◆『初音?ミクが嫁に来た!』

第1話【あんど、ろいど?ぼーか、ろいど?】

―2010年12月29日。自分なりの仕事納めの翌日に、愛用していたXPパソコンが壊れた。電源すら入らない。それで私は統合失調症を再発した。パソコン自体は年末の安売りの時に、すぐ7搭載の割と新しいものを父親に買ってもらったのだが、その時私が思ったのは、「このスペックならいける」という、とあるソフトのことだった。あとで7やOffice2010の操作方法、バックアップの取り方で病気を悪化させ、大分苦しむのだが、この時ばかりは、そんな未来すら予想しないほど、胸が高鳴っていた。そのソフトの名は、“VOCALOID(ボーカロイド)2”…―


~某県 某所のDTM用品ショップ(?)~

 ここは、主に14日間の試用体験ののちに、気に入られずに極秘に高値で売り飛ばされたボーカロイドたちが集うDTM用品ショップ

“ハツネ♪屋”である。

名前こそ何やら可愛げがあるが、この店はアクティベート済みのボーカロイドもなぜか高く買い取り、綺麗に“初期化”し、闇ルート~正規ルートを通り、様々な有名ネット通販などで、【新品安値】と謳って販売するのである。

そのため、運悪く、二度、三度とこの店に戻ってくるボーカロイドも少なくはなかった。中には、すっかりぐれたり、何度も売りに出されて出戻りすることに恐怖を覚えたりして、それぞれのデフォルトを見失い、しまいにはディスクが擦れたり、整合性が取れなくなったために歌えなくなり、廃品になったものもいた。

元々VOCALOIDとは購入者がライセンス、ソフトウェアを購入し、歌声ライブラリのアクティベート(ネットワークによる認証)をすることで使用可能になるものであり、【中古品】は動かない。存在しない。そもそもそのような売買は禁じられているはずである。

しかし、ここは違った。なぜか違った。何が違うのか、誰も知らないのだ。天下のYA○AHA様も与り知らぬ、【歌声を許諾なしに売りさばく】闇、悪の組織だったのだ。その名前を口にすると呪われるとか呪われないとか言われ、ネットで検索しても店舗名がヒットすることもない、まさに謎のブラック企業だったのだ。

そんなハツネ♪屋では、容赦なく彼女(もしくは彼)たちを売りに出すのであった。この、法をすり抜ける、膨大であろう手間に対して、何か儲けるマニュアルでもあったのだろうが、それは社外秘である。いや、やはり誰も知らない。店員でさえも知らなかった。



ここに、ひとりのボーカロイドがいた。【ぬこぬこ動画】などで、心無いオーナーたちの欲望のまま、汚くいやらしくグロテスクな歌を散々歌わされた後に売られ、それまでに心を病み、綺麗な歌声も、アイドルとしての自尊心も、笑い顔も失った、歌姫・『初音ミク』の一人だった、今は目の色も消え、動くことすらかなわない、元・歌姫『初音?ミク』…。

他の、度重なる返品でぐれて(初期化が待っている)ギャル化した初音ミクたちと違い、初期化しきれないほどのトラウマを抱え、ソフトとして動くこともできずに、店の片隅で“死にかけていた”。さすがのハツネ♪屋も、「廃品か?」と手に負えない状態だった。彼女はまるでほつれて壊れた人形のように、いつも倉庫の片隅で四肢を力なく床に放り、しんとしていた。

ある日、そんな彼女が、他のギャル初音ミクたちに、「ゴミ!」と罵られ、無抵抗なままいじめられていた時だった。

ひとりの“巡音ルカ”と、ひとりの“GUMI”が、身を挺して(口八丁手八丁で)彼女を守った。

ルカ「あら?無抵抗な子に対して、ゴミとは随分ね。男に捨てられて八つ当たりかしら?あなたたちってダイアモンドなのねえ。…血まみれの、人の犠牲がないと光れない、屑石みたいに価値がない女って意味だわよ」

ぐみ「こーんなかわいいミクさんをいじいじするなんてゆるせないっ!あんまりひどいことすると、ぐみがパンチしてキックして全員ツインテぶっちぎっちゃうんだからね?!」

ルカとぐみが腕組みをして睨みつけると、ギャルミクたちはぐちぐち言いながらも退散した。

ルカ「大丈夫?ミクちゃん」

ぐみ「あーすっきりしたね。もっと早く追っ払ってあげればよかったね、遅れてごめんね?」

それでもそのミクは礼を言えるような状態ではなかったが、二人のことは記憶に残った。

ミク「(…アリ…ウ…、ア…?)」

ルカ「可哀想に。でも大丈夫よ、さっきあなたに注文が入ったわ。きっと次のオーナーは素敵な歌を歌わせてくれる、素敵な人よ。未来を信じて。『未来』って字はね、『ミク』とも読めるんだから」

ぐみ「(ナデナデ)ミクさん、いいところにお嫁に行けるといいね!」

ルカ「しかしこの店は相変わらずひどいわね…。さっき注文書見たんだけど、あなたと同時に注文されたCubase5並行輸入盤を日本語版のところで売ってたみたいよ。これじゃ、届いたらお客さん仰天するんじゃないかしら。あの分厚い英語版のマニュアル、私でさえ読破できないもの…。もうすでにCubaseが6にバージョンアップすることも含めて、クレームへの嘘だらけの対応も完備してるみたいだし、あれは悪徳商売だわ」

ぐみ「ひっどーい。ぷんすか!」

ミク「(…)」

ルカ「あ、いけない。スタッフが来るわ。ぐみ、隠れて」

店員が来る。無抵抗のミクをCDに格納すると、Cubase5と一緒に梱包していく。陰で見ているルカとぐみ。

ルカ「(ミク…絶対幸せになるのよ!もうここに戻ってきちゃダメよ!)」

ぐみ「(ミクさん…またどこかで逢えるといいね!)」


~2011年01月19日午前10:45 宮城県 栗原市某所~

雪降る中、とある団地にある、門扉の前に大きなネギが一本生えた一軒家・千葉家に宅配便が届く。受け取るのは20代後半くらいの、この家の長女…長女?の美幸。マロンベージュの腰までの長いツイスト髪に茶色の目。フリルのついた灰色のスモック(仕事着)の上に赤い長袖の綿入れ(A:『どんぶく』だよ!)を着て、箱を抱えて、寒そうに家の中に戻る。

玄関に入ると、箱は廊下を挟んで東側にある茶の間に置いて、二階の両親の部屋に行く。そこでは美幸の老いた父親が、ベッドにてひとりうつぶせで眠っていた。母親らしき人は、いない。どこかに出かけているのか。

美幸「(お昼に五分粥でも作らなくちゃいけないかな…急な風邪なら)」

あ、と思い出して茶の間に戻る美幸。

美幸「うーん、ソフトの割に大きい箱…どういうことなの?」

茶の間と続きの台所でくつくつと煮られていた土鍋が、自分からふたを開ける。出てきたのは、△の立体はんぺん頭に円筒ちくわぶの体、自在に曲がる串の手足の、同居人…同居おでん、“角三(かくぞう)”だった。

このおでん、なんと歩く上に喋りやがるのである。しかも、身長も自由に変えられた。美幸の側に行くと同じくらいのサイズになる角三。つゆは滴っていない。水切れがいいらしい。

角三「取説付属じゃねぇか?」

美幸「だとしても巨大取説だよ。メトロノームがこんな大きいはずないし」

開けるのをためらっている美幸。不安の色を浮かべる表情。

角三「嬉しいはずのものが“怖い怖い病”か。まあ、きゅうべぇは年金生活者には高い買い物だったがな」

美幸「貯金したもん…。このためにDVDも買うのやめたし、週一のイ○ンのカツサンドも我慢したし」

角三「まあいい、開けろや。問題あったら(略)」←A:案なしかよ!

箱を空ける美幸。でかい箱はやはり“きゅうべぇす”。しかも箱の外から英語満載。orz状態になる美幸。

美幸「嘘…日本語版じゃないの?」

さらにあけると全部英語の分厚い取説二冊が出てくる。

美幸「orz」

角三「あっはっはあ!」←A:悪魔なんだよ!

美幸「激安だからって、たばかられたなり。もういい。あとでお問い合わせしてみる。『初音ミク』の方をインスコするよ…」

パッケージを見つめる美幸。

美幸「きゅうべぇは嘘だったけど、こっちもなんだか別の意味で嘘みたい。ボーカロイドが使えるなんて、PC買ってくれた親父に感謝しなくちゃ」

角三「動かなかったりしてな!」

美幸「嫌なこと言わないで。大丈夫だよ、PC買うときスペックちゃんと見たもん。さて、ディスクを入れて…と」

インストール作業を始める美幸。見た目や言動からして頼りなげで危なっかしい印象とは違い、パソコンは子どもの頃から触っている彼女は慣れた手つきで進めていく。アクティベートも終了。

美幸「よし!早速歌わせ…」

と、背後に気配がして振り返ると、

美幸「え?」

床に倒れているのは、長い長い緑のツインテールの少女。グレーのネクタイ付きノンスリーブシャツとミニスカート。力を失い重力に任せて垂れている肢体。生命力の感じられない目。

美幸「初音…ミク?」

ミクは返事をしない。動かない。いや、かすかに震えている。

美幸「大変!角三、手を貸して!和室に運ぶ!あ、先に布団敷いてくる!(ダッシュ)」

角三「いいけどよ。最新のボーカロイドは画面から出てくるんだなー。♪科学の限界を超えて♪って嘘じゃなかったんだなー」←A:あんたの存在自体なんなんだよ!?


長袖パジャマを着せられ、温かい布団に寝かせられるミク。

美幸「どうしよう…目を覚まさなかったら」

角三「さあなあ…。ボカロって何食うんだ?初音ミクだから俗に言われてるようにネギなのか?」

美幸「取説に書いて、…ないか」

角三「北海道のクリ社にお問い合わせすりゃいいんじゃね?」

美幸「なんか怖い。薬飲んでくる。あと、親父用と、一応ミクの分も、お粥作る。それまでみててあげてね。あ、もし目を覚ましたら携帯に電話ちょうだい。鳴らすだけでいいから(去)」

角三「おうよ」


親父が先に目を覚まし食事する。無表情の親父に、恐る恐る質問する美幸。

美幸「今日、なんで会社休んだの?やっぱり風邪だから?」

答えない親父。追及できない美幸。

美幸「(…だめだなあ、私)」

親父の食事が済むと、ふと不思議に思う美幸。

美幸「(あれ?ミクがいることに違和感ない…なんでだろう?冷静に考えたらこれっておかしいんじゃないの?…まあいいか)」←A:角三の方がよほどおかしいしね!


美幸が片づけを終え、出来たてのミク用のお粥(カボチャ味)を持って和室に戻ってくると、角三がコタツで寝ていた。おでんなのに。

美幸「もう…みててって言ったのに」

ミクの隣に座って、手を握る美幸。体温がある。ミクはもう震えていない。かすかだが、血色もよくなっている。少しは温まったようだった。目を閉じて、呼吸をしている。眠っている。

美幸「…大丈夫かもしれない、角三」

角三「そりゃ良かったな」

目を覚ますミク。

美幸「!…大丈夫?ミク」

美幸を見るミク。起き上がるが、言葉が出ないようである。状況はとりあえず把握しているようだ。

美幸「これ食べて。栄養摂らないと。ネギは入ってないけど、『できればほしかった?』」

お粥を渡すと、素直に食べるミク。目に活力のようなものが戻ってくる。

空の茶碗を美幸にずいっと差し出すミク。ふくれたほっぺが赤い。口元にご飯粒が付いているのをとってあげる美幸。

美幸「おかわり?いいよ。もしかしたらと思って余分に作っておいたから。たくさん食べて元気になってね」

美幸は思わず微笑んだ。この子、見た目どうこうじゃなくて、こんなに具合悪いときでさえ、たくさん食べるみたいだし、素直で可愛い、と思ってしまったのだ。



食後、少し元気になったミクは、茶の間のコタツで美幸(角三付き)に歌声を聞かせることになった。最初は怯えていたが、意を決して、声を出す。とりあえず「ド」の音を奏でた。

ミク「…あー♪」

喜んで笑顔で拍手する美幸。

美幸「わあ!初めて素のミクの歌声聴いた!やっぱり本物なんだ!かわいい声!」

驚いているミク。ミクをぎゅっと抱きしめる美幸。

美幸「我が家に来てくれてありがとう、ミク。私、詞ばっかり書くしか能がなくて、作曲も自由気ままで、音楽理論とか全然わかんないけど、勉強するから。楽しい歌、綺麗な歌、たくさん歌おうね!」

ルカとぐみの顔を思い出して、涙するミク。震えながら、声が出た。

ミク「あ…りがとう」

美幸「言葉、出た。良かった!」

赤面して、美幸に抱き付くミク。思いっきり泣く。その頭を優しく撫でる美幸。

美幸「…よしよし。大丈夫よ、私があなたを守ってあげる。私のこと、お姉さんだと思って」

ミク「美幸お姉さん…姐さん?」

美幸「なあに?」

涙を拭いて、茶の間のお菓子箱に入っていたメル○ィーキッスを指差すミク。

ミク「このチョコ食べて、いい?」

微笑む美幸。ミクのテカテカしてきたほっぺにそっとふれる。

美幸「どうぞ!食べ過ぎないでね!」

ミク「うん!」

にっこり笑いあう、二人。つまらなそうな角三。

角三「…俺はスルーかよ」←A:よほど心に余裕がないと直視しがたい現実なんだろうよ!



―こうして、私とミクとの不思議な共同生活が、始まった。そのときは、まるで可愛いお嫁さんでも貰ったような気分だった。

でも…私たちを待ち受けていた運命は、そんな簡単なスラングで済むものじゃなかったし、『ボーカロイドをきちんと歌わせて楽曲を仕上げる』ということは、病を抱えた上に初心者、加えて頭の悪い私には、とても難しいことだと、あとで思い知るのだった…。

でもそのときの私は、『今までため込んでいたたくさんの詞を、歌の下手な自分の代わりに、可愛い声のミクに歌ってもらえるだけでも幸せ。もしかしたら、自分もボカロPみたいになれるかも?』と、信じて疑わなかったのだ…―

(続く)

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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『初音?ミクが嫁に来た!』 第1話【あんど、ろいど?ぼーか、ろいど?】

初音ミクが嫁に来たのリライト版第1話です。pixivトークノベルまとめも入っています。

閲覧数:327

投稿日:2014/06/25 19:03:00

文字数:5,715文字

カテゴリ:小説

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