―――――一瞬、普通の人間だと思った。



それぐらい、彼女の姿には違和感がなかった。



袴が私服代わりだといってしまえば普通の人間で通用しただろう。



だがその足はふよふよと浮いていた。



その瞬間、彼女が幽霊であることを理解し、一瞬体が固まった。



だがどっぐちゃんは明るい顔をしている。



そうか、そうか。この子が―――――――――――――――










「君が、清花ちゃんだね?」


俺は出来る限り優しい声で、少女に話しかけてみた。



『……はい。あなたが何者かは大体予想が尽きます。どっぐさんの生みの親……というところでしょうか?』

「ああ。Turndogだ、よろしく」

『ターンドッグ……さん』


呼び慣れないカタカナの名に、少し戸惑っているようだ。

しばらくして、どっぐちゃんが恐る恐る話しかけた。


「……清花。ゆるりーは……どんな感じがした?」

『……少し変わった人でしたけど、少し……暖かい人でした』

「そう……」


……話が続かない。ど、どうしよう。

何を話そうか、俺が思案していると……


『……あの、ターンドッグさん』


清花ちゃんの方から話しかけてきてくれた。


『……あなたから見て、しるるさんはどんな人ですか?』

「……え?」

『普段の生活を見てて、あなたが一番よくしるるさんと話していました。しるるさんもまた、あなたに対し遠慮というものをあまり感じているようには見えませんでした』


そ、それは『遠慮なく話しかけてる』という意味ですよね、決して『遠慮なくいじってる』って意味じゃないですよね。


『どっぐさんから聞いているかもしれませんが……私はしるるさんに拒絶されました。でも……やっぱり信じたいんです。しるるさんはただちょっと怖がりなだけだって……私が嫌いなわけじゃないって……でも、信じられない自分もいるんです……だからお願いです。あなたの知っているしるるさんを……教えてください』


少し震える肩。だけどその真っ直ぐな、小さな決意を秘めた眼。


……ごまかしは聞かない、思ったままに話してみよう。


「……しるるさんはな、本当に普通の人なんだよ」

『……普通?』

「そう。俺みたいにそこいら中探してもそうそう見つからないような変人じゃなくて、かわいいものが大好きで、大人らしさも子供っぽさも持ってて、いろんなことに悩んだりいろんな人を気遣ったり、自分も大変なのに他人の事も気にする、どこにでもいるような普通の優しい人なんだ。だからこそ……『幽霊』という肩書に騙されて、『清花ちゃん』が見えなくなっているだけなんだと思う」

『……………』

「もう一度、しるるさんと真正面から立ち向かってみな。しるるさんの本当の姿は、真正面から向き合わないとわからないし、しるるさんもまた、清花ちゃんの事を『見つけて』あげられないだろう」


清花ちゃんは静かに話を聞いていたが、しばらくして小さく微笑んだ。


『……どっぐさんと同じことを言うんですね』

「へっ?」


驚いてどっぐちゃんを見ると―――――一瞬真っ赤になったどっぐちゃんの顔が見えた後、高速のビンタが飛んできた。


「へぶりゃっ!?」

「見んな!! ばか!!」

「おおおお……いってえなコラ!!」

「ふーんだ!」


頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。この恥ずかしがり屋の犬耳少女の扱いは未だに難しい……。

清花ちゃんに向き直ると、少し楽しそうな顔をしていた。いやあの、俺で楽しまれても困るんですがね。


『ふふ……仲が良いんですね』

「まぁね……こいつは俺の分身みたいなものだからね」

『……どっぐさんも言ってくれたんです。『幽霊』じゃない、『人間・清花』として現世の人間と向き合えって。……私は、しるるさんの一部分しか見ていなかったんですね。唯幽霊を怖がるところだけを見据えて、本当のしるるさんを見ていなかった』


すっと立ち上がると、深呼吸を一つして、決意を秘めた瞳を俺たちに向けてきた。





『……もう一度、しるるさんと真正面から話してみます』





「ん!」

「……やっと決心付けたか」


どっぐちゃんが呆れたような表情で、それでも満面の笑みを清花ちゃんに向けていた。










『ああは言ったものの……この数日どうやって会おうか迷ってたんですよ。こちらからしるるさんに接触しようとしても、全然伝わらないし……』

「ああ……」


清花ちゃんはシルルスコープが俺らにもたらす影響についてはうろ覚えに近いようだ。まぁ『清花ちゃんと話せるようになる便利な道具』って言えばいいだけの話なんだけど、そのタイミングもないしな……。


『だけどまさか、5か月も関わってこなかったのにこの時期になって話しかけてくるとは思いませんでした……びっくりして、最初逃げようとしちゃった。何があったんでしょうね?』

「……そうだな。しるるさんもいろいろ思うところがあったんだろ」





……あの時。

しるるさんがシルルスコープとにらめっこしているのを見かけた時、俺は一つの策を講じようとしていた。

もしもここでしるるさんがスコープを使うのを断念してしまったら、きっとまた半年ぐらいは放置しかねない。いやそれどころか、もう二度と使わないかもしれない。

そう危惧した俺は、カイトを部屋に呼び、カイトの奥の手『卑怯プログラム『運命操作』』で、いざとなったら『しるるさんがスコープを使う運命』を確定させようとしていた。

少々カイトには負担のかかる技だったが……そうでもしないと、しるるさんと清花ちゃんは二度と巡り合わないような、そんな気がして。

だが心配することもなかったようだ―――――数十分後、シルルスコープを装着してうろうろしているしるるさんを見つけ、ほっと胸をなでおろした。


あの二人はもう、こじれることはそうそうないだろう。










「ところで……清花ちゃん、これからどうするんだ?」


ふと気になったので、俺の部屋を去ろうとした清花ちゃんを呼び止めた。


『これから……ですか? ……ターンドッグさんはどうしてほしいんですか?』

「……俺は君に会うまで、幽霊の幸せとは成仏することだと思ってた。だけどどっぐちゃんから君の事を聞いて、そして君に出会って、正直清花ちゃんに成仏なんかしてほしくないと思ってしまった」

『……正直、私は今この世に未練がありすぎます。最初は……自分だけの物語を完成させればそれでいいつもりでした。だけど、ここの皆さんと触れ合ううちに……ここを離れたくないとも思ってしまいました。多分物語を書き終えても、成仏できる気がしません。ですから……私はここで物語を書き続けたいと思っています。そのために……皆さんのお力、お借りしてもいいんですか?』


……小さく肩が震えている。

……心配するなって。


「ぜひとも手伝わせていただこう。ゆるりーさんも……もちろんしるるさんも、君の力になりたいだろうから」

『……ありがとうございます。それでは』


そう言うと、するりと姿を消してしまった。





「……ターンドッグさん」

「!」


不意に呼ばれて振り向くと、しるるさんが扉の傍に立っていた。

小さくため息をついて、『彼女』の言葉を真似てみる。


「……立ち聞きですか? 趣味悪いですよ、しるるさん」

「ふえっ!? そ、そんなつもりじゃなくて、そういえばセールについて話すの忘れてたなーって思ってきてみただけで……」

「―――――って清花ちゃんならそういうかなーと思っただけですよ。私もそこまで人のこたぁ言えないんで」

「え……な、なんだぁ……」


呆れたような顔で俺を睨んできた。いいじゃん別にー。


「……変な画策しないでくださいよ。そんなことされなくたって私ちゃんとシルルスコープ使いましたもん」

「5か月も謝らなかった人の言うことじゃないですね。清花ちゃんだけじゃなく、つかさくんやイズミさん、どっぐちゃんまでもやきもきさせといて、その言葉は説得力に欠けますよ」

「うぐ……」


痛いところを突かれたしるるさんが眉間にしわを寄せて黙り込む。

……責めるはこのぐらいにしておこう。今日はめでたい復縁記念日だ。


「……しるるさん。清花ちゃんは……いったい何ですか?」

「ふぇ? 清花ちゃんは清花ちゃんですよ。何言ってるんですか?」

「……いえ、何でも」


小さく笑って、俺は窓の外を眺めた。俺の足元で微笑むどっぐちゃんの眼から、小さな光が流れ落ちたのはきっと気のせいではないだろう。










数日後―――――。



『新しい入居者です』と、しるるさんからちずさんとayuminさん(通称あゆみんさん)の紹介が皆にあった。


その時に、新しく改訂された入居者名簿を渡されたのだが……。


その名簿を見て、思わず俺とどっぐちゃんは顔をほころばせ、ゆるりーさんやイズミさんやつかさ君とも笑い合っていた。





以前から入居していた14人は今まで通り№1~14の番号が振られていた。



しかし新しく入居した二人には、『№16』と『№17』が渡されていた。










その名簿にはしっかりと――――――――――『№15 清花』の名が記されていたのだった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

dogとどっぐとヴォカロ町! Part10-2~15人目~

構築される、時代も次元も全て超えた絆。
こんにちはTurndogです。

どっぐちゃん曰く、しるるさんも清花ちゃんも、最初から相手の本質を見据えるまで頑張ってみれば5か月も悲劇を長引かせることはなかったのではと常日頃思っていたそうです。
真正面から向き合って本当の姿を見つめた結果があのイチャイチャだよ!ww
やっとのことで清花ちゃんシリーズの第一ステージ終了ですねw
と言ってもこの時点で関わってるのがしるるさんとゆるりーさんと俺しかいないから、まだまだこれからです。
第一ステージが『しるるさんと清花ちゃんシリーズ』とすれば、第二ステージからが本当の『かなりあ荘と清花ちゃんシリーズ』ってとこですかねww

私はこのコラボがなくなって、かなりあ荘の設定も粉みじんになるまで清花ちゃんと関わっていたいので、ここらで軽く成仏フラグを叩き折ってみましたw
あと3年も経ったらしるるさん辺りがまた生やしそうな気もしますが……w

あとちずさん、あゆみんさん、清花ちゃんより後にしちゃってごめんなさい。
でも二人が来るよりも先に『15人目の入居者、清花』っていう設定が各所で出てたので、許してちょ☆(うぜぇ

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投稿日:2013/12/23 01:23:23

文字数:3,902文字

カテゴリ:小説

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