「鈴。疲れただろ? 寝ていいよ。俺が、見張っているから」
疲れたのだろう。口数の少なくなった鈴に、蓮はそう言った。
「だ、大丈夫! まだ、平気」
一瞬、ぼんやりした鈴は、慌てて、そう言った。
「旅のときには、無理をしちゃ駄目だよ。本気で、疲れ果てる前に、休憩を取らなくちゃ」
「でも………」
「鈴が休んだあとで、俺も、休憩取るから。そのときには、鈴に、見張りしてもらわないといけないし」
「……わかった。じゃあ、先に、休むね」
しばらく、蓮を見ていたが、鈴は、そう言って、微笑んだ。
「これ、毛布代わりに使って」
そう言って、蓮が手渡したのは、天窓を覆っていた薄布だった。光を隠す素材の、この薄布は、色がなく、ふんわりと透けていて、頭まで、すっぽりと被れば、隠れ蓑になりそうだった。
「うわぁ……薄いのに、温かいね」
薄布を広げて、鈴が、嬉しそうに言った。長い間、太陽に当たっていたせいなのか、薄布は、薄い素材にしては、温かい。
さらに、軽くて、丈夫で、折りたためば、小さくなる。旅の友としては、最適だった。海渡が持たせてくれたのだ。
楽しそうに、薄布にくるまる鈴を見つめて、蓮は微笑んだ。でも、二人で、くるまれたら、もっと、楽しかっただろうにと、思わずにはいられなかった。
「おやすみ、蓮」
鈴も、そう思ったのだろう。少し、淋しそうな顔をした。でも、すぐに、微笑んで、そう言った。
「おやすみ、鈴」
微笑って、蓮が、そう言うと、鈴は、ニッコリと微笑って、それから、薄布を、すっぽりと、頭まで、かけた。
そうすると、完全に、鳥が飛んでいるだけだ。大きな鳥自体は、たくさんいるから、目くらましになるだろう。
最も、この光の道が、隠しようもないから、あまり、意味はないのかもしれないが。
だけど、海渡たちは、この光の道を、追ってくるのだ。それを思うと、蓮たちは、ここを離れようとは思えなかった。
今までのこと。
これからのこと。
鈴月に寄り添って、蓮は考えた。
そのとき、風が騒いだ。
蓮は、考えるのをやめて、鈴をうかがった。鈴を中心に、風が震えている。
蓮は、早口に、水の守りを歌うと、水面に飛び上がった。そして、そのまま、薄布を、まくって、小刻みに震えている鈴を抱え起こした。
「鈴!! どうしたんだ!?」
「蓮がいないの!!」
つらそうに、しかめられた、瞼が、持ち上がり、空色の瞳に、蓮が映った。涙が零れるのと、鈴が、そう叫んで、蓮に抱きつくのと、どちらが速かったか、わからない。
「お、俺? 俺なら、ここにいるじゃんか?」
鈴を抱きとめながらも、その言葉の意味がわからずに、蓮は、面食らって、鈴をうかがった。
「違うの!! 夢に……夢に、蓮がいなかったの!!」
悲鳴のような声で、蓮は、はっとした。
「そっか……俺が、寝ていないから……」
「ひとりで、あそこにいて、初めて、気付いた」
小刻みに震えながら、鈴が呟いた。蓮は、鈴をぎゅっと、抱きしめた。夢の中で、抱きしめてやれなかったことが、悔しかった。
「あそこって、広いんだね……あそこに、世界全部がある……」
夢の中の、金色の大地と、海と空。無限に続くような、その中に、たったひとりで、ぽつりと、佇む鈴。
「でも、蓮がいないの……私がいるのに、蓮がいないの」
それは、どれだけの孤独だろう。悲鳴を押し殺して、ただ、震えていた鈴の孤独を思うと、蓮の心に、大きな暗い穴があきそうだった。
「世界に、たった一人になっちゃったみたいで…………」
「ごめん。鈴。ごめん……そこまで、考えてなかった」
鈴を抱きしめる蓮に、鈴月が、顔を寄せて、囁いた。
「え? お前が、見張っているから、俺も、寝ていい? でも、お前だって」
鈴月は首を振って、なおも、囁いた。
「お前たちは、ずっと、泳いでいても、平気なのか? へ? 丸三年も!? 休みなしで!?」
素っ頓狂な声を上げる蓮に、鈴も、顔を上げた。その鈴に、心配そうにしていた月蓮が声をかける。
「月蓮も、休みなしで、飛べるの? やっぱり、三年も? 貴方たちは、すごいんだね。ありがとう」
そう言って、鈴は、涙をぬぐって、擦り寄る月蓮をなでた。
「ありがとう。お前たちがいてくれて、俺も、鈴も、本当に、よかった」
蓮が、そう言って、鈴月を撫でると、当たり前だとでも言うように、鈴月が、甲高く、鳴いた。月蓮も、笑うように、さえずった。
蓮と鈴も、笑った。リン、リンと、楽しそうな鈴の音が響いた。
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