メトロノームを手に入れたのは、部屋の片付け中に古い箱を開けたときだった。音楽をやっていたわけでもないのに、なぜか昔の自分はこれを買ったらしい。試しにスイッチを入れてみると、一定のテンポで揺れる振り子が部屋の隅に淡々と響き始めた。その瞬間、なぜか目の前の設計タスクが急に輪郭を持ち始めた気がした。普段は時間に追われてリズムが散らかることもあるのに、メトロノームの音が刻むテンポは自分の思考すら一定に整えてくれるようだった。
その日、バックエンドの処理フローを組み立てていたのだが、どうにも枝分かれが複雑になりすぎて頭の中が迷路のようになっていた。そこで試しにメトロノームのテンポを少し遅めに設定し、その揺れに合わせて思考の区切りを作るようにしてみた。音が一つ鳴るたびに枝の一本を検証し、次の音が鳴るまでに一つ判断を下す。そんな単純なルールなのに、気づけば処理フロー全体がすっきりと視覚化され、まるで曲の構成表のようにまとまっていた。
メトロノームのテンポを変えると、自分の思考の速度も変わるのが面白かった。テンポを速くすると、まるで軽いビートに乗るように勢いだけで仮説をどんどん投げ出し、テンポを遅くすると深く沈み込むように一つ一つを丹念に検証できる。スタートアップの開発でも、疾走が求められる時期と、時間をかけて根を張るべき時期がある。メトロノームはその切り替えの感覚を、なぜか視覚と聴覚の両方で支えてくれるのだ。
先日、フロントエンドの動作がどうにも噛み合わず、どこかで認知のズレが起きていると感じたときも、メトロノームを横に置いて作業した。すると、振り子が揺れるたびに自分の注意が一点に戻り、余分な焦りや迷いがそぎ落とされていくようで、最終的には原因が驚くほどシンプルな箇所にあることが分かった。一定のリズムがあることで、思考の波が整い、細かいノイズが消えていくのが分かる。音楽の世界でテンポが重要な理由が、ようやく自分の中でも腑に落ちた気がした。
最近では、案件に取りかかる前にメトロノームのテンポを直感で決め、その日の自分の状態を測るようになってきた。速すぎれば心が浮ついていて、遅すぎれば考え込みすぎている。ちょうどいいテンポが見つかると、自然と身体と頭の両方が滑らかに動き始める。コードを書くときにまさかこんな道具が役立つとは思ってもいなかったが、気づけば手放せない相棒になってしまった。リズムというものが、思考と創作の両方にこれほど密接に関わっていることを、僕は今ようやく理解しつつある。
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