2. 繰り返される日々と


 満月の晩。己の醜さと引き換えに手に入れたのは、美しい姿と永遠にも等しき生。
 そして彼女は、「人」を捨てた。


「……今日のは、どうかな」
 ぽつりと呟いて、バケツに入れた土を見る。昨晩、調合室に引きこもって作製し、明け方にやっと完成した赤茶色の土は、昨日までとはがらりと配合が変えてある。
 ずっしりと重たいバケツを左手に持って、広い庭をてくてくと歩いていく。城の正面にある庭は街道に接しており、作りかけの塀が半分ほど境界線をかたどっているだけで、ほとんど外と連続していた。
 まだまだ作りかけの塀に目をやり、苦笑を一つ。徹夜したせいで少しだけ眠たい目を軽くこすって、塀の一番端に向かった。


 バケツを自分の左側においてしゃがみこむ。バケツから土を取り、捏ねて四角い形を作る。手のひらサイズのそれを地面に置き、小さく口の中で呪文を唱えて触れる。赤茶色の土は鈍く光って、光が収まると同時に一気に膨張した。
 念のためにコンコンと叩き、強度を確認する。もう何百、何千と繰り返してきた魔法なので、むろん失敗するはずもない。「まぁまぁ、かな」昨日よりは強度が増している。やはり材料を変えたのが良かったのだろう。
 作り上げたレンガの一つを右側に置いて、またバケツから土を取った。
 捏ねて直方体を作る。
 魔法を発動させる。
 強度を確認する。
 右側に積み上げる。
 左側の土を手に取る。
 幾度となく繰り返して、右側にレンガの山が出来上がってから、ミクは立ちあがった。ふぅ、と一息つく。翡翠に空色を溶かしこんだような艶やかな髪が、さらりと零れた。
 造り上げたレンガを、今度は目の前の塀に一つずつ積み上げていく。城の周囲を覆う塀はまだまだ作りかけで、この広大すぎる城を囲うまでにはどれくらいの年月が必要になるのかは分からない。きっといつか終わるでしょう、とぼんやりと思いながら積み上げる。どうせ、時間は永遠に等しく存在するのだから。
 ミクは黙々とレンガを積み続けた。一つ一つ、丁寧に積み上げていく。
 レンガの山が全て消えると、できたばかりの塀の前に煤色の種を等間隔に播く。いくら水をやってもカラカラのままの地面に両手をつけて、先ほどとは違う呪文を唱えた。
 すると煤色の種からすさまじい勢いで根が生え、萌葱色の芽がぽんと開いた。双葉の芽の間から煤色の蔓が延び、それは急速にレンガの間を埋めていく。ただ積み上げられただけのレンガが蔓で完全に固定されると、煤色の中で唯一萌葱色を呈していた芽がはらりと落ち、それを合図にするかのように成長が止まった。
 三歩ほど下がって完成した塀を見てから、一度うなずく。そしてまた新しくレンガを作り始めた。



 太陽がゆっくりと落ちかかり、作業がひと段落したところでミクは城の中に戻った。
 夜目が利くようになったので、わざわざ廊下に明りをともす必要は無い。ランプを一つを以って、いつものように書庫に向かう。
 ミクが塀を作り始めたのは、あの満月の夜の翌日からだった。彼女の体はもう栄養を必要としなくなり、町に降りる必要も無くなった。だから塀に門は造らない。 毎日毎日、ただひたすらレンガを積み上げて、城の周囲を覆っていく。その単純作業の繰り返しが、ミクにはそう苦痛ではなかった。
 体の変化が自分にどれだけの変化をもたらしたのかは分からない。だが、己の長い生に合わせて時間の感じ方さえも変わってしまったのか、たとえば1年と言う時間は人であった頃の1週間にも満たない気がする。
 きっと塀が完成するまでには何年もかかるだろう。
 けれどそれも、ミクにとっては短い時間。彼女はもう、塀を作り終えたら次は何をしようかと考えている。今のところ、一番有力候補なのは、荒れ果てて水を吸うことすらしない庭の改造だ。ここでは咲かない花はずのを咲かせてみるのも楽しいが、何よりも野菜を育てたい。
 ミクはもう栄養を必要としないが、人間の体が元になっているせいか空腹感や睡魔は無くならなかった。にもかかわらず聴覚や視覚が研ぎ澄まされたのと同様に、味にまで敏感になってしまったらしく、これまで作ってきたようなご飯はとても受け付けない。
 どうせ長い時間があるのだから、この庭でも植物が育てられるようにしよう。――そう考えて、自らの望みを叶えられる魔法が無いかと、今日もミクは本をめくる。
 人であった時と変わらない行為。夜に一人きりで書庫に籠り、左側に未読の本を積み上げて、読み終わった本を右側に積む。なぜかは知らないけれど、それが癖だった。獣になっても、変わらない癖。
 けれど、獣になって変わったこともある。
「………ねむい。寝よっと」
 くあっと欠伸を一つして読みかけの本に栞を挟み、テーブルの上に置いてあった唯一の光源であるランプを手に取る。立ちあがって、左側の本の山を見た。
「また明日、ね」
 誰にでもなく呟いて、本を残したまま書庫を後にする。

 早く早く、と急きたてられるかのように本を読み漁ることは無くなった。熱中しすぎて夜が明けることはあるけれど、左側に本が積まれたままでも眠れるようになった。
 それが人であった頃との、一番の違いだった。



(もう私を責める声は聞こえない)
2010/09/25

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

The Beast. 2. 繰り返される日々と

スペクタクルPのオリジナル曲「The Beast.」の二次創作。
「僕が作り上げたレンガを」より構想しました。

閲覧数:197

投稿日:2010/11/24 22:08:34

文字数:2,188文字

カテゴリ:小説

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  • sunny_m

    sunny_m

    ご意見・ご感想

    はじめまして、sunny_mといいます。
    好きな楽曲であるThe Beast.の二次創作だ!と読ませていただきました!!

    クレヨンで描かれた素朴で可愛らしい絵が浮かんでくるような、柔らかく切ない文章だな、と思いました。
    古い童話のようなそんな雰囲気が、原曲様と合っていてすごく好きです。
    レンガを積み上げていき、蔓性の植物で固定(?)していく様子がなんだか可愛らしくもあり、堅牢なその様子にちょっと胸が痛んだりとか。
    一話目の、本を積み上げて読んでいく様子とか、二話目最後の、くあっと欠伸をする仕草とかが、獣ミクの華奢な印象を与えてきて、時が止まってしまっているんだな。とやっぱり切なくなったり。
    そういう要所要所での描写もまた、かなり好きです。

    私も前にThe Beast.で二次創作を書いたのですが、ことこさんの作品を読んで「そうか獣になった初期の頃というエピソードもあったんだな」なんてちょっと嫉妬をしてしまったくらい好きです(笑)

    今後どんなふうに世界を紡いでいくのか楽しみにしつつ。応援しています!!
    それでは!!

    2010/12/14 22:37:57

    • ことこ

      ことこ

      sunny_mさん

      はじめまして。
      突然告白しますと、sunny_mさんのこと知ってます!大好きです!

      素敵なお言葉ありがとうございます!個人設定もりだくさんの獣ミクさんですが、少しでも原曲様の雰囲気と合っていれば幸いです^^
      初期のエピソードばかりで、まだまだ原作に突入する気配がないのですが、のんびりと書いていきたいと思いますので、よろしくお願いします。

      2010/12/15 23:01:31

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