「うわさをすればなんとやら、ってやつだな」
「あー、8番目ぇ!!ご無沙汰してまさあ!」
私がその部屋に入るなり飛び込んできたのは、まずその男の姿だった。
次いで、部屋の奥のデスクに座っているサンタ野郎。
男は私に気づき、笑顔でこちらによって来る。
おもわず肩を震わせた。
なにせ大量の血を付着させた人間が、同じく血の付いたナイフをもってこっちに来たのだから。
「……5番目(フィフス)……!?」
「その呼び方ぁやめてくだせえよ。辛気くせぇ」
そういいながらナイフをくるくると回し、男は手品のようにどこかに消して見せる。
「にしても遅かったっすねぇ?もうぶっ殺しちゃおうかと思ってたとこっすよ」
「……!!」
不意に、彼の隣に目が行った。そこにいたのは……椅子に縛り付けられた海人だった。
体のあらゆる場所から血を垂れ流して、頭をがっくりと下げている。
顔なんか見なくても、海人だとわかった。わかってしまった。
「か、海人っ!!」
「はぁ……はぁ、グミちゃん……?」
海人の姿は、見るも無残な血の色に彩られていた。
複数の箇所を刺され、普通なら失血で意識を失ってしまいそうな状況だというのに、海人の意識はまだ生きているようだ。
刺されつくされ、切られつくされ、もはやもうその体はボロボロになっている。
ここから解放しても、もう彼は歩けないだろう。いや、それどころか立つことすらできはしまい。
「元気な彼氏っすねぇ、もう刺しても刺しても落ちねえんですもん。笑っちまいますよ」
カラカラと、背後で声が聞こえる。私はそいつをキッとにらみつけた。
今すぐにでも殴ってやりたかった。
「おっと抵抗はしないほうがいいでっせ」
彼は笑いながらも、再びナイフを取り出した。
厳密にいうと、スローイングナイフだ。レンは両手に三本ずつ持つと、それを私に構える。
「おかしな動きはいけやせんぜ。投げちゃいますぜ?」
「っ……」
ギラリと光ったナイフのせいで、身動きが取れない。本当なら今すぐにでも彼を助けたいのに。
「なぁ、8番目。いや……グミって呼んだほうがいいか?お前にちょっとした余興をやる」
「余興……?」
サンタ野郎がそんなことを言ってくる。
ふざけるな。そんなことしている場合じゃないのに。彼を助けなければいけないのにっ……!!
「レン」
彼女はぱちんと指を鳴らした。それが合図だったのか、レンはそのスローイングナイフを投げる。
思わず構えるが…、その標的は私ではなかった。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そのナイフが向けた矛先は、海人だった。海人が、悲鳴にならない声を上げる。その悲鳴に耳が痛む。
思わず目を閉じてしまいそうだが、辛うじて耐える。
そのナイフは、彼の胸と肩に直撃していた。
「か、海人!!」
「おっと、まだ動いちゃだめでさぁ」
「何が……いったい何が目的なのっ!!」
私が叫ぶとサンタ野郎は眉根を寄せ、いかにも不機嫌そうな面を作る。
「何がぁ?寝ぼけたこと言ってんじゃねえ。お前クライアントに頼まれたこと忘れたのか?あぁ?」
「……それは」
「仕事はもらったはずだったよなぁ?なのに三か月も実績が出せないってどういうことだよ、なぁ?」
「それは……顔が分からなかったからで」
それはまごうことなき事実だ。実際、海人のほうから目の前に現れなければ、私は今でも彼のことを探し続けていたかもしれない。
あんまりにも見つからなかったら、実際その仕事は放棄していたかもしれない。
私は探偵じゃないから、という言い訳を心のどこかに忍ばせて。
「言い逃れしてんじゃねえよ!!お前、仕事受けてすぐそいつに会ってるんだろぅ?監視役から聞いたぜ」
「……」
案の定ばれていた。そんな言い訳も彼女には通じない。
偶然とはいえ私たちは出会ったのだ。出会ってしまった。
偶然でも、私たちは出会ってはいけなかったんだ。警察官と殺し屋は、お互いに生きる世界が違うのだから。
そんなの考えればわかるじゃないか。
「お前がそいつと会った次の日に、レンを警視庁に回した。よければお前のサポートになるかもと思って置いといたんだが……いつまで経っても殺りゃあしない」
「ホントでさぁ、俺ももう絶対あんなとこぜってぇいきたくねぇ」
「そこで、だ。ここでお前にちょっとしたきっかけをやろう。……おい、レン」
「ういっす。ほいよ、8番目」
男はマジックのように手の内に何かを出現させると、こちらへと投げる。
ドス、という重い衝撃が床を叩いた。
「これは……リボルバー……?」
シルバーに塗りたくられた、冷たく光る銃身。
たった六発しか入らなくても、いとも簡単に人の命を奪う殺人兵器が目の前に転がった。
「お前の商売道具だ」
「8番目、あんまりメイさん怒らせると怖いっすよー。おーこわいこわい」
「別に怒りはしねえさ、これは余興だ。その銃を使って男を殺すんだ」
「そんな……」
「あらららら、メイさん、よくよく考えたら8番目に銃なんか渡したら、俺ら危ないんじゃないですかい?」
言葉とは場違いなほどにおどけて見せる男。まるで道化師だ。
何をされても言われても、へらへらと笑っている道化師。
思わず、その男に向けて本当に引き金を引きたくなる。
「私だって殺されるつもりはねえ。だからな、レン?」
「はい?……あぁ」
サンタはにやりと笑った。それだけで男は何かの意図を察したのか、ポケットから何かを取り出す。
私は、思わず身構えた。だが……遅かった。
男が何かを投げたと確認した時には、もう。
「……っ!?」
部屋の隅から隅まで、まぶしい光に包まれる。
男が投げたのは、激しい光で視界をくらませるためのスタングレネードだった。
まんまと私はそれに引っかかってしまう。
「さ、とんずらとんずらー!やっぱりお命頂戴はごめんでさぁあー!」
「ちょ、待っ……!」
「離れた場所で、その男の末路を見届けることにするよ、私らは」
「な……」
「お前が殺すにしろ殺さないにしろ、そいつぁもう長くない。二人きりにしてやっから、最後の時間を楽しむのもありだぜ」
「じゃ、そういうことで!シーユーっす!」
光が目にくらんで、まともに目も開けられない。そのくせ彼らを追いかけようとふらふらと手さぐりでさまよう。
平衡感覚さえ危うくなって、私は床に無様に転んでしまった。
一分くらいの短い時間だったと思う。
けれど、視界が回復した時にはもう彼らの姿はなかった。
まんまと逃げられた。もうこの怒りをどこにぶつけたらいいのかわからない。
その時、背後から海人の声が聞こえた。
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