それじゃあまた、と買い物の途中だったカイトさんたちはそして去って行った。それじゃあまたね。とメイコさんも手を振った。
 そういえば、メイコさんにこの間聴いた曲の感想を言うの忘れてた。なんてことを思いながら私は、二人並んで歩く背中をぼんやりと見送った。
 ばいばい、と私とキヨテル二人で手を振って見送って。その姿が雑踏にまぎれた頃。かちり、と空いている方の手でキヨテルは眼鏡の位置を直して、カイトさんとメイコさんたちが去って行った方をもう一度見て、それから盛大にため息をついた。
「まあ、元気出せ」
「私はいつでも元気だよ」
なんとかそう言い返すと、強がり、と笑う声が響いた。
「声が動揺してる」
これだからボーカロイドは嫌だ。どんだけ本音を隠しても、喋ったらすぐに本当の事がばれてしまうから。
「…泣いたら凄い不細工になるのよ、私たちも。だから、泣かない」
「ふうん?」
そう見透かすように笑って、キヨテルは私の頭を軽く撫でた。
「強がり」
それはまるで今までの私のすべてに対して言っているような感じがして、ちょっと悔しくて、凄く悔しくて、でも少しだけ何かがほころんだ感じがした。
 ぼたぼたと熱いものが頬を伝った。

 この間から泣いてばかりだ、私。
ちん、と鼻をかんで大きなため息をつくと、横でキヨテルが本当だと笑った。
「酷い顔だな」
「うっさいなぁ、もう」
盛大にしかめっ面をしたら、余計にひどい顔になったみたいで、キヨテルは爆笑した。マジで腹立つなコイツ。
 泣いている私の手を引いて、キヨテルはいつの間にか食材市場から抜け出してくれていた。建物の影になるような場所に置いてある、小さな休憩スペースのようなベンチに座らされて、私は思う存分泣く事が出来た。
 キヨテルなんかに泣き顔を見せてしまったのは悔しい。けど、キヨテルのお陰で泣く事が出来たのは本当で。悔しいけど、そこは本当の事で。礼なんか言わないけど。
 電子の、0と1の羅列が時折優しく空気を揺らす。風と呼ばれるその現象の心地よさに目を閉じて、私は深呼吸をひとつした。
「私、消えるかもしれない」
するりと深呼吸と共に出てきた言葉に、横でキヨテルが小さく息をのんだのが分かった。
「それは、どういう意味で?」
「マスターに捨てられてしまうという意味で」
目を閉じたまま、そう返事をする。私の言葉にキヨテルが、そうか、とため息をついた。淋しくなるな、なんて言ったキヨテルの声に少しだけ湿ったものを感じて、私は慌てて言葉をつけたした。
「分かんないけど。まだはっきりと言われたわけじゃないけど。でも消される可能性は高い、んだけど、ね」
そう言って、私はへへへと誤魔化すように笑った。
 自分の存在が消えてしまうかもしれなくて、好きな人には別に好きな人が居て。結構つらい。でも笑う事は出来るんだな、なんてどこか他人事のように思ったりした。
 とんでもなく不細工な笑顔かもしれないけど。
「仕方がないかな。って思うんだ。マスターが私を消すのであるならば。必要としない人のところに居ても仕方のない事だし、所詮私たちは人のために造られたアプリケーションソフトでしかないわけだし」
張り付いた笑顔のままで、私はそう言っていた。
キヨテルは、返事をする事無く、ただ黙って私の話を聞いていた。その事が少し、ありがたかった。
「ほら、私一度売られてるからさ。妙に覚悟だけはできていたっていうか。いや、やっぱり消されるのは辛いけど。本当に、嫌なんだけど。でも仕方がないって思えるところもあって」
言葉を重ねるごとに、張り付いた笑顔が、少しずつ崩れていく。やっぱり辛いんだな、ってまた他人事のように自分の事を感じた。
「何でカイトさんは、人の形を手に入れたいと思ったんだろうね。人なんか、私たちの事飽きたら捨てちゃうような人が多いのに」
そう言ったら、また涙がこみ上げて来てぼろりと大粒の水滴が眦から転がり落ちた。
 キヨテルは、私の言葉には返事をせず、ただ、こつりと軽く頭を叩いてきた。戒めるような許容するような、そんな優しい暴力だった。
 わかってる、本当は解ってる。
 私たちは、人無しでは生きていけないという事くらい。
 私たちは、私たちだけで生きていくことのできないモノだ。物理的にも精神的にも。だから、どうしたって人を憎む事なんか、できない。
「せめて、カイトさんには好きだって伝えればよかったのに」
涙を拭った私に、キヨテルがそんな事を言ってきた。少しだけ茶化すような口調。いつも通りのキヨテルの態度に少し救われるものを感じながら、私は首を横に振った。
「無理。これ以上は私のキャパが持たないよ。暴走しちゃうから」
「暴走って、何、ミキ暴れるの?」
「暴れないよ。熱暴走って意味だよ」
そう言って、はは、とまた笑って。キヨテルもいつもの嫌味な笑みを見せて来て。
 なんか少しだけ温かいものがあってまた少しだけ泣けた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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泣き虫ガールズ・6

閲覧数:72

投稿日:2012/03/08 15:47:13

文字数:2,039文字

カテゴリ:小説

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