の話を聞き終わって黒板に文字を書き始めた時点で、私は頭の中で授業とは別のことを考え始めた。
YUKIってなんだろう。
どんな歌なのかな。
聞いてみたいな。
4年生にもなると皆、音楽とかに興味もってるのかな。
音楽なんてゲームとかテレビにくっついてるだけのものでしょ。
亜紀子は体重を左ひじにのせながら考えた。
なんか疲れたなあ。
よくわからないけど、ワカメの国に行って以来、皆が疲れている気がする。
疲れたって口に出して言ってる。
やっぱりワカメの国に行ったせいなのかな。
ワカメの国の事なら浮世ちゃんに聞いてみよう。
「うーんと…、そういう事もあるのかもしれない」
「やっぱり!そうなんだよね」
「でもそんな事、聞いたことはないよ」
「そっか…」
そっか、実際はどうなんだろう。
休み時間の教室にはいつもよりも人が多く居る気がする。
外に遊ぶ人が少ないのだ。
やっぱり、みんな疲れているのだ。
「ねえ、でもさあ、クラスに人が多くない?」
「ええ、どういうこと?」
「教室にいつもよりみんなが残ってるって事」
「そうだね、確かに。皆けっこういるね。おばあちゃんに聞いてみるよ、そういうことってあるのかどうか」
「うん、ありがとう」
「何のことを話しているのですか。」
嘉人君が割り込んできた。
「え?なんの事かなあ?」
私はしらばっくれた。
「ワカメの国のことですね」
「…そうだけど」
わかってるなら訊かないでよ。
「ワカメの国の何のことですか」
「えっと、あ、嘉人(よしと)君て疲れてる?」
「え?」
「だから疲れてる?」
嘉人君は訝しい表情をしながら、其(そ)れでも応(こた)えた。
「ええ。まあ。此(こ)の頃(ごろ)は、特に疲れて居(い)ますよ」
私と浮世ちゃんは目を合わせた。
発音されない言葉を2人は、暗黙の中に交わした。
―やっぱり!―
やっぱりオカシイ。
ワカメの国と「謎の疲れ」…。
「そう。」
私は一言そう言った。
「え!何ですか?僕が疲れて居(い)るからって其(そ)れが何(なん)なのですか?」
「なんでもないっ」チャイムが鳴った。
「あ、私授業の準備してないや」
浮世が呟(つぶや)いた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ワカメの国 第四章 思い出す人 杉田亜紀子の物語

【説明文】
憂鬱な日々が図書館の或る本に拠って開ける。
其処から恥じまる、貝塚浮世との秘密の夜の会合とは?
【賞】
小説「ワカメの国」はKODANSHA BOX-AIR新人賞応募中作品です。
結果:選ばれませんでした。
アナログの紙の本をお求めの方は、羽旨まぼる迄御連絡下さい。
【Link】
公式電子書籍:URL:[http://book.geocities.jp/wakamenokunipdf/4.html]
公式サイト:URL:[http://book.geocities.jp/wakamenokuni/index.html]

閲覧数:114

投稿日:2012/07/11 03:10:57

文字数:4,135文字

カテゴリ:小説

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