○暗がりの宿舎で○

僕等には自由に衣替えできる権利がない。
強制的に決められた明日の衣替えは僕等を精神的にじわじわと追い詰めていた。
明日衣替えが行われるのは僕等にはどうしようもなく決定事項なのであって、それはどう考えても夏には早すぎるシフトチェンジである。
いくら都心に近いからといってもここは郊外の山地。朝と夜はまだまだ冷えるこの宿舎の中で寒さに震える明日の自分を想像して、脱走してしまおうかという考えが頭をよぎった。慌てて打ち消す。余計なことを考えてはいけない。
ここの宿舎は周りを高い柵で囲まれており、逃げることはおろか山の麓を見ることさえままならない。脱走など考えるだけ無駄なことだった。
大体、脱走してもどこへ行くというあてもなく、自分が今の社会に適合しているかと考えるとどう考えても僕はここを出て生きていくことなどできそうにもないのだった。
そんなわけで明日からの涼しすぎる格好に想いをはせながら僕はごろりと横になる。
「なぁ、明日も冷え込むのかな」
 隣のベッドでうつらうつらとしているアズマに声をかけると彼は眠そうに半目を開け、だろうな、と呻った。
「なぁ、やっぱり衣替えには早くないか?」
 アズマは心地よい眠りを邪魔されたので不機嫌そうに顔をこちらに向けて顔をしかめ、あのな、と言う。
「あのな、俺達に衣替えの時期を決める権利があると思うか?」
 アズマは億劫そうに体もこちらに向ける。
 俺達に自由はない、わかるか?
 ぼそりと諭すように語りかけるアズマの言葉に僕は答えず、せっかくこんなにあったかいのに、と冬の装いの自分の体を見下ろす。
 もう春は大分深くなっていたが、それでもこの山地では冬の格好くらいが丁度良かった。これを脱いでしまったら、明日はずいぶんと寒いだろう。なんの温かさもない寝床で震えながら目を覚ます自分を想像してぞっとする。
やはりこんな時期に衣替えなど早いのだ。
「おい、アズマ。僕、明日抗議してみるよ」
 なぁ、お前だって寒いだろ。
 そう話しかけた時、右隣からすやすやと平和な寝息が聞こえてきた。どうやらアズマは寝てしまったようだった。
 左隣からもぞもぞと体を動かす気配がする。やはり寒いのだろう、この宿舎の中でたくさんの仲間達が身を震わす音が聞こえる気がした。
 僕は明日のことを考えないようにしてゆっくりと目を閉じた。






○朝日の眩しい獣舎の前で○

 父さんが言ってた通り今日はいい天気になりそうだった。
わたしはまだ靄がかかった山の麓を見下ろしながら大きく背伸びをする。とてもいい気持ちだ。
獣舎の中で早起きの子がメェメェ言っている。珍しいな、こんな朝早くから。いつもならわたしが朝の日課の獣舎のお掃除に行くまで寝てるのに。
今日は待ちに待った日だった。もうすぐ暖かくなるし、そろそろ出荷しないと冬の需要に間に合わないんだよね。あの子達の毛って加工に手間がかかるから。
さてと、そろそろ始めないと日が暮れるまでに終わらないな。
わたしは羊達を起こしに獣舎へと歩き出す。

今日は快晴、絶好の毛刈り日和だった。

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僕等には自由に衣替えできる権利がない

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投稿日:2013/02/06 23:40:35

文字数:1,291文字

カテゴリ:小説

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