目の前に母がいる。
 レンカははっとして、リントとつないでいた手を解いて、少し距離を置いた。途端、リントは足を速めて、うつむき加減に家へと向かった。
 家の前で笑っている親の前を素通りした。
「――リント。ただいま」
 父を一睨みして、リントは無言で家のドアを開いた。

 確かに、新婚旅行から帰ってくるにしてはいいところ、というか、寧ろ遅いくらいだったのだが、少なくとも、帰ってくる前に連絡を入れるくらいの事はしそうなものだった。
 そう思ってみると、リントが家に電話を取ることはここ数日で数回あって、多分、そのときにその連絡もあったのだと思う。
それで、私に伝えるのを忘れてしまったとか? うん、きっとそうだ。
自分に言い聞かせるようにして、レンカはは二十歳に軽く微笑んで見せた。
「レンカ、何もなかった?」
「うん、平気だったよ。リント君もいたから」
 そう、と母は安心したようだったが、レンカの心の中は複雑だった。

 ドアがコンコンと鳴った。
 リントは軽く顔をあげて、背後に目をやった。無機質なドアがある。
「あのね、リント君。お母さん達、お買い物に行ったから…」
 ドアの前でいつもの通りハッキリしない口調のレンカに、リントは突然ドアを開いて、中に入るように、無言で促した。
「――ごめんな、そろそろ帰るとは聞いてたんだけど…」
「ううん、いい忘れちゃっただけでしょ? 気にしてないよ」
 レンカは笑って答えたが、リントは笑わなかった。沈んだ表情で、軽くうつむいただけだった。
 沈黙があって、レンカはリントのまねをするようにうつむいた。
「二人が帰ってきちゃったし…、これまでと同じじゃダメだよね…」
「…別に、普通の『兄弟』だろ…」
 ズキ、とレンカの胸の奥のほうが痛む気がした。冷たい刃をつきたてられたような、妙に鋭く、不自然な痛みだった。

「だって兄弟だもん、他のなんでもないじゃない」

 いつだったか、帰り道に自分が言い放ったはずの言葉が脳裏を過ぎった。
 膝の上に載せたこぶしが震えていた。
「そ…だよ、ね…。普通の兄弟…」
 リントの言葉を復唱した。ゆっくりと、小さな声。
 その震えた声に、更に震えたのはリントのほうだった。態々自分で傷をえぐるような馬鹿な真似をして、また雰囲気は最悪。
 違う、こんな風になりたかったわけじゃない。
ただ、ごく普通に、好きな人に好きだと言って、それだけで良かったはずなのに。
「――私は、大好きだよ。兄弟としても、それ以外としても」
 レンカは少し無理をして笑った。いい。これで、どういわれても、ただの『兄弟』だ…。
「…俺は」
 リントがかすれた声を出した。
「俺は、…レンカのこと…」
「私のこと?」
「す、す、す…す…ッ」
「スス?」
「違う! す、すぅ…っ、すすすすす…」
 途中から、自分でも何を言いたかったんだかよくわからなくなってきたが、リントは懸命に次の文字を発声しようとする。しかし、何度も『す』が続くだけで、まったく先に進まない。
 何処の少女マンガのヒロインだよ、と自分でも思うのだが、いくら声を絞り出しても、たった二文字がうまく言えない。
「す、す…っ」
 あ、なんかもう面白くなってきた。何やってんだ俺。笑えてきたぞ。
 なきたくなってきた本心とは裏腹に、追い詰められたリントは笑うしかないような気がしてきていた。
 そのとき、下の階で、ドアが開く音がした。――帰ってきた。
 レンカはなんともなしに立ち上がって、両親を出迎えようとする素振りを見せた。あわててリントは思わず、レンカの手をつかんでいた。
 レンカは立ち止まって振り返った。
「どしたの、リント君?」
「あ」
 唇が震えていた。

「――しゅきっっ」

 思い切って言った。
 そして、言い切ってしまってから、やってしまった、と思った。
「しゅ…き?」
 顔をあげると、レンカが笑いをこらえている。いや、実際には唖然としているだけなのかもしれないが、少なくともリントの眼にはそう見えた。
「リント君、あの…しゅきって…」
 おずおずとレンカがきいた。ああ、終わった。とリントは思った。そして、
「ああ、しゅきだよ! しゅきだ! 悪いか!!」
 開き直った。
「悪いって言うか…」
「文句あんのか! しゅきですけど? しゅきですけど!!」
「何で敬語…?」
「もういい! 放っておくか殺すか、どっちかにしてくれ!」
「ええっ」
 リントは内心号泣していた。
 終わった。俺の初恋。一生呪うぞ、俺の滑舌…。

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  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

Some First Loves 25

こんばんは、リオンです。
リント君になんと言わせるかで数日迷ってました。後睡魔。
すみません><
今回はリトレカ編。
リンレン編、ミヤグミ編はしばしお待ちください。

リント「もういっそ殺してくれ…」
レンカ「リント君!?」

閲覧数:484

投稿日:2012/01/12 23:00:44

文字数:1,881文字

カテゴリ:小説

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  • 美里

    美里

    ご意見・ご感想

    笑いすぎで咳き込みましたwww

    リント君、気にすんな!私も滑舌が悪いから!授業中にその滑舌のせいで男子に笑われたから!
    滑舌って、どうやったら直るんでしょうか…
    レンカちゃんの突込みがいつもより的確というか…キレがありますね!
    その後こんな感じだと思います。

    レ「どうしたの、リント君?」
    リ「…放っておいてくれ…」
    レ「そんなこと言っても、私でさえ食べられない超激辛シチューを五杯食べるなんて、普通じゃないよ!?」

    2012/01/13 20:11:42

    • リオン

      リオン

      こんばんは、美里さん!

      今回はネタ回(笑
      私の知り合いにもいますけどね、滑舌悪い人。別に私は気にしませんけど…。どうなんでしょう。
      レンカちゃんはあまりにリント君のイメージと違ったので、混乱しています。
      混乱すると、大体の人はおかしくなりますが、元がおかしいとまともになるのではと(殴

      レ「あ…、あの、あのね、私…何も聞いてないから…大丈夫だから…」
      リ「妙に気を使わないで!! 逆に傷つくから!! 何も聞いてないなら目を合わせろ!」
      レ「ほら…、ギャップとか…、少し隙のある人のほうが…ホラ…」
      リ「ごめんやめてくれる!? ホントやめてくれる!? なきそう!!」

      2012/01/13 21:14:36

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