誰もいない家に、おばあさんは心配して一緒にいようか。と言ってくれたが、あげはは今度も、大丈夫です。と首を横に振り、ひとり、母親が帰るのを待った。どんなに優しい人であってもむしろ優しいひとこそ、かかわりあってはいけない気がした。
家にたどり着いてほっとしたのだろうか。急激に体温が上がるのを感じた。これはやばいかもしれない。そんなことを思いつつも、けれど一人きりは心細くて、あげははリビングに毛布を持ち込み、煩いだけのテレビをつけっぱなしにして母親が帰ってくるのを待った。
しばらくしていつもどおり帰ってきた母親が、リビングで寝転がっているあげはに、こら。と少し間の抜けた声で小言を言った。
「こら、だらしない。こんなところで寝ちゃだめよ。」
そう言いながら母親が近づいて、あげはの頬に触れた。その肌に予想以上の熱を感じて、驚いたように声を上げる。
「調子が悪いの?熱があるね。」
そう言いながら、母親は確認するように今度はその綺麗な指で額に触れて、悲しげに表情を揺らした。
ごめんね。そんな顔をしないで。そう言いたい気がしたけれど、言えず、あげはは、熱い。と小さく駄々をこねるように言った。
ぱたぱたと母親が動き回る。常に傍で看れるように。とリビングに布団が持ちこまれ、寝巻きに着替えさせられたあげははそこに寝かしつけられて、額に冷却シートを貼り付けられた。
「寒くない?ああ、むしろ熱いわよね。だけど汗を出すことで、体から悪いものを出ていくのよ。だから我慢して。」
そんなことを言いながら母親が汗の滲んだ額をそっとぬぐってくれた。
ぱたぱたと動き回る母親の姿を、あたたかな布団に包まりながらあげはは見ていた。すっかり忘れていて先ほど慌てて取り込んだ洗濯物が、積み重なってかごの中に入ったままだった。風呂場のほうからは給湯器がお湯を張っている音が聞こえてくる。台所からはことことと、おかゆを炊いている音。母親がその傍らで氷をからからと氷枕につめていた。
熱で朦朧として揺れた視界の中、オレンジ色の灯りの下で母親が立ち働いているのを見て、あげはは泣きそうになった。当たり前の光景が、ことさらとくべつなものとして胸に響く。
氷枕と冷めたお茶を持って枕元にやってきた母親が、涙目になっているあげはに、どうしたの?とやさしく声をかけた。
「辛いの?」
そっとあげはを起こして、脱水症状にならないように、と冷ましたお茶を飲ませてくれた。人肌程度に冷めたお茶が体に染み渡ってゆく。汗で湿ったタオルを取り替えて、枕の高さを調整して氷枕をあててくれた。
再び臥したあげはの髪を撫でて、朝、無理にでも休ませればよかった。と、母親のほうが辛そうな顔でそんなことを言う。自分に触れる綺麗な指先が不安に揺れていて、あげはは大丈夫。と言った。
「ママ、大丈夫だよ。」
熱で顔を真っ赤にしながらそう言うあげはに、母親が、あなたの大丈夫はあてにならない。と苦笑した。
母親がそっと優しく触れて、愛しむようにあげはを呼んだ。
その言葉が熱よりも強い痛みを生み、あげはを蝕む。いつもだったらそれでも耐えられたと思う。けれど、体の不調がそれを求めてしまった。
ママ、私の名前を呼んで。
そう乞うように呟くあげはを、母親は優しい声で呼んだ。優しい慈しみのこもった、愛おしいものを呼ぶ、声。
優しい声は思考を縛り、いつくしみの言葉は思考を痺れさせる。
もしものわたしのように、ひとりでも大丈夫。と言い切れる強さが欲しい。そう思った。
感じるこの痛みは、今は、熱のせいにしておこう。そう軋む胸を押さえてあげはは、涙をこぼさないようにそっとまぶたを閉じた。
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BPM=200→152→200
作詞作編曲:まふまふ
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