客間のドアを閉めると自然と溜息が漏れた。最初から緋織に感じていた違和感、どこかすっぽりと抜け落ちた様な喪失感、あの2人に対する絶大な信頼、愛情…それが歪んだ中で生まれたのかと思うと堪らなかった。
「ふ…ん…?鈴夢…?」
「あ、ごめん、起こした?」
緋織は眠そうに目を擦りながら起き上がると、頼りない足取りでこちらに歩いて来た。
「眠れない?」
「うん…。」
あの後緋織からは怯えと嫌悪が痛い程に伝わって来た。それと少しだけ思い出したのであろう昔の記憶への恐怖。犯人の快楽に塗れた感情さえ生々しくて眩暈がした。
「好きだ。」
「え…?」
「緋織が好きだ。だから俺が緋織を守る。」
腕に抱いた緋織がカッと熱くなるのが解った。少し躊躇いがちに背中に手が回され、鼓動が速くなった。それでもややあって胸を押し返された。
「私…そんなに思われる資格無いんです…あの時だって怖くて、苦しくて、言われるままに証言して無実の人に罪を着せて…その償いだって出来ないのに…!なのに!」
「僕は子供から賠償なんて貰うつもり無いよ。」
「――っ!!」
驚いて振り向くと日高がドアの脇に立っていた。いつの間に入ったのだろうか気が付かなかった。顔を歪めた緋織が背に隠れる様に震えながら腕を掴んだ。
「何が目的なんだ?佐藤莉子と関係が?」
「…このゲームとテストは元々俺が考えた物だったんだ。心理学の研究からゲームの調査から…莉子はそれを支えてくれて一緒に頑張ろうって言ってくれてた。だけどある日いきなり警察が来て俺が捕まって…莉子はずっと僕の無罪を主張したけど、恋人や親族の証言は聞き入れて貰えなかった。」
日高は腕を組んだまま少し目を伏せると、ポケットから一枚の封筒を取り出した。
「あんた等が持ってる最新型の小型GPS内臓認証装置、開発総称『MacGuffin』設計プログラム、及びこのゲームのプロジェクト全容パスワード、数日前莉子から僕宛に郵送されて来た物だ。」
「どうして…?」
無言のまま日高は封筒から1枚の紙を引き出すと、こちらに渡した。
『『∞』は鴇彦の物だから絶対完成させてね、それからごめんなさい、今でも鴇彦が大好きです。 莉子』
「これ…。」
「…莉子を助けてくれ…。」
崩れる様に床に手を付くと、搾り出す様な声で言った。
「あいつのした事は悪い事なんだって解ってる!参加者を苦しめた事も許される問題じゃない!だけど…!莉子は嵌められたんだ…苦しんでいる所に付け込まれて利用されただけなんだ!僕なら何だってする!消えろと言うなら消える!だから莉子を…莉子を僕に返してくれ!」
悔しそうに泣いている日高を緋織がうろたえながら宥めていた。日高に恨みや憎しみは微塵も感じなかった。彼女を守りたいと言う思いだけが満ちていた。
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