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いつも外出の時には使っている鞄に、財布と鍵とケータイも放り込むと、フードの付いたジャケットを羽織ってフードの中にエイトを収まらせる。
肩に乗せるよりは安定するだろうし、抱えて運ぶよりも楽だ。
通い慣れた道を普段より時間をかけて歩く。

「ますたぁ。どこに、いくの…です…か?」

『……んー…』

エイトの問いに、足は止めないまま少しだけ考える。
正直、咄嗟の思い付きにより出て来たので、何処に行くとか何をするとか考えていない。

買い物? エイトを連れて? ……無いな。

小さくても動物ではないし、比較的に行儀も良さそうだから、トラブルはないと思うが。
それでも、いきなり慣れない人混みは避けて通るべきだろう。
こちらの管理が行き届く自信もない。

友人の家……は、アポ取ってからでないと。

何れ近く日取りを見て、エイトのお披露目に行くつもりではあるのだが。
相手にも都合というものがあるだろうから、あまりに急な押しかけは出来ない。

ただ、このまま住宅街を徘徊は虚しい……。


『……そうだな、公園にでも行くか』

少しばかり遠くはあるのだが。
その分、暇も潰れる。

「……こうえん…」

『桜は、まだ咲かないだろうけれどな』


公園と言っても、狭い建物の隙間で子供等の遊び場になっているそれではなくて、広大な土地に季節折々の花を咲かせた植物園に近い場所だ。
春から初夏にかけては、まさに百花繚乱……ついでにレジャーに来る人間もかなり多い。
しかし、まだ冬枯れの季節だから犬の散歩の地元民を除いて人出は少ないだろうし、冬に咲く花がまったくないわけでもない。
白と紫の葉牡丹や、四季咲きのパンジーに、勿忘草……クリスマスローズ……。
一週間後なら早咲きの河津桜も楽しめたのであろう。

……梅は……咲いているかも、な。

比較的に植物の種類が少なく、あまり普段は選ぶことのない小さな梅林を通るルートへ、足を向ける。

「……ますたぁ、は……こちらには、よく、いらっしゃる…の、ですか?」

『春と秋は、な……真夏は暑いし冬はあまり見るものがない』

……暇人だと思うか?

まだ若い割には枯れた趣味だと。
以前、誰かにからかわれたことがあったと、思い出して問うが。
エイトはふるふると小さく首を横に振った。

「……ここは……とても…きもちの、よい…ばしょ…ですから」

『そうか』

「……だけど」

『あぁ』

「…ひろく…て…まいごに、なります……」

『……』

何だ、それは。

思わず笑ってしまいそうになった。
しかし、実際に人間の視点から見ても広いと感じられて、しかも場所によっては生い茂る樹木に視界も遮られる。
小さなエイトの姿など、一度でも見失ったら再び見つかる保障はないな。
気をつけてやった方が良いかもしれない。


「……あ…」

不意に、微かな風が吹き抜けて。
エイトが声を上げた。

『ん……?』

「ますたぁ。かおり…が……」

どうやら、いつの間にか梅林が目の前という場所まで来ていたらしい。
積雪か雲海さながらに花を咲かせる桜や桃に比べてしまえば、花弁も小さめで華やかさに欠けるかもしれない……しかし、その分だけ芳香を纏って、可憐に咲き揃った紅白。
梅は百花に先駆けて咲く、と言うが。
正しく寒々しさが残る景色の中にありながら何より春の訪れを感じさせる、その色と香。

「……はる…なんです、ね」

エイトも、同じように感じたのか。
ぽつりと小さく独り言に近い呟きが落ちる。

しかし…こうして改めて見ると……。

『結構、種類があるものなんだな……』

昔から日本人に愛されてきた植物なのだから当然かもしれないが。
花の形を見ても、一重に八重。
色合いも白から紅の濃いの薄いのと。
たまには地面に届くほどに長く枝垂れた樹もあったりして、本当に見事だ。
そして……。

『……これ…』

一本の樹と、掛けられたネームプレートに、目を留める。

『南高梅だ』

「……なん……?」

『大きい梅干しが出来る』

個人的には、小さくてコロコロした梅干しが好きだが。
南高梅の梅干しは美味しいらしい。
……食べたことはないが。

「……うめぼし…より……うめしゅ、が……のみたい…です」

少し考え込んでから、エイトはそう答えた。
いや……まぁ、何と言うか。
そんな風に真剣な表情をして言われたとて、正直、反応に困るのだけれどな。

……梅酒……ね…。

ちょっと、種の子の知識や常識は、どういうレベルにあるのだろう。
南高梅は知らなくても、梅干しや梅酒ならば自らの嗜好まで含めて答えられるのか。
これが積み重ねた経験によるものであれば、知識にむらがあるのも理解出来る。
しかし、相手は昨日今日生まれたばかりの、そういう意味では白紙状態だからな。

それと。

『飲むのか』

お酒。

まあ。
霙酒を苗床に育った子だから、飲めないとは思っていなかったけれど。

『好きなのか?』

「はい」

こくん、と頷かれる。
それなら。

『アイスと、お酒、どちらが良い?』

そう訊いてみると。

「…ぇ…ええ……?」

あぁ、いや……。
純粋な興味から訊いてみただけのことだ。
何も、これから先、どちらか選択した方しか買い与えないだとか、そんな話ではない。

だから、そこまで動揺しなくても……。

とりあえず苦笑を堪えて背中を撫でてやる。
と、エイトが顔を上げた。

落ち着いたか?

「……あの、ですね……ますたぁ…」

『うん』

「えっと…ぼくは……あいす、が、ないと…いきて、いくこと…できない…の…です……かれて、しまいます」

『あぁ』

「だけど、おさけ…も…のみたい…です」

『そうか』

何か、やたらと深刻なことのように言うが、要はどちらも捨て難いということだな。
それはそれで別に良いと思う。

「……きちんとした…こたえ…だせなくて…ごめん、なさい……」

うなだれてしまうエイトは、律儀というか。
可愛いとは思うけれど。





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ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

続々・KAITOの種を蒔いてみた

一部、少しだけ実話が入っていたりします。

いつの間にか春ですね。
そろそろ世間では梅や河津桜とは言わずに染井吉野さえ咲く頃となりそうですが……
作中は二月頃ということでお願いします。


種の配布所こと本家様はこちらから↓

http://piapro.jp/content/aa6z5yee9omge6m2





桜を見に行きますか?↓
http://piapro.jp/content/arserg270vkr44db

前回↓
http://piapro.jp/content/qeu6vaes5kqn23lv



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投稿日:2010/03/15 03:40:22

文字数:2,508文字

カテゴリ:小説

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