「ぐっ……」
首筋の痛みを我慢しながら、目を開ける。
目の前に広がったのは、どこかの執務室のような部屋だった。
どこかはわからなかったが……少なくとも警視庁の内部ではないと理解した。
「ターゲットのお目覚めですぜ」
「おう。ようやくか」
目の前には、二人の人物がいた。
一人は赤いスーツを着た女。もう一人は、自分のよく知る人物だった。
「レン、どうしてこんなことを」
「ごめんなせぇ課長。俺、ホントーはここのスパイなんでさぁ。あ、要望とあらば殺しもやりますがね、へへっ」
不気味に笑うレン。その表情は、もう海人の部下のものではなかった。
逃げようと手足をもがくも、動けない。椅子に縛り付けられていたからだ。
この状況から見るに、一瞬で誘拐されたのだと悟った。
「くっ、お前の目的は何だ」
赤いスーツの女に向かって問いかける。だが、女は答えなかった。
代わりにレンが言葉を紡ぐ。
「そりゃあんたを殺すことでさぁ」
くるくるくると、まるで手品のようにポケットから"それ"を取り出すレン……。
サバイバルナイフもかくやというほどの、長いナイフだった。
鼻の先まで、それを突き付けられる。
「っ……くそっ!なんで俺が殺されるんだ!?」
「あんたぁ勘が鋭すぎるんでさぁ。それで邪険に思った政治家さんからね、殺しの依頼を受けたんですよ。あぁ、受けたのは俺じゃなくて、あいつなんすけど」
「あいつって……?」
「グミですよ。いつもそう呼んでらっしゃるでしょう?愛しの恋人の名前を」
は?グミ?グミが?っ……。まさか。そんな。
「そのまさかでさぁ。そりゃびっくりしますわなあ?でも、あんたほどの聡明な人なら、気づいてもよかったのに」
「そんなはずはっ……」
「あんたが何といおうとも、残念ながら真実ですぜ?大体おかしいと思いませんでしたか、戸籍のない人間なんて普通いるわけねぇですぜ」
そう……いえば…。言われてみればそうだ。
戸籍がない人間なんて普通いない。仮にいたとしても、そんな人間がまともな社会で生きているとは考えられない。
どうして、そこまで頭が回らなかったんだ。
「気付くチャンスさえあったのに、あんたは気付けなかった。恋は盲目ですからねぇ、仕方ねーですよ。でもねぇ、その結果がこれでさぁ。あんたの人生はここまでってことになりまっせ」
ナイフの刃先が首筋に触れると、そこから、細い血がながれ出る。
「おいレン、誤って殺すんじゃねえぞ」
「わかってますよ。殺さない程度に切り刻んでやりまさぁ」
ぺろりと刃先についた血をなめるレン。
海人を見下ろすぎらついた目は、まさに今から捕食を始める肉食動物のようで。
海人は戦慄を覚えた。
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