どこにでも あるような
私の拙い恋物語を
さあ お聞かせ致しましょう
桜の木々の 枝達にも
まだ雪が少々残る そんな頃
すっきり晴れた 雪解けの日に
お気に入りの 桜色の簪を
私に似合うと 褒めて下さった
あるお方が おりました
その方は 桜がお好きで
川沿いの 桜並木を
大変気に入って おられました
その中でも ある一本の桜の木
何年生きたか わからないほど
大きな大きな 桜の木
何回咲いたか わからないほど
綺麗な綺麗な 桜の木
「私はこの桜の木が、一番好きなんだよ」
いつのことだったか もう思い出せないけれど
こんな私に 教えて下さいました
身分が 違う
家格が 違う
そんなこと 百も承知の上だけど
好きなのです 苦しいほどに
ああ この想いを
もしもあなたに 伝えられたなら
ああ どんなに 救われることでしょう
けれどそれは 叶わぬことだから
心に閉じ込め 鍵をかけました
歪んだ頬を伝う 透明な水を無視して
桜の葉の芽は もうあるけれど
まだ蕾はつけぬ そんな頃
どんより曇った 早春の日に
こんな話を 聞きました
とあるお家の 姫様が
あの方のもとに 嫁ぐという
その姫様は 麗しく
教養もあり 芸事にも秀で
とてもお優しいのだと 聞きました
話を聞き あの桜の木の下で
何回拭ったか わからないほど
こっそりこっそり 泣きました
何回流したか わからないほど
ひっそりひっそり 泣きました
「私はこの桜の木が、一番好きなんだよ」
そう教えて下さった この桜の木の下で
私はいつも あの方を想う
身分が 違う
家格が 違う
そんなこと 百も承知の上だけど
好きなのです 切ないほどに
ああ この想いを
もしもあなたに 伝えられたなら
ああ どんなに 救われることでしょう
けれどそれは 叶わぬことだから
心に押し込め 鍵をかけました
噛みしめた唇から滴る 朱色の血を無視して
あれは いつだったか
もう 思い出せないけれど
あの方が そっと教えて下さいました
「桜の木にはね、人の血を吸うととても美しく咲くという言い伝えがあるんだよ」
ああ こんな私にも できることを見つけたわ
ああ そんなに 難しいことじゃない
心の鍵を 開けずに済むし
あの方も きっと喜ぶはずだわ
桜が蕾を 枝につけど
まだ花は咲かぬ そんな頃
暖かい陽気の 春の日に
桜色のあの簪で 髪を結い
懐に小刀を 忍ばせて
桜の並木道を ゆっくりと歩く
あの方との 少ない思い出に
浸りながら ゆっくりと
あの桜の木を 目指して歩く
いつの間にやら 溢れていた涙
いつの間にやら 微笑んでいた口元
大きく綺麗な この桜の木の下
根元に腰掛けて 幹に寄りかかり
小刀を取り出して 刃を首筋に強くあて
「私はこの桜の木が、一番好きなんだよ」
あの方の言葉を ふと思い出し
この桜が美しく咲くことを 強く祈って
身分が 違う
家格が 違う
そんなこと 百も承知の上だけど
好きだったのです 狂おしいほどに
ああ この想いを
もしもあの方に 伝えられたなら
ああ どんなに 救われたことでしょう
けれどそれは もう叶わぬことだから
心の中の想いを 心ごと殺しました
堅く握った拳が 白くなっていたのを無視して
そして 私は目を閉じ
首筋にあてた刃を 引きました
桜が咲き誇り 花弁が舞い
まさに春爛漫 そんな頃
あの日のような 春の日に
あの桜並木の道を ゆっくり歩く
ある青年が おりました
この青年は 桜が好きで
川沿いの この桜並木を
大変気に入って おりました
その中でも ある一本の桜の木
何年生きたか わからないほど
大きな大きな 桜の木
何回咲いたか わからないほど
綺麗な綺麗な 桜の木
「私はこの桜の木が、一番好きなんだよ」
美しく咲いた桜の木を見上げ 桜色の簪を握りしめて
小さく肩を震わせながら 青年はそう呟きました
まるで 言い伝えのように
その桜は 春が訪れる度に
とても美しく 咲き誇ったそうな
これで 私の拙い恋物語は 終わりです
さあ いかがでしたか?
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