1.お花畑の歌姫

 天にまで届きそうな大きな木の足元。一面に咲き誇る花々。
その花畑に美しい歌声が響き渡る。どこまでも高く、遠くにまで響き渡る優しい歌声。
その歌声の中心には一人の女の子の姿があった。

月明かりにライトアップされた花畑は、さながら彼女のライブステージであるかのようだ。
風にそよぐ草や葉の音はメロディーを奏で、鳥たちは彼女に合わせてコーラスを始める。
超満員の観客である花々は、体を左右に揺らしながら美しい歌に酔いしれている。

「ぅおーい、ミクやーい」
突如ライブ会場を切り裂く雑音。たちまち、鳥たちは飛び立ち、風も演奏を止める。
やむなく彼女のライブは中止を余儀なくされてしまった。

息を切らせながら、ライブを中止に追い込んだ張本人が女の子に近づいてきた。
「心配したぞぃ、なかなか戻らんから」
ぽっこりとお腹が出て、手足の細い、まるでダルマの様な体型をした老人が
息も途切れ途切れに女の子に話しかけた。

「……」
老人にミクと呼ばれた女の子は無言のままである。
老人は自分が話しかけた女の子の返答を待っている。
老人は女の子が無言のままであることに対して、苛立ったり不思議がったりする様子はない。

「……わたしがこの時間、ここにいるのはいつものこと」
数テンポ遅れて、ミクは老人の言葉に返答した。
先ほどの歌の時とはうって変わって、物静かで感情表現に乏しい印象を受ける。
顔の表情もまるで機械のように無表情で、喋るたびに口だけが器用に動いている。

「そんなこと言っても、心配なもんは心配なんじゃい」
一方、こちらの老人は女の子とは対称的に、
表情豊かに体全体を使ってオーバー過ぎるくらいに感情を表現している。
愉快な容姿からは想像もつかない軽快な動きである。

「……また。……また、息切れるぞ」
ミクの指摘通り、コミカルな動きを繰り返していた老人は急に動きを止めて、
ハアハアと肩で息をしてしまっている。

その後、無言のままミクは歩きだした。老人も乱れた呼吸を整えながら女の子の後に続いた。

 二人で話しながら道を進んでいく。いや正確には、喋っているのは老人だけである。
ミクは無言のまま老人の話を聞いて、時折うなずいているだけだ。

歩き慣れた道をしばらく進むと、これまた二人にとって見慣れた巨大な塀が見えてきた。
塀には大きな門があって、その上には大きな文字でこう書かれている。

  メルターの皆さん、ようこそ
  ここはあなたたちの新しい家
  これからはここにいるみんなが家族ですよ

  メルト症候群受け入れギルド
     『クリプトン』

「あー、わしじゃ。トラボルタじゃ。開けてくれんかの?」
老人は大きな門の前で大きな声で自分の名前を名乗った。
だがしばらく経っても、巨大な門が開く気配はない。

キィッっと金属の擦れるような音が小さくその場に響いた。
トラボルタがその方向をみると、巨大な門の足元にある小さなドアが開いているのが見えた。
そして、そこから自分に声もかけず、中に入ろうとしているミクの姿も同時に見てとれた。

「冗談じゃよ~。なにも無視することはないじゃろ? まさか、反抗期なのか!?」
慌てて、老人もドアから塀の内側へと入って行った。

 塀の内側は、さながら一つの街のようである。
大きな道には市場が並び、上を見上げるとモノレールが動きまわっている。
ただ一つ、普通の街とは違う点は静けさである。

たくさんの人々が道を往来しているが、人の声というものはほとんど聞こえてこない。
モノレールが発するわずかな金属の擦れ音が聞き取れるくらいだ。
クリプトンではその静けさも、いい意味でも悪い意味でも名物になっていた。

そんな中、その静けさを切り裂く声が。
「おぅーい、待っておくれよ。ミクや~い」
トラボルタの声だ。老人は息を切らせながら、ミクの元へと急いでいる。

 ミクとトラボルタが連れ立って、広場を歩いていると辺りにいい香りが立ち込めてきた。
誰もが大好き、香ばしい焼き立てパンの香りだ。
そんな香りの発生地には、一軒のお店が建っていて、お店の看板にはこう書かれている。

    腹ペコな奴はおいでなさいな。おいしい焼き立てパンはここにあるよ
            きれいな店主がいるお店
            ~パン屋 OSTER~

そんな看板が掲げられているパン屋に二人は入って行った。

「……ただいま。メイコおばさん」
相変わらずその言葉や表情からは、感情を読み取ることができないが、
その内容から、ここがどうやら彼女の家であることはわかる。

すると、店の奥からゆらりと人影が現れた。
「おーー、ミクーー。おかえりさま~。う~ん、今日もかわいいにゃー」
ショートヘアーの女性はミクを見るなり駆け寄ってきて、
ミトンをつけたまま、彼女のほほをつつきながら、めいっぱい愛情を表現している。
しかし、その口から出てくる言葉を聞く以上、彼女のロレツは回っていない。

「こりゃー、また酒を飲みながら仕事をしとるのか。メイコ」
後から入って来た老人は店主の様子を見るなり、怒鳴り散らしてきた。

そんな老人の言葉に別に悪びれる様子もなく、メイコはミクを愛で続けている。
ミクも別に嫌がるわけでもなく、ただそこに立ち続け、彼女になされるがままである。
そんな酔いどれ店主の様子を見かねて、再び老人は怒り心頭の様子で怒鳴った。
「こりゃー、聞いとるのか? メイコ!!」

「はいはい、聞いてるって。わかってるよー。私が悪かったよー。
まったく、私は子どもじゃないんだから、歳だってお前とそう変わらないんだから……」
ミクを愛でていた手を止め、ぶつぶつと呟く。

「まったく、今日が何の日かわかっておるのか? こんな日にまで酒を飲みおって……」
トラボルタはメイコにボヤキながら、質問を投げかけた。

目の前に立っている今日誕生日を迎える本人の頭をなでながら、メイコは質問に答えた。
「わかってるよ。今日はこの子の、ミクの16歳の誕生日だ」

ライセンス

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紅のいかずち Ep1 ~紅のいかずち~ 第1話 お花畑の歌姫

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http://piapro.jp/collabo/?id=12467

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閲覧数:119

投稿日:2010/06/26 13:34:46

文字数:2,514文字

カテゴリ:小説

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