桜はまだ咲かない。
春はまだ訪れない。
冬はまだ明けない。
俺たちはそれを望んでいる。
『春の訪れを拒む』
リンを探してくると兄に告げ、俺は旅館のロビーから飛び出した。チェックアウトの時間が迫っているというのに、リンは部屋から姿を消した。旅館の中を探し回り、しかし見つからず、もう探していない場所は外だけだ。
一歩外へと踏み出せば、肌を刺すような風に触れ、思わず身震いする。この旅館が山の中に建てられているから尚のこと、気温が街中ほど上がらない。雪こそ降らないものの、気温の低さはかなりのものだろう。この寒い中、何故外に出なければならないのか。せめて電話を持って行けばいいものを。携帯しない携帯電話など、あっても無意味ではないか。
見つけた際には文句の一つや二つは言わせてもらおう。そんなことを考えながら走っていると、建物の裏手に周った辺りで一つの人影を視界に捉えた。白いリボンを揺らすその人影は、間違いなくリンだ。俺は駆け寄り、溜まった鬱憤を晴らすべく、口を開く。
「あのなぁリン。お前勝手に…」
すると、漸く俺が現れたことに気がついたらしいリンは振り返り、パッと顔を輝かせた。
「あ、レン! 見て。桜…」
屈託ない笑顔を向けたリンは眼下に広がる木々を指差す。リンの無邪気な笑みを前に、先ほどまでふつふつと沸き立っていた怒りがすうっと収まるのを感じた。自分がこれほど単純だとは思っていなかったが、不覚にも何を言おうとしていたのかさえ忘れてしまった。
リンが示す方向を見遣ると、雪のそれではない白を纏った木々が立ち並び、それは確かに桜のように見えた。しかし、今は一月。昔の暦では春だと言っても桜が咲く季節ではなく、その白が桜であるはずがなかった。
「桜じゃねえだろ」
「じゃあ、雪…でもないよね」
と、リンは小首を傾げてみせた。
雪ではない。雪ならばそれは枝に積もるだろう。そうではなく、花弁のように至る所に白がある。それは朝日の光を反射してか、眩い輝きを放っていた。
「霜、か?」
「しも…?」
多分と曖昧に返したが、数秒思案した後にうんと一人で頷き、先の推測を確信へと変える。この寒さで露や枝の水分が凍ったのだろう。
霜の花を纏う木々を眺めていると、坂を下ったところの駐車場が視界に入った。この山中にそんなものを作っては情緒が薄れるだろう、と心の中で悪態をついていると、ふとその駐車場にとめられている兄の車を見つけた。そしてリンを探しにきた理由を思い出す。
「あ。リン、もうチェックアウト終わるから。戻るぞ」
「待って、レン。ちょっとだけ…」
リンはそこから一歩も動こうとはせず、木々を見つめ続けた。ちょっと、と言いながら、放っておけばこのままずっとここにいるのではないかと思うほどに。兄を待たせているのは確かだったが、どうもリンを急かすことはできなかった。
しばらくそうした後に彼女は振り返り、視線を木々から俺に戻す。そして漸く言葉を発した。
「桜はもう少し先、だね…」
そう言ったリンは、残念に思っているのか眉根を下げ、しかし口元には微笑を浮かべ、何とも形容しがたい表情をした。安堵しているようにも、落胆しているようにも見える。
「…桜、見たかったのか?」
「ううん、逆」
即答したリンは俺に背を向けてまた木々を見る。ふわり、流れた風はリンの髪を揺らした。リンの後ろ姿はどこか寂しげに見えた。
「桜は好きだけど、でもね。桜が咲くのは春、でしょ…?」
俺は言葉に詰まった。リンが言いたいことは何となくわかるが、何と返せば良いのだろう。
しばしの沈黙があった。ただ風の音だけが鼓膜を撫でた。
春になれば、俺たちを待っているものがある。それは期待と希望に満ちたものであり、不安と周囲からの圧力に包まれたものである。言うならば人生の分岐点が。
今までは決められたレールの上を走っていればそれでよかった。皆が同じルートを同じ様に進んでいた。けれど、これからはそういうわけにはいかない。思い描く将来のために各々別の道を歩くことになる。もうレールはない。保証された道、安全な道、それらは存在していない。未来は誰にもわからない。わからないからこそ楽しみだという人もいるが、少なくとも俺たちはそうではない。そして。
俺とリンは、恐らく別の道を歩む。
「どこに向かえば、いいのかな…」
眉根を寄せて、視線を下に落とすリンの瞳には、溢れんばかりに涙がたまっていた。それは彼女の不安が形を成したものなのだろう。しかし、それでも彼女は笑おうとする。あまりに痛々しい表情を、もう見ていられなかった。
考えるより早く、俺はリンに手を伸ばし、その細い肩を抱いた。一体どれほどの重荷をこの華奢な身体で背負っていたのだろうか。それは俺も、俺以外の人も――他人には計り知れない。リンだけが知る辛さだ。
何もしてやれない自分が歯痒い。今回の旅行も、俺たちを心配したカイト兄が息抜きにと提案したものだ。
結局俺はリンに何もできていないのだ。
何ができただろう。何をしたのだろう。
俺にはリンを守る力がない。その心を支えてやれない。
一体何のために側にいるのだろうか。
延々と続く俺の思考を断ち切ったのは、リンの声だった。そんなことは考えなくて良いと言われているような気がして、俺ばかりが救われていると思うと、尚更自分の無力さを思い知る。
「ごめんね、レン」
顔を俺の肩口に埋めたままのリンは、顔こそ見えないものの、とても申し訳なさそうな声で言った。何で謝るんだよと問うても、リンは答えずにただ俺の服を掴んでいた。その手は少しだけ震えていた。
「じゃあ、――泣いてろ」
無理して笑うよりも、泣いて涙と共に全てを流してしまうほうが、よっぽど良いと思った。どちらが良いかは、リン自身が決めることだが。
リンの髪を撫でながら、霜の木々を見下ろした。それが桜でないことに心底安堵する。それはまだ春が訪れていないことを示していた。
兄の元へ戻るのには時間がかかった。兄は遅くなったことに対し、俺たちを責めなかった。ただ一言帰ろうかと呟いて、車に乗り込んだ。あえて何も聞かないでいてくれたのだと思う。
車に揺られている間、リンは眠っていた。幸せな夢を見ていたのか、少しは楽になれたのか、リンの表情は幸福なものだった。いつまでもその表情を眺めていられたらと、叶いもしないことを祈っていた。
冬が明けないことを望むのはおかしいだろうか。
俺たちは春に恐怖する。春を拒んでいるのだ。
霜の花よ、どうか散らないで。
桜の花よ、どうか咲かないで。
春の訪れを告げないで。
春の訪れを拒む
こんにちは、ミプレルです。
短いですが、1月中に投稿したかったので…。とか言いながら日付が変わってもう2月だと?← 私の中では眠るまでは1月31日です\(^0^)/
焦って書いたために誤字脱字やら言葉のおかしいところやら多々あると思います。随時修正していきます。中途半端なものを投稿して申し訳ないです…orz
今回は先輩から受けた相談を元に。私も今から散々先生に脅されています(笑えん
霜が桜に見えた云々は私の実体験です。いざ丹波篠山へ!と旅行に行ったときに木が真っ白だったんです。綺麗だったけど何より寒かった…!
実際霜なのかどうかわからないのですが、これ何なんでしょう(おい 霜というと地面なイメージがあるのですが、それだと霜柱ですし…あれ?←
それでは、読んで下さってありがとうございます。感想、アドバイス、誤字脱字の指摘等、お待ちしております。さてコラボ課題を頑張らないと…!
【追記】
2月1日 初稿
2月4日 修正
めんつゆ様に教えて頂きましたが、霜の花の正式名称は「樹霜」だそうです。
コメント1
関連動画0
オススメ作品
【Aメロ1】
こんなに苦しいこと
いつもの不安ばかりで
空白な日々がつのる
不満にこころもてあそぶよ
優しい世界どこにあるのか
崩壊する気持ち 止まることしない
続く現実 折れる精神
【Bメロ1】
大丈夫だから落ちついてよ...最後まで。終わりまで(あかし)。
つち(fullmoon)
眠い夢見のホロスコープ
君の星座が覗いているよ
天を仰ぎながら眠りに消える
ゆっくり進む星々とこれから
占いながら見据えて外宇宙
眠りの先のカレイドスコープ
君が姿見 覗いてみれば
光の向こうの億年 見据えて
限りなく進む夢々とこれから
廻りながら感じて内宇宙...天体スコープ
Re:sui
君は王女 僕は召使
運命分かつ 哀れな双子
君を守る その為ならば
僕は悪にだってなってやる
期待の中僕らは生まれた
祝福するは教会の鐘
大人たちの勝手な都合で
僕らの未来は二つに裂けた
たとえ世界の全てが
君の敵になろうとも...悪ノ召使
mothy_悪ノP
曲名「振り返らないわ」
作詞 熊丸貴人
1.戻らないわ 帰らないわ
歩いてきた道 振り返らないわ
たったこれっぽっちの 小さなことは
忘れなさいと 言われるのよ
消極的な 出来心は
誰からも 気付かれない
もうさんざんよ 無意味なことは
かまいはしない 捨ててしまっても...振り返らないわ
cl17
夕方の 瀬戸内を 君と僕 歩きたい
人生初の ビキニを 着てた 姿は とても 素敵な人と伝えたい
顔を真っ赤に してしまったね ほんとに 真っ正直だねと 思ったよ
可愛いくて 可愛いくて これからも 過ごしたい
泊りがけ 旅行に 同じ部屋 同士だった
浴衣姿の 君見て 心 おどっては とても 弾んで...高校生ラブストーリー
cl17
Hello there!! ^-^
I am new to piapro and I would gladly appreciate if you hit the subscribe button on my YouTube channel!
Thank you for supporting me...Introduction
ファントムP
クリップボードにコピーしました
ご意見・ご感想
七瀬 亜依香
ご意見・ご感想
こんばんは、七瀬です。新作来てたので読んだら…うっかり電車の中で泣きそうになったじゃないか!どうしてくれる!←
えー、今のは置いといて。凄い良かった…!リンとレンの不安定な気持ちは正に学生の心情そのままですな。日常の中にいると『今』が永遠のように感じるけど、別れの時は刻一刻と近づいていて。それが大事な人であればあるほど辛いもんですよね。離れたら見る世界も変わってしまうし関係も変わってしまうかもしれないし。凄く共感しました。
けれど、本当に大事な人となら例え離れてもずっと繋がってられるとも思います。実際新しい世界に行くのはそんなに怖くないよ…!
と、先輩ぶってみる←
何だか長くなりましたが、素敵青春鏡音にキュンキュンしつつ涙腺崩壊しそうです(ティッシュ並の堤防←
お題…は…お互い頑張ろう…orz。
素敵な作品ありがとうございました。ではでは、鏡音は正義!(笑)
2010/02/01 18:57:47
ミプレル
>亜依香さん
ぁあああ亜依香さんこんばんは!(落ち着け お世話になりっぱなしのミプレルです。ひえぇどうしよう亜依香さんからコメントだよわほーい!←
…の前に読んで頂けただけで嬉しいです泣きます(ぇ。ありがとうございます…!
この時期にはもう色々と決めて提出してしまっているので…別れがあるとすれば確実なものになっていると思います。でもきっとリンレンの関係…というか繋がりは切れないんだぜ←
てかいっぱい褒められてどうしよう…!単純な思考回路しか持ち合わせていないので素直に調子に乗ります(殴
こちらこそ亜依香さんの幼馴染み鏡音にキュンキュンしてます!あの子ら可愛すぐる今すぐお嫁に貰いに行きたいです←
お題…は…orz 一つ書いたものの、前編後編どこで区切ればいいかわからない+微妙に場所移動と指摘されても仕方ないところがある+やたら暗い+gdgd⇒没になりました。ダメなところだらけ?(^0^)/
難しいよお題。泣きたい…!
読んで頂いて、それからコメントまで本当にありがとうございました…!メールを開いたときに奇声を上げたなんて言えない!← ではでは、長い返信になってしまいましたがこの辺で。鏡音は正義!笑
2010/02/01 21:44:17