とある国に不思議な習わしのある町がありました。
その町では、町人と町人がつくった「幻影」たちが仲良く暮らしていたのです。
「幻影」とは、町人たちの思い出が具現化したもの。たとえば死んでしまった人でも、その人の思い出を持つ町人が誰か一人でも強く願えば、その人の思い出の中そのままの人が「幻影」として表れるのです。
「幻影」なので、触ることも年をとることもしゃべったりすることもできません。ただ穏やかに、なんとなくふわっとそこにいるだけです。
「幻影」になるのは生きているもの、または生きていたものだけです。そして、絵や写真を見たり人から聞いて想像しただけだったり、「幻影」と過ごした思い出で「幻影」をつくることはできません。
町人の中には世界中を旅して色んな物を見聞きし、珍しい草花や生き物などを「幻影」にして見せて商売をする人もいました。内緒で片想いしている人の「幻影」を出して、こっそり一緒に暮らしている人もいました。

町に住む人なら誰でも「幻影」を出せますが、「幻影」を出さない人もたくさんいました。また、誰かが出した「幻影」を巡ってケンカが起こることもたまにあります。本物そのままのようでいても、「幻影」を出した人の印象、想いや記憶違いによって「ズレ」があり、「こんなに太っていなかった!」「美化しすぎだ!」というふうに腹を立てる人もいるのです。
けれど皆、この町で生まれ育ったので「幻影」自体を嫌うことはありませんでした。「幻影」は「幻影」であり、本物の母親や恋人や可愛がっていた猫ではないと誰もが理解していたからです。

「幻影」たちは生まれ続けました。たとえ本物で本当でなくても、また会いたい、この目で見たい、まだそばにいてほしい、あの頃に戻りたいという願いをそっと叶えてくれるこの町で。



ところで、願えば際限なく生み出せる「幻影」ですが、この町には一つ大事な決まり事がありました。

『どんな理由や事情があったとしても、年に一度あるお祭りの日に、その一年の間に生み出された「幻影」はすべて消す』

秋のよく晴れて風が強く吹いた日に、町の中心にある塔の鐘が鳴ります。そうすると、「幻影」たちはたちまちかき消えてしまうのです。
大抵の人はそこで今まで共に過ごした「幻影」に別れを告げ、「幻影」のいない生活を始めます。そしてまた新たな「幻影」を出す人もいれば、出さない人もいます。
しかし中には、一度消えた「幻影」を再び生み出し、生活を続ける人もいます。同じ「幻影」を何年も、あるいは何十年も繰り返し生み出す人もいます。
記憶がある限り、「幻影」を生み出すことはいくらでも可能ですが、記憶が薄れればそのぶん「幻影」も薄く曖昧に朧気になります。人は生きて新しいものを見聞きし思い考えていくほど、昔の色んなことを忘れてしまうため、それを嫌がり家に籠もってしまう人もいます。
けれど、この町にそれを責める人はいません。ただ静かに見守り続けるのです。




年に一度、その鐘の鳴る日に行われるお祭りは別れのお祭りでした。

あまりにも急すぎて言えなかったお別れを言うために。別れの意味をようやく理解できた人のために。楽しすぎた思い出に縋る自分のために。後悔や柵、執着を断ち切るために。

再び訪れる別れのときに、
笑って手をふれる人
やっぱり泣いてしまう人
さよならできる人
さよならできない人 しない人
皆それぞれです。

町の人たちはお祭りの日に、町中を花々で飾り付け、音楽を鳴らし、ごちそうをたくさんつくります。
楽しげな音色に惹かれて町にたどり着いた旅人たちは、なんのお祭りなのかよくわからなくて少し戸惑ってしまいます。それでもどこかあたたかい雰囲気につられてニコニコ笑顔になっていき、町人たちと一緒に歌い踊るのです。


笛を吹き、太鼓を鳴らし、風がどこからか花びらを運んできます。
風が吹くたびに「幻影」たちはすうっと透明になり、ちらちらと七色に光ります。
町人たちは、鐘が鳴るその瞬間を待ちながら、心のどこかでいつまでも鳴らないように願い、その想いは「幻影」たちのようにちらちらと揺らめき、瞬きを繰り返しました。

思い出と現在が共に明日を迎えるその瞬間まで。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
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小説「エーデルワイスと風の町」


http://piapro.jp/t/OWWS←この詞の世界観的なものです。
小説というか説明文でしょうか。だいぶ長くなってしまいました。

付け足しですが、町で「幻影」を出したことがある人と「幻影」を出したことがない人の割合は4:6くらいだと思います。町を歩けば普通に「幻影」がいるので、子どもの頃からみんな馴染みまくりです。
また、町人ではなく町そのものになんらかのファンタジックな力が宿っています。そのため流れの旅人でも「幻影」を出せますが、町の外へは連れ出せないので、そのまま町で暮らすようになるケースもあるんだとか・・・。

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投稿日:2013/11/12 15:07:35

文字数:1,745文字

カテゴリ:小説

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