†††

漆黒の夜空を背景に、ハラハラと仄白く桜の花びらが舞う。
羽織ったパーカーのフードに納まるエイトが身動いで、花びらを捕らえようとするように立ち上がり精一杯に身を乗り出しては、空に手を伸ばす。

「……きれい…」

ほぅっ、と小さく溜め息交じりに耳に届いた声は、まるで周囲の静寂に遠慮したように、秘やかに押し殺されたそれで。

『……そうだな』

こちらも口数少なめに――もともと、多弁な性質でもないが――返す。

ぽすり。

背に微かな振動があって、どうやらエイトが花びらを追うことを止め座り込んだらしいと知る。
当然、その姿まで見えるわけではないので、望み通りに花びらを捕らえたのか、それともただ花びらを追うことに飽きただけなのか、そこまで分かりはしないが。

……あぁ、確かに美しい。

暫し、立ち尽くしたまま頭上の桜に見入る。
日中の柔らかな陽射しと青空の下で、絢爛と華やかに咲き誇る様とは、また少し雰囲気が違う美しさだ。
いわゆる夜桜の見物スポットとしての整備が為された場所ではないので、ライトアップも何もないのだが、やや遠い街灯と空にかかる満月の光を十分に含んで、少し怖いくらいに幻想的だと思う。


「……ますたぁ」

どれだけの時間を眺めていただろう。
傍らで一緒に桜を楽しんでいると思っていたエイトが、ふと何かに気が付いたように声を上げた。

「…くるま…が……」

その言葉に振り向いてみれば、確かに一台のミニバンが、他には人の気配も感じない道の向こうからこちらへ近付いて来るところで。
この先は行き止まりだから、あのミニバンが道を間違えたのでもない限り目的地は我らが今居る桜の木だろう。
エイトは、意外に警戒心が強いらしい。
緊張したように身を固くしてバンを見つめている。

『来たか』

一方、それは私には良く見慣れた車で。
闇に慣れた瞳には些か眩しくも感じる、そのヘッドライトに目を眇めつつ、小さく呟く。

「…ますたぁ。あれを……ごぞんじ…なの、ですか…?」

『友人の車だからな』

ついでに言えば、その友人を呼び出したのも自分だ。

だから安心して良い、と。
軽く宥めるようにエイトの背を撫でる。
そうする間にも、目の前へと滑り込むように近付いて来たミニバンは、そのままゆっくり減速して……。
停まるよりも前に、いきなり後部席のドアが勢い良く開け放たれた。


…………えっ――!?


「…キミーーーッ!!!!」


――……あ。

『ってぇええええ!!!?』

「…っ、……ますた…!」

……正しくロケットダイブ。
文字通りにミニバンの中から飛び出して来た鮮やかな黄色に、正体を確認しよう間もなく飛び付かれて、避けることも出来ないままに押し倒される。
小さな悲鳴と髪を引かれる感触は、エイトが振り落とされまいとしがみついたのか。

……痛い。

だが、幸い尻餅をついた程度で済んだ。
とりあえずエイトに怪我がなければ良いが。

『…っつー……エイト? 無事か?』

「……は、い…」

『そうか…それなら良かった……』

「あーっ! ずっけぇ! オレもオレも!!」

「きゃあ」

『うわっ!?』

再びの衝撃。
今度は伸し掛かる重さが倍になる。

何だと言うんだ、まったく。

腹から膝の上にかけて見下ろせば、そこにはポサポサとした黄色い頭。
セーラーカラーの服に、パステルイエローの上着を羽織った、ミドルティーンの少年。
そして、少年と腹の間に挟まっている黄色い頭がもうひとつ。
こちらは白いリボン付きの少女。

『……リイ…レイ…』

思わず溜め息が出る。

「キミ!」

「久ちぶりなのっ」

「会いたかったんだぜ」

「寂ちかったんだからねっ?」

「最近」

「家にも来てくれなかったちっ」

「どうしてたんだよ」

「今日は遊んでくれるよねっ?」

「退屈させんなよな!」

「絶対なのっ!」

停車するまではドアを開けるものではない、とか。
いきなり人に飛び付くのは危ないから控えて頂きたい、とか。
とりあえず地面は冷たいし二人は重たいので腹の上を退いてください、とか。
言いたいことはあれど。
畳み掛けられるユニゾンの威力に気圧され、結局は何一つ出て来なくなってしまう。
鏡音とは恐ろしいものである。

可愛い……けれど、な。

いったいマスターは何をしている。
と。

「何やってんの、お前らは」

呆れたような溜め息と共に、上に乗っていた黄色が一つ、引き剥がされた。
剥がしてくれたのは、セーラーカラーの上にこちらはライトオレンジの上着の少年。

『……レツ』

やはり髪は黄色くて、引き剥がされた少年と同じ顔と同じ声をしていて、きっと知らない人間には双子のように見えるのだろう。
少年の片割れは、もう一人の少年ではなくて白いリボンの少女なのだが。

「キミさん、大丈夫?」

『あぁ』

「ホンット、コイツら毎回の如くメーワクですんません……」

「酷いっ! リイが迷惑って言うのっ!?」

「そうだ! カッコつけんな、レツ!」

「…あー…もう……っ!」

まだ腹の上にいたリイも引き剥がして、頭を下げたは良いが、双子からの反撃をくらって唸り声を上げるレツに、申し訳ないが思わず笑ってしまう。
いつだって自由奔放なリイとレイに、レツが振り回され気味なのは、見慣れた光景だ。
見た目は似ているのに、この個性は何処から来るものなのだろうな。


「……ますたぁ」

ついつい、と髪を引かれて。
エイトを見やれば、何となく機嫌が悪い……少し違うな……戸惑っているような、釈然としないような、そんな表情をしていた。

「…かれら…は……」

『ん…? あぁ……友人の家の、鏡音リンとレン…は、解るな?』

「ぼーかろいど…ですから」

……そうか。
小さくても種でもKAITOはKAITOか。

…って、そうじゃなくて。

『最初に飛び付いて来たのが、リイ。リンのAct.1だからリンイチを略してリイらしい。弟はレイ。もう一人のレンはAct.2だから、レンツーでレツ……だな』

「…さんにん、とも……?」

『友人の家の子だ』

正確には、レツにも双子の片割れがいるので四人だが。

二組の鏡音がいるのは、友人が初めに買った二人がAct.2だったせいだ。
Act.1のボディには追加機能としてAct.2の声を載せることも出来たらしいが、その逆は無理だったらしい。
友人はとりあえず店頭に出回っていたからとAct.2を購入したは良いが、後になってからやはりAct.1も欲しくなったが為に、現在の光景に到ったというわけである。

「…キミ、キミっ!」

トンッ。

また軽い衝撃があって。
今度は腕に絡み付いてきたリイと目が合う。

……レツの説教は終わったのか?

「ねっ! それ、何っ?」





†††

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

【KAITOの種】種と鏡音と夜桜宴会・前編【蒔いてみた】

お花見編です。

続きはまた後日に…
今回はちょっと文章のキリが悪いかな……


種の配布所こと本家様はこちらから↓

http://piapro.jp/content/aa6z5yee9omge6m2





後編↓
http://piapro.jp/content/07jdldj5dod9iz2b

第一話↓
http://piapro.jp/content/9rmd8ggl3ijhzgfe

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投稿日:2010/04/05 01:38:17

文字数:2,837文字

カテゴリ:小説

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