リンが好き

何を今更って感じだ。
…ていうか問題は、それが言えないってことで。






「……にんじん」
「ダメ、食べなさい」

いつもと違う夕食の風景。
兄も二人の姉も今日は仕事で遅い。
何だかテーブルがやけに大きく見える、気がする。
いつもの場所に並んで座って、リンと二人で麻婆茄子をつつく。
「まだ何にも言ってないじゃん!」
うっかり自分の取り皿ににんじんをよそってしまったリンが憤慨する。
「俺に食べさせよーとか思ったんだろ」
先が読め過ぎるリンの言動がなんだか微笑ましくて、くすくすと笑いがもれた。
「ぅ…」
リンは肯定しない代わりに否定もしないで、ぷぅと膨れた。
笑ってたら何でか怒られる。ちょ、箸の使い方それはぜったい違う、ぞ、こら。
「メイ姉がリンのためにわざわざちっさく切ったんだからちゃんと食べろよ」
大分細かいにんじんをじぃーっと眺めるリン。
「…はぅ」
…戦線離脱。いや一時休戦?
箸をぐらぐらさせる。こら、俺の皿に入れようとするんじゃない。
「それ食ったら俺のピーマンやるから」
「やだぁ!レンずるい!」
リンに違わず俺もピーマンをいかに消費するか思案していた所で。作戦は失敗でした。はい。
だってこれ苦い。好き嫌いは良くないけど苦いのは舌に良くない。…と思う。
「ちっ…」
わざとらしく舌打ちをしたらリンはあっかんべーをした。
「レンも食べなきゃだめよっ」
「食べますよーだ」
負けずにあっかんべーを返したら今度はリンが吹き出した。
「レン恥ずーっ!」
「何でだよ、お前もやってんだろ!」



「レン」
ふいにリンが顔を上げて、俺のほうを指差す。
「う?肉はあげないよ」
ピーマンが消えた皿を少し引いたら、
「リンそんなにがっつく子じゃないもん!」
またリンの頬が膨れた。
「はいはい、で何?」
つつきたくなるような柔らかそうな頬がふしゅぅと息を吐いて元に戻り、少し得意そうに笑った。
「ソースついてるのっ」
「ん?」
自分の頬を擦ってみる。
…それらしき感覚はない。え、どこ?
「右、みぎそっちじゃなくて」
「へ?」
リンが自分の頬の左側を指しながら右と連呼する。ちょ待、どっちから見てか教えてよ。わかんないよ右だけじゃ。
「あぁもぅ左だってばっ」
今度は左とか言うし。左はまだ一回目だぞ?
「こっち!」
リンの小さめの手がひょいと伸びてきて、リンから見て右の頬を撫でた。
「とれた」
無邪気に笑うリン。
何の躊躇いもなくぱくりと指をくわえて、
「…………」
「…どしたの?」
「うぇ、あ、何でもないっ」
一瞬、思考が停止していた。
待て待て落ち着け。普通のことだ。こないだ俺も全く同じことリンにしたし。うん。
…なのになんで。
「…照れてんの?レン」
「いやややや」
顔が熱い。そんでもって思っくそ挙動不審だ。バレバレだろ阿呆か。
いやいや何ともないだろこんなん。何でもないだろおい。どうした自分、故障か畜生め!
「こないだリンにおんなじことしたくせにー」
リンがにまにま笑いながら迫ってくる。
「照れてねー…」
「ほっぺ赤いよぅー?」
否定したって何の意味もない。
「ふふー」
リンがふにゃりと笑う。
たまらなく可愛いと、素直に思った。
「可愛いねぇ、レン」
「…おめーだよ」
「ふぁ?」
ぽけらんという擬音語が似合いそうな不思議そうな顔をして、ふいにまたふにゃりと笑う。
「こーいうのを幸せっていうのかなぁ」
しみじみと言うリンが俺を見ていて。
優しくて愛おしそうな眼で、ほんとうに幸せそうに眺めていて。
「…おっさんぽいよ」
俺は顔を隠してごまかした。
何故か解らないけど、泣きそうになって必死でこらえた。声が少しだけ震えたけど、多分リンは気づかなかった。
「リン女の子だもん!」
「そこにつっこむんですか」
「ぷんっ」
はぐらかされたことに怒ったのかおっさんぽいと言われたことにへそを曲げたのか、微妙な顔つきでリンはようやくにんじんを口に放り込んだ。
「ぅじゃぅ」
「何語?」
眉をひそめてもくもくと口を動かし、飲み込む。
「…リンにんじんは好きになれないよ」
ほんとに残念そうに言うものだから、なんだか微笑ましくて笑ったら、今度はリンが赤くなった。
「なによぅ」
「なんか、似たもの同士だなぁと」
「…うん」
リンが笑う。
柔らかくて暖かい、リンの笑顔。
「…リン」
「う?」
「好きだよ」
「ほぇ!?」
うわぁ真っ赤。可愛いよ、真面目に。
「な、に…?」
「何でもない」
なんかリンの赤い顔を見てたら照れが移った。
「ほら、あと二個がんばれっ」
はぐらかしと励まし半々の声援をおくる。
「ふぐぅー…」
また不思議な声が出る。
「リンって面白いよね」
「…なに、からかってんの?」
「いーや」
面白がって好きって言ったんじゃないよ。結構必死だったよ。勇気出したんだよ大分。
…言わないけど。
「…レンはリンが好きなの?」
リンが上目遣いで聞いてくる。
その眼に疑いより嬉しさが滲んでいるのが分かって、俺も照れくさいけど嬉しくなった。
「好きだよ」
君が望むなら何度でも言うさ。恥ずかしいけど、嫌じゃない。
「…リンも、好き」
今まででいちばん、嬉しそうに笑ったリンを見て俺はまた泣きそうになった。
「レン大好き」
「はいはい」
見ればリンも涙目になっている。
なんだかもう訳の分からないまま笑いあって、どちらともなくお互いの頬に触れる。
「「あったかい」」
この手で触れた温もりが、本当に愛しくなった。



幸せって何だろう。
よくわからないけど、リンの言うとおりかもなぁと思った。


何でもない時間。
ごく普通の日常。
それが、かけがえのない毎日。

君とずっと、こうしてたいと思う。



大切な、幸せの時間。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

幸せの時間

ふたごのリンレン。
いちおう、五人家族の設定ですが
年長者三人は留守です^q^

姉弟愛とは言えない愛しさだけど、
恋ともちょっと違うような違わないような、
なんとなくあったかい話を書きたいのでした。
リンちゃんのにんじん嫌いは大好きなサイト様から^^

精進 します…!orz

閲覧数:131

投稿日:2009/05/14 12:41:13

文字数:2,384文字

カテゴリ:小説

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