「さぁ、早く! この女を殺して! 早く!!」

 目の前のルカが目をひんむいて、大口を開けて笑う。

「早く殺すの! 殺して、私に愛を見せて!!」

 くるぅりとスカートを翻して、天へと腕を高らかに上げた。まるで舞台役者のように。


「私を! 私を愛している証拠を!!」


 殺してほしい相手であるはずのミクが目の前にいるにも関わらずの発言に行動である。
 すると、後ろから「はい」と返事する神威の声。

 神威はまた涙をポロポロ流しながら微笑んだ。目が笑っていない。無理に笑っているようにしか見えない。

 何だ、この光景は。

 今までに無い異常な光景だ。
 レンもリンもグミもメイコもカイトも神威でさえ、そんな異常に笑ったことはなかった。
 無機質な瞳で、決められた台詞を繰り返しているだけだった。

 ルカだけは、彼らと違う。

「貴方…! 何者…――」
「私ぃーい?」

 気味悪い黒い目をギョロギョロと動かしながらズイッと顔を近付けてきた。
 しかも下から覗き込むように、ぐるりと顔がこちらを見たまま回転した。

 気味悪い!
 こっちの方が何倍も何倍も気味悪い!

 気持ち悪いっ!!!!

「アンタ、気持ち悪いっ!」

 ミクはそう言ってルカを押し飛ばす。彼女は「神威!」と駆け寄って腕を抱く。

「さぁ! あの女を殺して! 貴方をたぶらかした女を!」
「たぶらかした!?」
「たぶらかしたじゃない!」

 ルカはミクを指差してまたケタケタ笑う。

「神威に『婿に来い』って! 神威が好きなんでしょ? 私から盗ろうとしてるんでしょう!!?」
「ウッザ! キモッ! そんな男要らないわよ!!」
「だって、貴方、昨日そう言ったじゃない!!」
「酔った勢いよ!! ギャーギャー煩いわね!? 私が好きなのはお兄ちゃんなの!! お兄ちゃんだけなんだから!!」

 嘘よ、とルカが叫ぶ。

「あんなに嬉しそうに踊ってたじゃない! 私を差し置いて、あんなにあんなにあんなに楽しそうに!!」
「そんなの、アンタが楽器引いたからでしょ!? 歌え、踊れって言ったのアンタ達じゃない! そんなに踊りたかったんならアンタも踊れば良かったのよ!!」
「黙らっしゃい!!」

 今まで女の声だったのに、その怒鳴り声だけはくぐもったような、低いような、人間では出せないような声が放たれた。まるで、スロー再生された時に放たれる声のように。

「低身分の癖に!! 彼と同じ身分の女の癖に!!」
「だったら何だってのよ! そんな理由で殺されるなんてゴメンだわ!! 好きで低身分じゃないんだから!」
「身分が高いからって幸せな生活が送れると思ってるの!?」

 ぎり、とミクを睨みながら…――ルカの瞳から紅色の涙が滴り落ちる。憎らしげにミクを睨みながら、腕をぶるぶる震わせていた。

「身分が高いからって、私は好きな人と結ばれる訳じゃない!! 神威をどんなに愛していても、身分が違ったら愛し合えないの!!」

 だんっと足を踏みつける。

「私の身分が高かったから! 彼の身分が低いから! 私がどんなに好きでも彼と結ばれないの!! 父様も母様もお見合いの人になさいって! 私が彼を好きだって言っても取り合ってくれなかった!!」

 低く、醜い声が。
 泣きながら訴える。

「彼も、自分では幸せにできないと言われたわ! 愛しているけれど、自分では幸せにできない! だから、遠くから見守らせてくださいって!! 私はっ…――私は、幸せにならなくとも、彼と結婚したかった!!」

 ぱたぱたと、紅色の斑点を床に広げる。顔を覆って、肩を震わせるルカ。

「私は、彼とずっと一緒に居たかったの! ずっと…ずっと…――その願いを、あの魔法使いが叶えてくれたの!」

 ぱっと顔を上げて、彼女はまた舞台役者のように踊り出す。

「神威とずっといられる永遠の夜を叶えてくれた! 私は、これでずっと彼と一緒にいられるの! でも、この舞台が終わってしまったらまた離れ離れになってしまう…──だから私は、またやって来た主人公を殺すの! 私の舞台を終わらせようとする、『主人公』を!!」
「冗談じゃないわ!!」

 ミクはどばっと溢れだした怒りにルカを睨む。薄気味悪さも何もかも、消え失せた。
 彼女の言い分に、かっと血が上ったのだ。

「そんな理由で殺されてたまるもんですか!! アンタなんか…――アンタなんか! 『まだパーセンテージが有るじゃない』!」

 何よ、何よ、何よ!!
 愛されてるくせに、愛しあってるくせに何よ!! 何よっ!?

 ミクの瞳から、怒りの熱の籠った透明の雫が伝う。ボロボロ溢れ出る。
 歯を食いしばって顔を上向け、手に握っているナイフを更にぎゅうぎゅう握り締めた。

「アンタなんかに私の気持ちなんか分かるもんですか! 私が好きなお兄ちゃんは、他の人を愛して結婚の約束までしちゃったんだから!!」

 アンタなんかと、私は違う。

「アンタの恋愛なんか、まだ実る可能性が有ったんだから! 本当は有るんだからね!! 私は無いの!! 0%なのぉ!! 私は私のお兄ちゃんが…――シアンが好きになっちゃったんだからぁ!!」

 大きな声で泣きながらミクは叫ぶ。

「兄弟同士は絶対出来ないんだから!! お兄ちゃんは私を妹にしか見てくれない! 女の子には見てくれないのぉ!! わだじなんか! 絶対、実らない恋なんだからぁあああっ!!」

 何が身分よ、とミクは忌々しく力一杯泣き叫ぶ。

「そんなに好きなら駆け落ちすれば良かったのよ! それも出来ないようなそんな男を好きなっちゃったアンタが悪いんだからね!! 何時までもしつこい女は嫌われるんだからぁあ!!」

 泣き叫んで泣き叫んで泣き叫んでいると、だんだん虚しさが押し寄せてきて、また涙が溢れる。

「アンタの恋なんかより、ずっとずっと、私の恋は実らないんだからぁ!!」

 うわぁああ、と泣きじゃくる。
 届かない想いを乗せて。

 明らかな、嫉妬の告白だった。

 彼女の勝手な言い分に腹を立てたはずだった。だから冗談じゃない、殺されてたまるかと怒鳴ったはずなのに…――ミクはひたすら大きく、大きく自分の恋とは違うと比べて泣き喚いた。ひたすら罵詈雑言を並べた。

 彼女の恋なら、実る確率があったと。

 こんな恐ろしく自分勝手な舞台を作り上げて、あまつ神威に何度も人を殺させた。彼は、本当は誰も殺したくなどない。だから、彼は表情とはちぐはぐな涙を流していたのだ。
 それは他の住人達も。皆、ミクに殺される直前、笑みを浮かべた。それは…──きっと、もう人を殺したくないからだ。
 自分が死ぬことになって…──嬉しくてみんなに笑みを浮かべたのだ。

 彼と一緒にいられるなら他人を殺すことをいとわないと言い放ったルカ。魔法使いの力を借りて、殺人を強制させていたのは彼女だ。

 しかし、ミクはルカの残虐非道な行いではなく…――まだ、成就する可能性のある恋であることを憎たらしく、怨めしく、羨ましいと怒鳴り散らしたのだ。

 ミクはは兄を想い浮かべていた。

 優しい、あの兄を。
 幼い頃、ずっとミクと一緒に暮らしていくと言ってくれたシアンを。

 笑顔で、ミクに生涯の伴侶…──ローズを紹介してきた、あの兄を…――。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

Bad∞End∞Night【自己解釈】⑨~君のBad Endの定義は?~

本家様
http://www.nicovideo.jp/watch/sm16702635

ドログチャの基本は、嫉妬。

閲覧数:327

投稿日:2012/05/13 23:23:19

文字数:3,026文字

カテゴリ:小説

クリップボードにコピーしました