ふと空を見上げると、大きな満月がミクを見下ろしていた。
 ミクは深い森の奥に迷い込んでしまったのだ。何でそんなことになったのかと言うと、家に届けられたミク宛の手紙の所為だ。

「もうっ! お兄ちゃんがあんなこと言うから!」

 色褪せて古めかしいその手紙の中にはミクをサーカスに招待すると書かれていた。招待券も兼ねているにもかかわらずミクの手の中で手紙はくちゃくちゃに握られていた。
 この手紙は、大人を迎えた人に手紙を出しているのだと書いてあった。
 大人を迎える、と言っても違いは法律でお酒が飲めるようになったということぐらいだ。ミクの住んでいる国は、18歳で飲めるようになる。その誕生日をミクは昨日迎えたばかりなのだ。
 このティストンペ(Tistompe)の森の出口でやっているという。
 しかし、いつもなら30分もあれば抜けられる森が抜けられず、ミクは2時間以上も森の中を歩いていた。兄に見つからないように抜けだして来た関係で、正規のルート…――つまり、森の外に出る為の整備された道を通って来なかったのだ。

 父の仕事の手伝いの関係で村の外をよく出るミクは、その道のそばを通っていたつもりだったが、迷ったらしい。

 いつか都市に出てみたいと思っていた。
 都市には素敵な服や、美味しい料理。他にも様々な面白い物がある。サーカスもそのうちの一つだ。今まで見たことはないが、熊や象が玉乗りし、空中ブランコで人が宙を舞うのだ。ライオンが火の輪潜りなんてどんなに勇ましいことだろう。

 しかし、その手紙にサーカスの入場無料券が当たったと家族に見せると、兄が行ってはいけないと酷くミクを叱咤した。「その手紙は今すぐ燃やせ!」と普段は怒らない兄が酷く怖かったが。

「お兄ちゃんがサーカス見たいからって、あんなに怒ることないじゃない!」

 きっと兄はサーカスに行ったらそのまま帰ってこないと怯えているのだ。
 愛を誓いあっていた人が、居なくなってしまったから。

 突然の失踪だった。
 置き手紙もなく、彼女は忽然と消えた。
 この小さな村で結婚しようとも約束していた相手だ。
 兄が大好きなミクにとってそれはある意味で悔しいものだったが、あの気立てが良くて誰にでも優しい、ベリーパイが上手なあの人をミク自身も大好きになってしまった。それなら兄とも一緒にやっていっても良いかと思っていた。

 そんな折に、彼女は消えてしまったのだ。

 もぞもぞと手紙を開けて、もう一度中を確認する。
 兄が破って部屋にまで持っていってしまった手紙がミクの部屋の机に置かれていた。きっと、父か母のどっちかが兄の所から取り返してくれたのだ。しかし、破り裂かれたはずなのに完全にもとに戻っている。きっと兄は手品でも使って、自分の代わりに遊びにいくつもりだったのだろう。
 それを持って、夜にこっそり抜け出した。
 サーカスの開園時間が11時と夜遅く。出たのは9時を過ぎた頃。
 きっと開園してしまっている…――。

「あー! もう、疲れたー!! お兄ちゃんの馬鹿ぁー!! …――あれ?」

 明かりがある。
 ミクは光に誘われる虫のように、その草むらを抜けると、そこには立派な洋館が立っていた。枯れたツタが壁を伝って、少々不気味だ。

「こんな屋敷、あったかしら…」

 しかし、生まれてこの方、こんな建物など見たことないし誰から聞いたこともなかった。その事に口をあんぐり開けて、不気味だと思いながらもミクは引き寄せられるようにその館へ駆け寄った。

 中に住人はいるようだが取っ手が泥に塗れて汚い。ドアも古いからか、傷だらけだが…――夜も遅い。今日は、此処に泊めさせてもらおう。
 コンコン、と扉を叩く。

「誰か、いませんか…?」

 もう一回叩こうかと思ったら「お待ちください」と丁寧な言葉が聞こえてきた。
 ぎぃい、と耳を痛めつける軋む音を立てて扉が開かれた。

 ミクを見て、にこりと笑う青年は20代ぐらいだろう。黒い燕尾服の胸ポケットに、ネームプレートが付けられていた。白いプレートに、黒い文字で『神威』と書かれていた。

「おやおや、お困りですか?」

 しかし、その青年は格好良い。兄と比べたら…――まぁ、兄の方が格好良いが、その次ぐらいに格好良い。そう言うわりにはミクの鼓動は高鳴って、熱が頬を痛め付けていた。

「すみません。えっと…――森で、迷っちゃって…」
「そうでしたか」
「ようこそ」
「不思議ノ館ヘ」

 突然聞こえてきた二つの幼い声に目を見開く。
 何時の間に居たのだろうか。ミクよりも幼い子が2人…――15歳くらいだろうか。こちらも、ネームプレートが付けられている。多分、プレートがついているのだから使用人だと思うのだが…――オシャレな格好をしている。男の子の方は黒いベストに白いワイシャツ。きゅっと胸には蝶ネクタイを締めている。女の子の方はレースをあしらったワンピースだ。こっちも黒い。

 男の子はレン。女の子はリンとネームプレートが教えてくれた。

「お疲れでしょう。奥へどうぞ」
「僕、ルカに教えてこよ~っと!」

 バタバタ走っていくレンの後を追って、リンは無表情でついていった。レンとは違って大人しい子だ。もうちょっとレンのように愛嬌をくれたって良いのに。
 それから続けて、グミと呼ぶ。すると、左奥の扉からメイド服の女性が姿を現した。はぁい、と明るい彼女は近寄ってくると手をあわせた。この人も、ネームプレートがつけてあって名前をグミと言うらしい。

「まぁ、こんな時間にお客様! 大変、寒かったでしょう?」
「お茶の用意をお願いします」

 はぁい、とグミは先程出てきた部屋に戻っていった。

「彼女のお茶はおいしいですよ。出来上がるまで居間にご案内いたします」

 此方へ、と先を歩いていく神威の後を追う。右奥の扉を開くと、暖炉のある部屋に導かれた。その真正面には大きな振り子時計だ。
 金色の、少し太くも思える長針と短針は、11時56分を指していた。
 こんな時間では、きっとサーカスも終わってしまっている…──そう思っただけで、今まで誤魔化してきた疲れが溢れ出てきた気がした。

ライセンス

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  • この作品を改変しないで下さい
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Bad∞End∞Night【自己解釈】①~君のBad Endの定義は?~

バッドエンドは残念なストーリーの終わり方を言う。
しかし、バッドエンドを誰が『バッドエンド』と決めるのでしょう。

僕は、彼らのバッドエンドをこう見た。

そんな『Bad∞End∞Night【自己解釈】①~君のBad Endの定義は?~』

かなり長編です。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

読んでくださった皆様には、どう映るでしょうか?

では、素敵なハッピーエンドを。


本家様
http://www.nicovideo.jp/watch/sm16702635

閲覧数:328

投稿日:2012/10/02 08:47:13

文字数:2,559文字

カテゴリ:小説

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