動かない扇風機。
祭りのうちわ。
古い漫画雑誌。
汚れたスニーカー。
握りしめた百円玉。
宝物のミニ四駆。
水圧式の水鉄砲。
色とりどりのBB弾。
溶けかけのアイスクリーム。
蝉のぬけがら。
虫かごと網。
バットとグローブ。
サッカーボール。
プール帰りの濡れた髪。
日焼けした肌。
夏の思い出。
君の、笑顔。

「……暑……」
地上にでたエレベーターが開いた瞬間、むわりとした熱気が顔に当たる。
ごみごみしたビル街に充満する、排気ガスのにおいと、喧しすぎる蝉の声は、ただでさえ高い不快指数を一気に臨界点まで引き上げた。
(……息苦しい……)
がんがん照りつけてくる太陽と、夏の象徴である入道雲を睨みつけ、大翔(ひろと)はだらだらと垂れてくる汗を拭った。
まとわりつくシャツの襟元を掴んで、バタバタと動かす。
鬱陶しい暑さも少しはマシになるかと思ったのだが、期待したほどの効果はなかったので、すぐに止めた。
道の向こうに並んだ自動販売機を睨む。

「あー……」
無駄に声を出してみても涼しくなるはずもなく。
(……こんな、暑かったっけ)
思い出すのは、一年前の夏。
両親の不仲が決定的な破局を迎える直前のあの家には、常に、冷えた空気が垂れ込めていた。嫌になるほど聞かされた、口汚い罵倒の応酬。ヒステリックな叫びと、怒鳴り声。母のすすり泣きに嘘くささを感じるようになったのは、いつ頃だろう。
じりじりと肌を焦がす太陽を見上げ、大翔は深く息を吸い込んだ。そのまま、ゆっくりと吐き出す。
あんな母親でも--始まりかけの反抗期を持て余した少年の目には、それは酷く醜いものに見えたが--会わないでいれば、それなりに懐かしく感じるものらしい。
見上げた空に、少し、目眩がした。


不意に、後ろから肩をたたかれて、一体誰かと振り向けば、驚いた顔の少女と目があう。
「……え……と……」
記憶にない顔の少女は、戸惑う大翔に、一瞬考え込むような仕草を見せた。
ゆっくりと瞬く。
「ひろ、だよね?」
その仕草が、名を呼ぶ声が、懐かしい。
「千佳……か?」
セーラー服のよく似合う、大人しげな少女は、大翔に向けて小さく微笑むと、
「久しぶりね」
そう言って、頷いてみせた。
「……変わったな」
「そうかもね」
「……可愛くなった」
「……そうかな」
それが純粋な誉め言葉などではないことを、彼女はすぐに把握したらしかった。返す声が少し沈んで、伏せた目の上で睫が揺れる。
「ひろも」
「あ?」
「……かっこよくなったよ」
「はぁ?」
思いがけない言葉に、裏がえる声。
千佳は、少しだけ笑って、大翔と並んでみせる。
「ほら、抜かされちゃった」
いつも見上げていた千佳の顔が、今は、少し下にある。

さようならと手を振ったのは、一年前の、夏休み。
覚えているのは、楽しかった日々。
一日の終わり、泥だらけの顔。
くったくなく笑う声。
段ボールで作った秘密基地。
夕焼けの空に歌うのは、たわいない替え歌。
帰りたくない家と、居心地のいい場所。
投げつけた酷い言葉と、離せなかった温もり。
日が沈む公園で、たった一度、みせた涙。
遠くで鳴った花火の音。
聞き取れなかった言葉。
暑くて、熱い、夏休みの思い出。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ダンボール・ウォーズ

タイトルと内容が無関係ですみません。
しかも、序章にエンディングをつないだだけの残念感。
本編は……気が向いたらどこかでUpします。

閲覧数:70

投稿日:2013/01/31 05:41:15

文字数:1,342文字

カテゴリ:小説

クリップボードにコピーしました