「課長」

自販機に向かう途中、レンが唐突に言い出した。

「世間話でもしませんか?」
「世間話?なんだ、改まって」

仕事を黙々と進めるレンにしては、珍しい言動だった。
普段からそんなに口数が多いわけでもないが、今日はいったいどうしたのだろう。

「いや、別に大した意図なんてありませんよ。ふと話したくなっただけです」

疑問に思う俺を察してか、レンはそう言った。

「そっか」

それから五分くらい、たわいもない話をレンと話す。
最近のニュースの話とか、新作の映画の話とか、くだらない雑談だった。
まぁ、たまには仕事と全く関係ない話をしてもいいかもしれない。

「課長には、奥さんっているんですか?」

それは、あまりに唐突な質問だった。

「奥さん?」
「そうです。結婚してるんですか?」
「いや……してないけど。急にどうした、レン」

普段なら、そんなこと聞いても来ないのに。どういう風の吹き回しだろう。

「いえ、ふっと気になっただけですよ、課長は結婚してるのかなーとか、好きな人がいるのかなーとか。課長のプライベートって、ほとんど聞いたことないですから」
「んー……でもま、好きな人はいるかな」
「いるんですか!気になります、ぜひ聞かせてくださいよ」
「おいおい、なんかリンのノリがうつってないか?」

リンならこういうこと、徹底的に聞き出してきそうだ。
それとも、レンも色恋沙汰には興味があるのだろうか。失礼ながら、少し意外だ。

「まさか、あんなのと一緒にしないでください。俺は知りたいだけです。ただ純粋に」

純粋に……か。
まぁ、そんなに後ろめたい話でもないからいいだろう。
俺は、ぽつぽつと語りだした。

その子とは、コーヒーショップで出会ったこと。それから徐々に距離を縮めてきたこと。
この間は、花火大会に行ったことも。
ただ……その子に、戸籍がないことは言わなかった。これは二人だけの秘密だと、あとで何度も念を押されたから。
海人自身も、どうかその真実を調べないでとも言われた。何も詮索はしないでと。
というか、戸籍や身元を証明するものがなければ、詮索のしようもない。

「へぇ、そこまでいったらもう、恋人じゃないですか」
「まぁ……な」
「課長はどうして、その人を好きになったんです?」
「……俺にもわからない。ただ、最初に会ったとき、かなり思いつめた顔してたんだ。悲しくて、見ているだけで辛かったんだ。だから、そんな彼女を救いたいって思って」

そんなこんな話していると、自販機のもとへとたどり着く。俺は財布を取り出し、缶コーヒーを3つほど購入する。
缶コーヒーを取り出し口から取りながら、俺は言う。

「ま、ただのおせっかいだったかもしれないけどさ。でも、あんな悲しい顔した子は、今まで見たことなかったから」

母さんでさえ、あんな顔したことは一度もなかった。
あの時は何か、よほどの事情を抱えていたのではないかと、俺は思っている。

「人はマイナス面もプラス面も持ってて当たり前だけど、俺はできるだけ、プラスに……前を向いて生きていてほしかったから」
「……かっこいいですね。その子ってどんな感じなんです?」
「話してみると、いいやつだよ。最初はつんつんしてたけど」
「へぇ」

その時、俺はまだ取り出し口から最後のコーヒーを取り出すのに手一杯で、気づかなかった。
レンが、その時ニタリと薄い笑みを浮かべていたことを。何か、よくないことを考えていたことを。
レンの声を聴いて、初めて気が付いた。

「いいやつ、ねぇ?海人さん、あんたぁ本当の意味であの子を理解してないんですねぇ」
「え?」

レンにしてはなかなか軽い口調だった。
なんだと思って顔を上げると、そこにいたのはもう、俺の知っているレンじゃなかった。
暗い暗い笑みを浮かべた、レンではない誰か。思わず、その場の空気が一瞬にして異様なものに包まれたのを感じる。

「しっかし面白れぇめぐりあわせでさぁな。ただのぐーぜんがまさかこんなストーリーを生むなんて、だーれも思いつきゃしませんわなぁ?」
「……レン?」

「やべえっすわー。もうここまできたらハチャメチャっすわ!」
「おいレン、どうしたんだよ?」

目の前にいるのは、確かに捜査一課の課員、レンなのに、中身だけ誰かにのっとられてしまったような錯覚を覚える。
まるで二重人格を疑ってしまいそうなほど、そのさまはがらりと変わっていた。

「ま、そんな質問に答える義理はねぇっす。あんた、これから死ぬんですからねぇ?」
「な……」

どういう意味だ、と言おうとしたときには遅かった。
背後に回りこまれ、手刀で首筋を思いっきりたたかれた。

「ぐっ……」

力が抜け、思わず手に持った缶コーヒーを落としてしまう。カラカラと、缶が落ちて転がる無機的な音が響く。
そうして、そのまま情けなく、抵抗もできずに意識を失っていった。

「安心してくだせぇよ、まだ殺しちゃいませんから。あんたに直接手を下すのは、8番目の狙撃手でさぁ……」

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  • 非営利目的に限ります
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ラストバレット。3-3

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投稿日:2014/08/13 00:14:32

文字数:2,083文字

カテゴリ:小説

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