「え、家事出来ないの?」
 マスターの言葉に私はただ頭を下げた。
「申し訳ありません」
「店の主人はそういう機能もあるって言ってたのになぁ…」
 説明書を見ながらマスターが溜め息を吐く。
 やっとマスターと出会えたのに、その出会いから数分で私には返品のレッテルが貼られていた。
 いや、最悪の場合は廃棄処分か。
 初期型の売れ残りで、店の片隅に押し込められていた私を処分したくて、きっと店の主人が嘘を吐いたのだろう。
 ぱらぱらと説明書を見続ける険しい顔のマスター。
 私はぐっと覚悟を決めて、一歩マスターに近付いた。
「あの、返品なら早い方がよろしいかと」
「へ?」
「廃棄処分なら、尚更です」
「え、ちょっと待って」
 マスターが驚いた顔で私を見て、慌てて片手を振る。
「僕そんなこと言った?」
「いえ…。ですが、私はマスターのご希望に副うことは出来ません。ですので」
「えーっと、メイコ?」
 説明書の名前を見て、マスターがぎこちなく私の名を読んだ。
「はい」
「確かにメイコは家事出来ないみたいだけど…」
「はい。ですので、私はマスターの」
「こ、ら。まだ僕が喋ってるでしょ」
 頭を軽く小突かれて私は黙り込む。
「確かに家事が出来るやつが欲しかったけど、メイコは何も出来ないってわけじゃないでしょ?」
「はい…」
 頷いたものの、私は自分に備えられた唯一の機能を口に出来なかった。
 歌を歌うしか出来ないアンドロイドなど、今の世界にはいないだろう。
 進化し続ける技術によって、今や家事も車の運転も、人間と同じレベルで出来るアンドロイドが溢れている。
「えーっと…そうか、メイコは歌が歌えるんだ」
 私はマスターの言葉に顔を上げた。
 マスターはまるで褒めるようににっこり笑って、良いね、と呟く。
 歌しか歌えないのか、と言われてがっかりされるのかと思った。
「…あの」
「ん?」
「ご返品、は?」
「え、しないよ? あ、もしかしてメイコは僕みたいなマスター嫌だった?」
「いいえ! 私がそのようなこと…」
「じゃあ良かった」
 マスターが笑って私の頭を撫でる。
 その手のひらの温かさに私もつい微笑んだ。
 歌しか歌えないけれど、感情や表情だけは人間に近いくらいに表現出来る。
 マスターが驚いたように私を見たけれど、すぐにまた微笑んで説明書片手に私の手を引いた。
「学習機能は付いているよね?」
「はい…。歌以外に応用出来るのかはわかりませんが…」
「よし。じゃあ僕が料理から教えるよ」
「…はい、マスター」
「ああ、だめだめ。僕は家族が欲しかったんだ。だからマスターはもう禁止」
「ですが…」
「名前で必ず呼ぶこと」
 キッチンのシンクの前で立ち止まり、マスターが私の手を放した。
「名前、ですか…」
「そう。最初に自己紹介したよね?」
「はい…」
 私が目覚めて一番最初に、マスターが名乗った名前。
「ほら、呼んで」
「はい…。カイト、さん…」
 私が呼ぶと、マスターが嬉しそうに微笑んだ。
 揺れるマフラーに隠れた首筋。
 そこにちらりと、アンドロイドを示すナンバーが刻み込まれていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

片隅の残骸

閲覧数:153

投稿日:2011/05/26 11:49:49

文字数:1,303文字

カテゴリ:小説

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  • re・ももた

    re・ももた

    ご意見・ご感想

    出だしのメイコの切なさに胸がキュンとして、
    ラストのオチになるほどってなりました。
    二人が、ほのぼのと幸せなって欲しいです(#^.^#)

    2011/05/27 00:07:49

    • 町針

      町針

      ありがとうございます!
      メイコが家事を覚えるかは不明ですが、なんとかうまくやっていくのだと思います。
      とにかく出だしとオチにこだわっていたので、そういうコメントを頂けるととても嬉しいです!

      2011/05/27 21:47:56

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