メインは白身の魚のグリルで、ラタトゥイユとじゃがいものグラタンが添えられていた。ぱりぱりと綺麗に焼かれた魚にナスやズッキーニなどをトマトで煮込んだ野菜がさっぱりと食欲を刺激する。そしてホワイトソースとチーズが絡んだじゃがいもが甘く優しい。
 女の子は料理を口に運び、その美味しさにうっとりと眼を細めた。
 確かに。と給仕が言っていた言葉を思い出しながら女の子は思った。私はとても疲れていたのかもしれない。身体が美味しいもの優しいもの温かなものを欲している。何を疲れていたのだろう。そう思考を巡らすけれど、疲れた理由の輪郭は揺れてほどけて、曖昧に形を変えてしまい、なかなか理解できなかった。
 ただ、だれかを傷つけるための言葉を紡いだような気がする。
 傷ついたのは自分ではないはずなのに。傷つけられたわけではないはずなのに。
 なぜに、こんなにも疲れているのかしら?
 そんな事を思いながら女の子は魚を口に運んだ。淡白な味のするその魚は、けれど物足りなさは無く。もぐもぐと咀嚼をして。魚とラタトゥイユと一緒に食してみたり、パンをちぎって口に運んだり、お水を飲んでみたり。そうやってゆっくりと食事を味わっていくと、少しずつ少しずつ、何かが癒されていくような気がした。
 長い事、ここで、こうやって食事をしているような気がする。ずっと夜の中で過ごしているような気がする。明日は自分の隣に座り込んだまま、なかなか目の前にやってこないような気がする。ずっとひとりきりで食事をとって、そしてぼんやりとしたものを持て余して、ずっとここに居続ける様な気がする。この藍色の夜と淡く白い月だけがずっと続き、鮮やかな極彩色の朝など、永遠に来ないような気がする。
 不思議な事。とふわふわ揺れる思考にめまいを感じながら、女の子はまるで夜の闇の底にあるようなこの食堂を再び見まわした。
 気がつくと、客はもう、女の子だけだった。
 もうこの店は閉店なのだろうか。そう不安に思って女の子が視線を巡らすと、それに気がついた給仕が傍にやって来た。
「どうか、しましたか?」
そう問い掛けてきて。その声の穏やかさにほっとしながら、女の子は、まだ私はここに居ても大丈夫ですか?と訊いた。
「閉店時間は過ぎていませんか?もし迷惑でしたら、帰りますので。」
少女の心配に、給仕は安心させるような微笑みを返してきた。
「大丈夫ですよ。だって貴女はまだ食事を終えていないじゃありませんか。」
「けれど。」
「ここには閉店時間はありません。むしろ、お客様がいらっしゃる方が私は張り合いがあるんです。だから、いてください。」
そう給仕が少し笑みを含んだ調子で言ったので。女の子は安心しながらも、それでは。とひとつ、提案をした。
「それじゃあ、一緒に食事をとってください。ひとりきりは、やっぱりさびしいから。」
そう言ってからふと女の子は、自分はひとりきりになる事を望んだのではなかっただろうか?と思った。
 そう、そうだ。自分はひとりになる事を選んだはずだった。やり直すために。休むために。見直すために。そして、そう望んだくせに、本当にひとりきりになると不安になって周囲を見回して。なんてわがままな事だろう。
 そんな事を考えていた女の子に、少々お待ちください。と給仕は言ってテーブルから離れた。
 給仕の、まるで月の光が作る薄いガラスのような影を思わせる、痩身の背中を見送りながら、女の子は皿の上に残っていた最後のひとかけらを口に運んだ。
 最後のひと口が身体に入り、内側から何かが満ちていく気配を感じた。そう、これが最後のひと口。これで終わり。もう自分は疲れていない。もうこの夜の底から浮上しなくてはいけない。
 そんな事を思いながら、かちゃりとカトラリーをそろえて皿の上に置くと、給仕が店の奥から再び現れた。慣れた手で、空いた皿を下げ、そして食後のコーヒーとデザートを二人分、テーブルの上に並べる。
あら、と女の子が顔を上げた。女の子の期待と不安に満ちた眼差しを受けて給仕は微かに笑むと、下げた皿は隣の空いている席に置き腰に巻いていたギャルソンエプロンを外し、女の子の前の椅子に座った。
「お言葉に甘えて、一緒に頂いてもよろしいですか?」
そう少しはにかむように言う給仕の顔はよく見えない。自分自身がなんだか気恥ずかしくて、ちゃんと見る事が出来ないだけなのかもしれない。
 ええ。と同じようにはにかむように答えた女の子の耳元で、空気の泡が水の中で浮上して水面に向かおうとしているような、そんな音が響き始めた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

夜の底の食堂・2~月光食堂~

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

ぬーさんの月光食堂を聴いて、ゆらゆらと輪郭があやふやなものがずっと浮かんでいて。
昨日、市蔵さんのリミックスを聴いて、そうか!と出来上がりました(笑)
なにが、そうか!だ(笑)

この作品も、いっこ前の月光の底もかなり自己流解釈の物語となっているので、こんなのちがう!と思われたら申し訳ないです。

ところで、話は変わりますが。
なんだかピアプロの画面が白くなりがちなのだけど、これは我が家のパソコンのせいなのか。はたまた私の投稿作品が増えてしまったせいなのか。
もし、後者が理由ならば、ちょっと作品のお引越しを考え中です。
なんか、気がつくといっぱいになってるからなあ。

原曲様・ぬーさん
【初音ミク】月光食堂【オリジナル】
http://www.nicovideo.jp/watch/nm12411212

閲覧数:171

投稿日:2011/01/09 15:37:27

文字数:1,887文字

カテゴリ:小説

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  • 藍流

    藍流

    ご意見・ご感想

    こんばんは、藍流です。
    まだ聴いた事の無い曲だったので、聴きながら読ませていただきました。

    原曲様もリミックス版も、凄く素敵な曲ですね! どちらもすっかり大好きになってしまいました。
    特に原曲様は、癒されるというか、癒される事で「あ、疲れてたのか」と気付かせてくれるような曲で、sunny_mさんのこのお話がしっくりきました。

    出てくるお料理も凄く美味しそうで、お腹と気持ちが満たされる感じが伝わってくるようでした。
    こんな素敵な食堂、私も行ってみたいですね~。

    2011/01/09 20:36:43

    • sunny_m

      sunny_m

      >藍流さん
      読んでいただきありがとうございます!!
      原曲様もリミックス版も、それぞれの個性があって面白いですよね?!
      私は今まさに、疲れているので原曲様の方をリピートしてます(笑)

      料理は、私、自他共に認める食いしん坊なので熱の入れようは半端ないですよ☆
      あとこっそりと料理関連の仕事をしているから、というのもあります。
      (自分の持ちネタをこんなところに活用してみる・笑)
      だけどやっぱり、作ってもらう方が嬉しいですね。
      こんな素敵食堂、近くにできてくれないかな?。

      2011/01/11 22:47:15

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