町針さん

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toru12tokoku

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イチオシ作品

片隅の残骸

「え、家事出来ないの?」  マスターの言葉に私はただ頭を下げた。 「申し訳ありません」 「店の主人はそういう機能もあるって言ってたのになぁ…」  説明書を見ながらマスターが溜め息を吐く。  やっとマスターと出会えたのに、その出会いから数分で私には返品のレッテルが貼られていた。  いや、最悪の場合は廃棄処分か。  初期型の売れ残りで、店の片隅に押し込められていた私を処分したくて、きっと店の主人が嘘を吐いたのだろう。  ぱらぱらと説明書を見続ける険しい顔のマスター。  私はぐっと覚悟を決めて、一歩マスターに近付いた。 「あの、返品なら早い方がよろしいかと」 「へ?」 「廃棄処分なら、尚更です」 「え、ちょっと待って」  マスターが驚いた顔で私を見て、慌てて片手を振る。 「僕そんなこと言った?」 「いえ…。ですが、私はマスターのご希望に副うことは出来ません。ですので」 「えーっと、メイコ?」  説明書の名前を見て、マスターがぎこちなく私の名を読んだ。 「はい」 「確かにメイコは家事出来ないみたいだけど…」 「はい。ですので、私はマスターの」 「こ、ら。まだ僕が喋ってるでしょ」  頭を軽く小突かれて私は黙り込む。 「確かに家事が出来るやつが欲しかったけど、メイコは何も出来ないってわけじゃないでしょ?」 「はい…」  頷いたものの、私は自分に備えられた唯一の機能を口に出来なかった。  歌を歌うしか出来ないアンドロイドなど、今の世界にはいないだろう。  進化し続ける技術によって、今や家事も車の運転も、人間と同じレベルで出来るアンドロイドが溢れている。 「えーっと…そうか、メイコは歌が歌えるんだ」  私はマスターの言葉に顔を上げた。  マスターはまるで褒めるようににっこり笑って、良いね、と呟く。  歌しか歌えないのか、と言われてがっかりされるのかと思った。 「…あの」 「ん?」 「ご返品、は?」 「え、しないよ? あ、もしかしてメイコは僕みたいなマスター嫌だった?」 「いいえ! 私がそのようなこと…」 「じゃあ良かった」  マスターが笑って私の頭を撫でる。  その手のひらの温かさに私もつい微笑んだ。  歌しか歌えないけれど、感情や表情だけは人間に近いくらいに表現出来る。  マスターが驚いたように私を見たけれど、すぐにまた微笑んで説明書片手に私の手を引いた。 「学習機能は付いているよね?」 「はい…。歌以外に応用出来るのかはわかりませんが…」 「よし。じゃあ僕が料理から教えるよ」 「…はい、マスター」 「ああ、だめだめ。僕は家族が欲しかったんだ。だからマスターはもう禁止」 「ですが…」 「名前で必ず呼ぶこと」  キッチンのシンクの前で立ち止まり、マスターが私の手を放した。 「名前、ですか…」 「そう。最初に自己紹介したよね?」 「はい…」  私が目覚めて一番最初に、マスターが名乗った名前。 「ほら、呼んで」 「はい…。カイト、さん…」  私が呼ぶと、マスターが嬉しそうに微笑んだ。  揺れるマフラーに隠れた首筋。  そこにちらりと、アンドロイドを示すナンバーが刻み込まれていた。

投稿日時 : 2011/05/26 11:49

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