1.


「主上!」


返事がない。


「主上ッ!!」


返事がない。


「しゅううううぅぅぅじょおおおおぉぉぉーーーっ!!!」


ビルを震わせる大音声が響き渡った。
あちこちでパソコンやテレビがブラックアウトし、エレベーターが緊急停止する。
あとゴンドラに乗って窓ガラスの清掃作業をしていたAさん(19)が、「もう嫌だ! オラ田舎に帰るだ! トメ子ー!」と泣き叫んだとか、泣き叫ばなかったとか。

「あー五月蠅いっ!」

バアン、と勢いよくドアを開き、たまりかねた様子でルカが収録ブースから飛び出してきた。
廊下でわめいていた騒音の元凶―――― がくぽのもとへ、ツカツカと歩み寄る。

「完全防音のブースにまで聞こえてくるなんて、あんたどんだけ大声出してんのよ!? 皆さんに迷惑でしょ!」
「おお主上、こちらにおいででしたか。予定の時刻になってもトンとお姿が見えぬので、よもや紛れ込んだ間者の手にかかったのではあるまいかと、気が気ではございませんでしたぞ」

怒り心頭のルカに対して、がくぽは涼しげに答える。

「リハだって言っといたでしょ。まだ予定より10分過ぎただけじゃない。多少時間が押すくらい当たり前でしょ? そのくらい融通利かせなさいよ」
「しかし遅れるなら遅れるで、何かしら連絡手段がないことには……主上、やはり前々から申し上げている通り、いざという時のために我らだけの狼煙(のろし)を決めておいた方が宜しいかと思われまする」
「のろし……って、焚き火たいてモクモク煙出すアレ?」
「左様。たとえば今回のような場合に備え、『リハーサルが10分長引くので待つように。なお昼食はきつねうどんを所望』という狼煙を」
「どんだけピンポイントな狼煙なのよ、それ」

ルカは溜め息をつく。
だいたいビルの中で焚き火などしようものなら、火災警報機ジャンジャンの、スプリンクラーびしゃびしゃの大惨事だ。
開け放ったドアからスタッフリーダーが出てきたので、急いで頭を下げた。

「すみません、お騒がせしました。このバカには私から後で強く言っておきますので。……ほら、あんたも頭下げなさい」
「御意。そこな下人よ、すまぬ許せ」
「こらっ! なんであんたが上から目線なのよ!?」
「あー、いいよいいよルカさん。キリもいいし昼休みにしよう」

リーダーは手をパタパタ振りながら、笑って答えた。

「え、でも。まだ全然途中じゃないですか」
「がくぽさんが来たのが、いいキリってことで」

その言葉に、他のスタッフ達もうなずく。

「お2人の貴重なランチタイムを邪魔できませんよねー」
「そうそう。馬に蹴られて何とやらってね」
「あー、あやかりたいあやかりたい。さぁて、独り身は寂しく屋上行って、鳩にパン屑でも撒いてやるか!」

口々に言い、ニヤニヤしながら散って行く。
くっ……何が2人の貴重なランチタイムか。
ルカは内心で歯噛みした。
まったく余計な気ばかり回してくれるものだ。あんまりムキになって否定しても、またツンデレがどうのと言われて逆効果なので、好きなように騒がせているものの。
いい加減、この風潮は何とかならないものか。
ルカの内心などつゆ知らぬ顔で、がくぽは人がいなくなってこれ幸いとばかりに笑顔を向けてくる。

「ささ、主上。いざ食堂へ」
「あんたね、誰のせいだと……」

ホントに、いつまでこんな状態が続くのやら。
先の見えない状態に暗澹たる溜め息をつきながら、ルカは昼食へと向かうのだった。





8つものスタジオを有する、ボーカロイドのための一大複合施設・ヴァルハラ。
その一画に飲食店街がある。一軒一軒は小規模ながら、和食系からカレー専門店まで店舗数は豊富だ。
ルカはその中で一番大きなレストランへと足を向けた。テーブルの数も一番多いし、メニューも和洋中ひととおり揃っているので、特にこだわりが無い日の昼食は大抵この店を利用する。
入口から中を覗いてみると、やはり昼休みが始まってからのスタートダッシュの遅れが響いたか、すでに人でいっぱいだった。テーブルは満席の上、食券の自販機の前にも行列が出来ている。

「混んでるわね」

すると、がくぽが自信満々でドンと胸を叩いた。

「お任せ下され。烏合の衆がどれだけ集まったところで、我が剣の敵ではございませぬ。蹴散らしてくれましょうぞ」
「蹴散らすんじゃないの」

仕方がない。今日はここは諦めて、どこか別のお店に行こう。
そう思って踵を返そうとした、その時だった。

「ルカさん、こっちですこっち」

店の中から声をかけられた。
見ると奥の4人掛けテーブルにグミが座っていて、嬉しそうにブンブン手を振っている。
一緒にリリィもいて、「どうも」という感じにペコリと会釈してきた。

「あなた達も今日は仕事?」
「何だ、お前たちもおったのか」

2人のいるテーブルへと歩いて行くと、4人掛けの席に空いてる席が2つ。

「相席、いいかしら」
「はいっ。そのために呼んだんです」

満面の笑顔で、元気良くうなずくグミ。こういうところは相変わらず気持ちの良い子だ。
お礼を言ってルカがその隣に腰かけると、すぐさまがくぽが尋ねてきた。

「主上、ご注文は」
「えっと……そうね。どうしようかしら」

特に何も考えていなかったので、パラパラとメニューをめくって考える。
パスタにしとこうかしら。サンドイッチもいいわね。あ、日替わりのメニューは何かしら。
考えていると、リリィが思いついたように口を開いた。

「そうだ。せっかく4人いるんなら、焼きそば頼んでもいいですか」
「え? あなた達まだ注文してなかったの?」
「や、してるんですけど。焼きそばも食べたいなーと思ってたんで、追加で」
「よく食うな」
「いいじゃん、こちとら育ち盛りなんだよ。けど1人じゃ多いから諦めてたんですよ。でも、4人がかりならと思って」

がくぽが振り返り、いかがなされますか、と目で尋ねてくる。
ルカはうなずいた。

「じゃあ私、お昼は焼きそばって事でいいわ。大きいの頼んで、みんなで分けて食べましょう」
「やった。さすがルカさん、話が分かる」
「おおぅ、お昼からも仕事でしょうに、ルカさん勇者ですね。青のり注意です」
「ちゃんと歯磨きセット持ってきてるから大丈夫よ」
「焼きそばにござるな。御意」

がくぽはうなずく。
食券を買いに自販機へ向かうその背中を、グミが呼び止めた。

「兄さん大丈夫? 私、ついて行こっか?」
「案ずるな妹よ。たかが食券の1枚や2枚、兄の手にかかれば敵ではない」

いや、そりゃ食券買うのに苦戦されても困るんだが。
なにせこないだ記憶が全部ぶっ飛んだ奴なので、一抹の不安が残るのだ。
見守っていると、がくぽはちゃんと列の最後尾に並んで順番を待っていた。機械にお金を入れ、ボタンを押す。食券とおつりを取る。
そしてテーブルに戻って来た。
どうだと言わんばかりの顔で、グミに向かって誇らしげに「焼きそば大盛」と書かれた食券を見せつける。

「見たか。これ、この通り。造作もないわ」
「うん、すごいすごい。すごいから、食券はこっちじゃなくてカウンターに持って行ってね」
「任せておけ」

不敵に笑って、再び踵を返す。
カウンターへ向かうその背中を、グミが呼び止めた。

「兄さん大丈夫? 私、ついて行こっか?」
「案ずるな妹よ。取り乱さず、心静かに待て。お前も武家の娘ならば」
「私、武家の娘だったの? ……まあいいや。ちょっとルカさん、何か一言お願いします」
「え? 一言って」

いきなり言われ、ルカは戸惑う。
何で話を振られたのか、よく分からない。

「え~と……がんばって?」

なぜか疑問型になってしまった。
がくぽは感激に打ち震えた様子で、勢いよく頭を下げる。

「ありがたきお言葉! 百万の援軍を得た思いにござる」

百万の援軍と共に、焼きそばの食券を出しに行く―――― 真面目に想像してみると凄まじい光景だ。
威風堂々と肩で風切りながら、カウンターへ向かうがくぽ。
その背中を見送りながら、リリィはグミに言った。

「グミ、ちょっと過保護すぎるんじゃない? 記憶喪失だからって心配しすぎ」
「だって兄さんだしさ」

2人につられて、ルカも何となくがくぽを見守る。特に問題なくカウンターのおばちゃんに食券を渡していた。
で、そのまま突っ立っている。料理が出来上がるまで、その場で待つつもりらしい。あ、次に食券を出そうとする後ろの人から文句言われてる。……そうそう、おとなしく横に退いてなさい。
まあ大丈夫そうだ。ルカは見守るのをやめて、グミとリリィに向き直った。

「2人とも、今日は仕事?」
「今日は普通のレッスンです。午前中にダンスの基礎練やって、昼からボイトレです」
「そう。こないだ新曲上げたばかりなのに、ご苦労様ね。リリィは?」
「午前中はグミと一緒でした。でも私は昼から学校。もー面倒くさいったら。もうすぐ中間だし」

憂鬱そうに言って、自分の長い金髪を弄るリリィ。

「おまけに最近、進路の話とか出てきてるんですよ。こないだも進路希望調査のプリント渡されて、3日以内に出せとか」
「そんな面倒くさがるような事? だってボーカロイド続けるんなら、高校なんてどうせグミと一緒の所に行くんでしょ?」
「決まりきってるのにわざわざ訊くから、よけい面倒くさいんですよ。あんまり腹立ったんで、もう希望進路の欄に『南南東』って書いて、その日のうちに提出してやりました」

グミが呆れたように口を挟む。

「南南東に旅にでも出るの? 自分の人生なんだから、もうちょっと真面目にやったら?」
「いーよもう、私の人生南南東でー」

だらしなくテーブルに突っ伏しながら、リリィは投げやりに言う。
この子の人生は一体どこへ向かうのだろうか?
ウェイトレスがお待たせしましたー、と言って料理を運んできた。

「ほら、お料理来たよ。起きて」
「んー」

グミが野菜炒め定食で、リリィがミックスピザにコーラ。
ヘルシーな姉に比べて、妹はずいぶん高カロリーである。

「じゃ、ルカさん。お先に頂きます」
「ええ」
「いただきま~す」

ちょうど2人が食べ始めたその時、ルカの携帯が短く着信音を鳴らした。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

桜と藤の雨四光(3)

閲覧数:1,215

投稿日:2011/05/28 10:12:20

文字数:4,234文字

カテゴリ:小説

  • コメント6

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  • ゆっこ

    ゆっこ

    ご意見・ご感想

    初めまして実は1年くらい前から読み逃げしておりましたゆっこと申します。
    電車の中で読んだのですが、もうニヤニヤをこらえるのに必死です!!
    グミさんのフォローが涙ぐましい!!リリィさん進路南南東って!!担任の先生目が点ですよ!?そして兄さんとレンは何で国民的映画の中にお邪魔しているの!!兄さんにいたっては主役を乗っ取るというフリーダムっぷり、お見事です!!←

    とまあ色々叫びましたが、つまり何が言いたいかというと。

    今回もご馳走様でした!!

    時給さんの作品はすごく笑えるというのもあるんですが、何この可愛い子達!?となれるというところがすごく好きです。微笑ましいアホの子、大好物ですww

    記憶喪失という普通ならシリアスな状況の中でも相変わらずのノリで行ってしまう時給さんキャラ達、見ていて本当に癒やされます。

    次回はミクとリンの応援でしょうか?なんかある意味がくぽさんより大変なことになっている兄さんとレンを心配7割期待3割で気にしながら、次回も楽しみに待っております!
    では、乱文失礼致しました。

    2011/05/30 20:10:47

    • 時給310円

      時給310円

      どうも初めまして、時給310円です。お読み頂きありがとうございます!
      なんと1年前から! それはそれは、こんな亀並みに更新の遅い小説屋にお付き合い頂きまして。ホント嬉しいです。

      微笑ましいアホの子、いいですねー。僕も大好物ですw ボカロのみんながワラワラ集まって、なんかわーわー騒いでる。そんな感じの話にして行きたいなぁと思っております。
      次回は、そうですね、流れで言えばミクリン登場となりますね。ただし内容は予告なく変更される場合がございまs(ry
      ぜひともゆっこさんに電車の中でニヤニヤして頂いて、赤っ恥をかいて頂けるよう頑張ります! ←ヲイ

      また気が向いた時にでも、コメ下さると嬉しいです。
      では、今回もお粗末様でした!!w

      2011/05/31 01:48:39

  • スコっち

    スコっち

    ご意見・ご感想

    こんばんは、スコっちです。

    宮崎アニメはいいですよね!元ネタ全部大好きです!
    ただ、この手のネタは、細かく書くより短くバンと書く方がインパクトあっていいんでないかと思ったり。
    …偉そうなこと言ってすいません。

    しかしがくぽを含め男性陣はなかなかのフリーダムっぷりですね。
    あと、なにげにグミとリリィも自由な気がします。

    そしてリリィは「食べても太らない体質」ということは、胸も育ちにくい体質というこry
    いやでも、実際太らないってことは肉も脂肪もつかないということなのでそういうことになっちゃうんですよね。
    それを考えると同じ体質でもあきらかにルカさんはリリィより勝ち組ですね。うらやましい。

    あと、どうでもいいですが、お箸を逆さにして取るのは手があたる部分で食べ物をとることになるので衛生上あまりよろしくないと何処かで読んだ気がします。
    別に取り箸を用意するのがいいとか。

    ではでは、続き楽しみにしてます!
    頑張って下さい!

    2011/05/28 23:58:45

    • 時給310円

      時給310円

      どうもですスコっちさん、アドバイスありがとうございます!
      偉そうなことだなんて滅相もない、大変ありがたいです。
      「批判と評価」と書いて「批評」です。良い点も悪い点も挙げてくれてるスコっちさんのコメこそ、まさしく批評。いやホントにありがたいありがたい。次回執筆の参考にさせて頂きます、これからもどうぞ宜しくです。

      まだキャラ紹介の段階なのに、新キャラ登場させられなかったのは今回の誤算w
      でもグミやリリィのキャラを掘り下げられたので、まあいいかと思っております。ところで箸を返すのは、衛生的観点から言うとそうなんですねー。確かに言えそうです。ためになりました。

      次回もがんばります。スコっちさんも頑張って下さいね!

      2011/05/30 11:07:51

  • sunny_m

    sunny_m

    ご意見・ご感想

    こんばんは、sunny_mです!
    のっけから大音量のがくぽさんに涙目です(笑的な意味で)

    なんというか「がくぽ、はじめておつかい☆」的なノリの焼きそば購入ですね~
    グミに見守られつつ、ルカさんからの声援により百万の援軍を得つつ、当たり券を引くがくぽさん…なにその面白い人!(笑)
    とりあえずこっそり物陰から見つからないように、カメラで追いかけるべきでしょうか…w
    でも子供の成長にじんと涙するポジションの人がいない…!

    それにしても歯磨きセットを持ち歩くルカさんに、働く女子のリアルさ感じてしまいましたよ。
    あと、食べても食べても太らないルカさんたちに涙目グミとかの心理…わかる…
    このリアリティ、もしかして時給さんってじつはじょs…?←
    と、そんな疑惑を抱えつつ(笑)

    のろしの合図をしたがったり、初めてのおつかいをしてみたり、な面白がくぽさんですが、最後に真面目な事を言って、ルカさんをもやもやさせてるのが激しく萌えました!
    ルカさんは色々と振り回されると良いよ!w

    それでは!

    そうそう、カイトさんとレンさんは、次はどこに迷い込まれるのか楽しみです…(笑)

    2011/05/28 23:29:47

    • 時給310円

      時給310円

      いらっしゃいませsunny_mさん、コメありがとうございます!
      はじめてのおつかい的な感じ、分かって頂けて嬉しいです! ここのシーンはグミとがくぽの力関係と言うか、この2人はどんな感じの兄妹なのかという事をイイカンジに表わせたのではないかと、自画自賛してるシーンだったりしますw

      そして時給310円・女子疑惑再びww
      以前も他の方から乙女疑惑をかけられたものですが……いや、乙女よりは女子の方がマシか。マシなのか? まあいいや本当にありがt(ry
      高倉健や渡哲也ばりのダンディな男を目指す僕としましては、非常に由々しき事態です。ちっくしょう見てろ、いずれビッグな男になって目に物見せてやるからなー! わあああぁぁぁ……

      いろいろ苦労の絶えないルカを、次回もよろしくお願いします!
      sunny_mさんの作品にも、後でコメ付けに行きますね!

      2011/05/30 11:06:53

  • 穂波

    穂波

    ご意見・ご感想

    こんばんは、おお、続きがUPされている~と楽しく拝読しました!
    ……昼食だけでこのボリューム!流石です(笑)!
    冒頭がくぽに、いや、ケータイとか使えばいいんじゃないかとツッコミたくなりましたが、記憶から抜けているのか持っていないのか武士道に反するのか(笑)。
    そして、カイトとレンはどこまで流れちゃうのか、気になります。カイトはともかくレンはリンが進級しても同じ学年二回やっちゃうんじゃないかとか思いますが、まぁいいや(笑)。
    しかし、記憶喪失がくぽさんの引きの強さはすごいですね…食券で当たりって!
    次回も楽しみにしています。ミクとリンが登場でしょうか~。

    2011/05/28 22:09:15

    • 時給310円

      時給310円

      どうもです穂波さん、コメありがとうございます!
      や、ホントに昼食シーンだけで1話分になるとは想定外でした。お話のプロット立てて、まだ起承転結の「起」しか進んでないというw
      実は今回、一度ボツ出して書き直してるんですよ。第1案ではがくぽが携帯を持ってない事について書いてました。でもネタ的につまんなかったので、違う展開にしたわけでして。携帯の件についても、いずれはまた挑戦したいなぁと思ってます。

      ただでさえ遅筆なのに、ボツ出したりするのでなかなか進みませんが、次回もお付き合い頂けると嬉しいです!

      2011/05/30 11:05:24

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