不安も不満も解消されずに、蓄積し、まるで澱のように二人の住む部屋に積もってゆく。
 結局、相変わらずシンは忙しいままでルカは寂しいままで、何も解決していなかった。ルカは前ほど我侭を言うことがなくなったが、それは、感情という物を押し殺しているように見えた。
 怒らないし拗ねないし泣かないし喜ばないし、笑わない。
 諦観のような、冷たい感情が彼女の奥底で流れているような感じだった。こんなものだ。と、いろんな物を諦めてしまっているように見えた。
 ルカが笑わない。そのことが酷く辛い。
 徹夜で執筆作業を終えた早朝、まだ不純物の混ざっていないまっさらな空気の中、窓の外で澄み切った紺色の空の淵が朱色に滲むのをぼんやりと眺め、シンは別れるべきなんじゃないか。と、思い至った。
 ルカが笑わないようになった原因は、明らかにシンにある。こんなことならば、いっそのこと別れるべきなんだろう。そう思った。ルカのことを思うならば、今、傷つけたとしても別れを告げるべきなのではないか。そもそも、ルカはもう既に愛想をつかしているかもしれない。
 そんな事をつらつらと考えていたら、きりきりと胸が軋むように痛んで、びっくりした。
 本当に、こういうとき胸が痛くなるんだな。とシンは変なところで感心をした。気持ちを落ち着かせよう。と、シンが温くなったコーヒーを入れなおしていると、かたん、と寝室からルカが出てきた。
「おはよう。」
「、、、おはよう。ごめん、起こした?」
そう声をかけると、ルカは、ううん。と首を横に振り、すとん、とソファに腰を下ろした。長い髪の毛を下ろしている、寝起きのぼんやりとした様子がなんだか幼い。微かに首を傾けて窓の外を眺めているルカはなんだか儚く、再び胸が痛くなる。なんだか大きな声で泣き喚きたい衝動にかられ、シンはくるりと背中を向けた。
 傍らでコーヒーメーカーが良い匂いを立ててコーヒーを作ってくれる。それを自分用のカップに並々と注ぎ、ルカの分のコーヒーも用意し、シンはルカの横に腰を下ろした。
「熱いから気をつけて。」
そう言ってマグカップを手渡すと、ルカはありがとう。と言って受け取り、一口、口に含んだ。
「美味しい。」
そう言って微かに、ほんの微かにルカは微笑んだ。
 ルカのコーヒーはミルク多めで砂糖は半分ちょっと。当たり前のことのようにルカの好きな味をシンは作ることが出来る。そのことが、とても大事なことのように思えた。
 手を伸ばして、ルカの右手に触れた。シンのものに比べてルカの手は細くて小さい。儚く消えてしまいそうなその手を、ルカを繋ぎとめるように、シンはルカの冷たい指先を握り締めた。

 別れようと言えなかった。別れたくなかった。別れられなかった。
 傍にいたいという思いも、愛おしい感情もシンの中から消えていなかった。
 そのことが酷く辛かった。いっそのこと、嫌いになれれば楽だったのに。そんな無理なことをシンは思った。どうすることも出来ずにただ冷たい空気だけが2人の間に滞る。緩やかに朽ちてゆくこの関係に大声で喚き叫びたくなったけれど、それでも、いつかは元通りになるのではないか。と期待も抱いていた。

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ひかりのなか、君が笑う・9~Just Be Friends~

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投稿日:2009/11/12 19:25:40

文字数:1,319文字

カテゴリ:小説

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